宗時「そうだな。『将』としてのお前が会うべき相手じゃないが・・・『政宗』としてのお前はどう思うんだ」
政宗「・・・・・・」
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翌日----・・・
私は、市場調査に出た政宗と宗時さんに同行させてもらっていた。二人は様々な場所を見て回りながら、経済について話し合っているようだった。
(今は、なんだか主従関係がはっきりしてる感じだな)
普段は親しい間柄でも、礼節を重んじていることがわかる。政宗が一国の大名で、国を背負って立つ人間であることを、改めて感じさせられた。
(そう言えば、昨日のお母様の件も----・・・)
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「それじゃ、お母様と会えるの?」
政宗「いや、会わない」
「どうして?」
政宗「気軽に会える仲でもないからな。それに、今さら会って話すこともないだろ」
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(ああいう風に言ったのは、政宗の立場の問題もあるのかもしれない)
政宗が背負ったものの大きさを感じながら、歩いていると・・・----
店主「政宗様! 新しい紙を入荷したんです。見て行ってくださいませんか」
紙問屋の主人が店から顔を出し、政宗を呼び止めた。
政宗「新しい紙?」
店主「へい。南蛮から取り寄せた質のいい紙で、柄がついてるんですよ。墨が滲みにくくて、書きやすいんです」
政宗「へえ、それは興味深いな」
政宗が、瞳の奥に好奇心を滲ませる。
店主「それでは今から----・・・」
政宗「悪いな。今は客人を案内してる。残念だが、今度にしてくれ」
政宗が主人に断りを入れようとしたとき----・・・
(わっ)
突然、宗時さんが私の肩を抱いた。
宗時「政宗様、私の事はお気になさらず。姫様と先に茶屋で休んでおります」
人当たりの良い笑みを浮かべた宗時さんに、身体を引き寄せられる。
店主「では、中で紙を用意しておりますね」
政宗「・・・・・・」
「お茶屋さんで待ってるから、見て来ていいよ」
政宗「・・・・・・わかった。但し----・・・」
(あ・・・・・・)
言葉を切った政宗が、私の肩に乗った宗時さんの手を払った。
政宗「ゆうに触るなよ。余計なことを話すのも禁止だ」
宗時「善処します」
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宗時「ん。この茶屋の団子は美味いな」
「はい。町の人たちにすごく人気なんですよ」
宗時さんと私は、紙問屋からほど近いお茶屋さんで、政宗を待ちながら、和菓子とお茶を楽しんでいた。
「あの、宗時さん」
宗時「どうした?」
「政宗は、昔から筆まめだったんですか?」
宗時「いや、どちらかと言えば嫌ってたな」
(え・・・・・・?)
宗時「病で右目を失明したころ、政宗は人との交流を極端に嫌がるようになってな。外との繋がりを絶たせないために、文を書くことを薦めた」
「宗時さんが政宗に薦めたんですか?」
宗時「ああ。あの頃の政宗は、文字を通じてでしか、人と繋がれなかったんだ。右目の眼球をとり、悩みから解放された後は外交的になったが、文を書く習慣は失われなかったんだろうな。義姫様との関係も一時期拗(こじ)れていたが、今まで文を通して会話ができるまでになった」
(そう、だったんだ)
「----・・・宗時さんは、政宗のお母様が安土に来られる話、聞きましたか?」
宗時「ああ。あいつは、会う気はないみたいだが」
「そう、なんでしょうか・・・・・・」
宗時「何か、引っかかってるのか?」
(政宗はお母様に「会わなくてもいい」って言ってたこど・・・・・・)
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政宗「・・・・・・」
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脳裏に、静かに庭を眺めていた昨日の政宗の姿がよぎる。
(もしかしたら、政宗は----・・・あの時、悩んでたのかもしれない)
「確証はないけど・・・政宗が、迷ってるんじゃないかって、思うんです。本当は会いたいのに、立場とか、周りの目とか、色々気にして気持ちを抑え込んでるんじゃないかって」
