東京には、代官山という山がある。

 

渋谷から東急東横線で一駅。または、歩いても行ける。桜が丘という急坂を登ってくだり、さらにもう一山登ったところに代官山はある。同じく、恵比寿からも徒歩圏内。衆楽坂(しゅうらくざか)という急坂を越えて、くだったと思ったらもう一山。どこから歩いても、登山。都内の中でも標高と意識はなかなか高い山である。


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スクランブルで賑わしい渋谷の隣りというのに、代官山は風景や肌触りがガラッと変わる。そして平日の昼間であっても、スーツ姿の人はほとんど見当たらない。みんなナンカお洒落なのである。


そこにいるのはこんな人たち。シンプルながら上質な黒トップスを嫌味なく着こなしちゃってる賢そうな青年。ホノルルから今朝連れ去られてきたのと尋ねたくなるようなアロハワンピの裾をひゃらんと言わせてるモデル風ギャル。小学生ほどある大型すぎるハイセンスな犬を連れたおばあちゃん。休日は12種類のスパイスを駆使して奥さんのためのカレーを煮込んでます的な白パン紳士。見たことないデカい楽器を背負っている外国人カップルなど、他の土地ではなかなか見られない人種が集っている。ビジネス臭、皆無。生活臭、皆無。「自由」を体現した、意匠を凝らした老若男女が街を行き来する。

「この人たち、平日の真昼間から……一体どんな仕事してんの?」それが大抵の人(私)の持つ感想である。

代官山のメッカ的存在といえばご存知・蔦屋書店である。火曜の午後2時ならば、ビジネスマンが上司に理不尽な理由で頭を下げている時分。取引先を駆けずり回って汗を拭いているときも、カムチャッカ半島の若者がキリンの夢を見ているときも、代官山の人はオープンテラスでスタバの桜のやつを飲んでいる。

名誉のために言っておくが、ここに集う人たちは、仕事をしていないわけではない(と思う)。企業のロゴシールを隙間なく貼ったMac Bookを開き、表計算ソフトをにらんでキーボードをパチパチ。分厚い資料を何度もぺらぺら行き戻りながら、ワイヤレスイヤホンの電話の先と、難解なアルファベットを交えながら打ち合わせをする。それなりに、自由な空の下でビジネスを生み出しているらしい。

代官山に集うのは自由なワーカーだけではない。意外にも、子連れのママたちも非常に多い。「ママにやさしいレストラン」を自称する店も多く、その前には、駐車場のようにベビーカーが陳列されている店もある。そこかしこで、丁寧な暮らしとリネンの服とオーガニックコットンが好きそうなママと、幼少期から代官山の茶の味を覚えるキッズたちが集っている。

食文化も一風変わっている。パン屋がやたら多い。パン屋という生活感漂う名称は街になじまないようで、ベーカリー、ブーランジェリーなど、名前を変幻自在に変えている。「代官山の住民はパンしか食わんのか」とコメ派の私はぼやきにぼやいている。そういえばラーメン屋もない。そういった庶民食に、なにか特別な関税でもかかっているのだろうか……。

そんな憧れのパラダイス・代官山周辺は、ほとんどが住宅である。5時になればカラスが鳴き、「夕焼け小焼け」が町に流れる。小学生はパタパタと家路につく。それにしても代官山に通う小学生って、将来どのような大人に育つのだろう。ちなみに制服はアルマーニではないようだ。

そんな思いを背負って、代官山から下山する私なのだった。