宗時「どうしてそう思う?」
「昨日、宗時さんが来る前に、お母様からもらった手紙を手に持って、城の庭を眺めてたんです」
宗時「政宗がか?」
「はい。今思えば、あれは----・・・きっと、迷いがあったからだと思うんです。いつもは決断力があって、何でもすぐに判断できる政宗が、あんな風に考え込むことは珍しいから・・・私・・・・・・政宗が悩んでいるなら、力になりたいんです」
(苦しみも悩みも、何でも一人で抱えこむ政宗だから・・・・・・せめて、背中を押してあげたい。政宗が、後悔したりしないように)
そう思っていると、ぽん、と宗時さんの手が頭の上に乗った。
宗時「ありのままの気持ちを、伝えたらいい。政宗は、お前の話なら耳を傾けるはずだ」
宗時さんの優しい言葉に、私は笑顔で頷いた。
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しばらくして----・・・
「政宗!」
政宗「待たせたな、悪かった」
茶屋に姿を現した政宗に駆け寄ると----・・・
「わっ」
腰に腕を回した政宗が、ぐいっと私の身体を引き寄せた。
「政宗・・・・・・?」
政宗「こいつに何もされなかったか?」
政宗は確かめるように、私の頬をするりと撫でて----・・・
政宗「ちゃんと、いい子にしてただろうな?ゆう」
悪戯に笑った政宗に、こくんと頷き返す。
「何も、ないよ。あるわけないでしょ?」
政宗「わかってる。聞いてみただけだ」
私の唇にちゅ、と軽くキスを落とした政宗が、楽しげに笑った。
その微笑みに、胸の鼓動が跳ねた瞬間----・・・コホン、とわざとらしく咳をした宗時さんが、政宗に向かって口を開く。
宗時「政宗様、姫様から提案があるそうですよ」
政宗「提案?」
「うん。政宗、私と一緒に----・・・今から、お母様に会いに行って欲しいの」
政宗「・・・・・・いきなり、どうしたんだ」
「政宗は・・・・・・文だけで満足してるの?」
政宗「何が、言いたい」
「このままずっと、会えなくてもいいって、本当に思ってる?」
政宗「それは・・・・・・」
「政宗、いつも言ってるよね。後悔をしない人生を生きるって。『将』としての政宗じゃなくて、政宗自身は、後悔しない?このままお母様に会えなくても、本当にいいと思ってる?」
政宗「----・・・」
(迷惑だって、思われてもいい。面倒だって言われても・・・・・・政宗が『今を楽しむ』生き方が出来るように、私は言うよ)
眉をしかめる政宗の前に、手を差し出した。
「まだ間に合うなら、私も一緒に行く。何があっても、政宗のそばにいる。だから・・・・・・自分に嘘は、つかないで」
緊張で、差し出した手がかすかに震えていた。
政宗「・・・・・・ばあか。なんて顔して、言ってんだ」
政宗は私の手をそっと取ると、宗時さんを見つめた。
宗時「行って来てください。政宗様」
政宗「ああ。----・・・行ってくる」
宗時「お気をつけて」
宗時さんの声を背中に受けて、私と政宗は手を繋いだまま、走り出した----・・・
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空が茜色に染まる頃、私たちは、安土の外れにある丘の上に辿りついた。
「ここに、お母様が?」
政宗「ああ、文に書かれていた順路通りなら、じきに通るはずだ」
(あ・・・・・・)
丘の下に目を向ける政宗の瞳が、かすかに揺れているような気がして、ぎゅっと手を握る。
政宗「どうした?」
「ただ、繋ぎたくなっただけ」
(----・・・少しでもいいから、政宗に触れていたい。私がここにいるって、感じて欲しいから)
真っ直ぐに政宗を見つめると、ふっと笑みをこぼした政宗が、私の手を握り返す。
政宗「お前の手、あったかいな」
体温を分け合うように、指先を絡めて、二人で丘の下を見下ろした。
その時------
「政宗、あれ・・・・・・!」
政宗「!」
丘の下に、駕籠(かご)を抱えた一行を見つけた。集団が止まり、駕籠から豪華な着物をまとった女性が出てくる。女性は、忙しなく辺りを見回していた。
(もしかして、あの人が・・・・・・)
慌てて政宗の顔を見上げると、澄んだ瞳で、静かに女性の姿を見下ろしていて----・・・
政宗「----・・・変わんねえな」