もやもやしながらも歩き出し、角を曲がったその時だった。
光秀「やはり来たか」
そこには、私の心を見抜いているかのように、にやりと笑う光秀さんが立っていた。
「っ、光秀さ・・・・・・」
光秀「ばれんたいんとやらは今日だったな。俺に渡しに来たのか?」
「ち、違います・・・・・・!」
図星をつかれて、つい嘘を口走る。
光秀「ほう。ではどこへ何をしに行こうとしていた?」
「それは・・・・・・」
(光秀さんのところに、バレンタインの贈り物を渡しに、だけど・・・・・・)
それ以上は言えなくなって、うつむいた。
光秀「直に暗くなる。城まで送ってやるから行くぞ」
そう言って私の手を取り、歩き出した。
(わっ・・・。ちょっと待って・・・)
光秀さんは、私を心配してくれている。それは嬉しいけれど・・・・・・
(・・・でも、ちゃんと渡さなきゃ)
決心した私は、その場で足を止めた。
光秀「? どうした?」
急に立ち止まった私に気付き、光秀さんが振り返る。
光秀「ゆう?」
不思議そうに顔を覗き込まれた私は、自分を落ち着かせるようにすっと息を吸った。
「私は、光秀さんに逢いに来たんです! だから・・・・・・」
(ちゃんと渡せるまで・・・・・・帰れないよ)
「まだ帰りません」
どきどきと高鳴る鼓動を感じながら、見つめる。すると、光秀さんがふっと口の端を上げた。
光秀「・・・・・・帰らないというのは、どういうつもりで言っている?」
「どういうつもりも何も、光秀さんへの用事を済ませてから、帰ります!」
光秀「・・・・・・」
(あれ・・・・・・? 何かおかしなこと言ったかな・・・・・・)
きょとんとしていると----------
光秀「お前は・・・・・・」
光秀さんはおかしそうに笑い出した。
(あ・・・・・・)
それは、いつもの作ったような笑顔ではなくて、堪えきれずこぼしたような笑顔で、胸の奥が甘く震えた。
光秀「本当に面白い小娘だな。それで?用事というのは?」
「ええっと・・・・・・これ、です」
おずおずと贈り物を差し出す。
光秀「これは・・・・・・?」
「茶器です。光秀さん、お茶をたてるのがお上手ですし・・・・・・」
光秀「・・・・・・なるほど」
光秀さんは受け取った茶器に視線を落とした。表情がよく見えなくて、少しの不安がよぎる。
(・・・・・・もしかして、好みじゃなかった?)
どきどきしながら反応を見ていると、光秀さんが茶器から私に視線を戻した。
光秀「ありがとう。お前らしい贈り物だな」
「お前らしいって・・・・・・?」
光秀「相手のことを、一所懸命考えていることがわかる」
光秀さんの笑みは、どこか柔らかくて、その視線を受けるだけで、くすぶった熱が心を焦がしていった。
光秀「ひとつ、気にすることがあるとすれば・・・・・・この贈り物が、本命なのか、義理なのかというところか」
「それは・・・・・・」
(義理だったら・・・・・・きっともっと簡単に選んでた。こんなに悩むことも、迷うこともなく、みんなと同じように渡せていたはずだ)
自分の中で導き出した答えは、あまりにも曖昧だ。
(でも・・・・・・これが私の今の正直な気持ちだと思う)
私は意を決して口を開く。
「どっちでもありません」
光秀「・・・・・・どっちでもないとは?」
「光秀さんには、よくこうして送ってもらったり・・・・・・助けてもらったりしてます。だから、みんなよりはちょっと特別なものにしました」
(今は------これ以上の答えなんて出ない)
光秀「なるほど。他の奴より、俺に面倒をみてもらっているから、というわけか」
光秀さんは、おかしそうに笑う。
「そんな理由じゃ駄目ですか?」
光秀「駄目とは言っていない。むしろ・・・・・・」
言いながら、光秀さんは私に一歩近づき、頭を撫でた。
(あ・・・・・・)
「そうであれば納得だ。俺は確かに他の奴らより、お前に目をかけている。他の誰より・・・・・・お前を可愛がってる自信もある」
(それって・・・・・・)
思いがけない言葉に、頬が熱くなるのを止められない。なにも言えないまま、じっと見つめ合った。
「っ・・・・・・意地悪してる、の間違いですよね」
(・・・・・・だめだ。気にかけてくれてるなんて言われて嬉しいのに・・・・・・どうしても、素直になれない)
そんな私の葛藤すら見透かしているかのように、光秀さんは笑みを滲ませる。
光秀「意地悪するのも、可愛がってやりたいと思うのも、お前だけだが」
「えっ・・・・・・」
光秀「それでも不満か?」
頬をそっと包まれて、瞳の奥を覗き込まれた。
(ずるいなぁ・・・・・・そんな風に言われたら、嫌だなんて思えないって・・・・・・そう思う私の気持ちもきっと、お見通しなんだ)
ふと、いつもの仕返しに意地悪したくなって、裏腹な言葉を用意する。
「それでも・・・・・・不満です」
光秀「ほう、どの辺りが不満だ?」
「・・・・・・そうやってはぐらかすから」
光秀「はぐらかさずして、お前は俺になんていわれたいんだ?」
「えっ・・・・・・」
光秀「お前から強請(ねだ)れば、応えてやってもいい。どうする?」
すっと顎をすくわれ、近い距離で視線が交わる。唇を指先でなぞられ、そこが淡く熱を帯びた。
(応えてくれる、なんて言われても・・・・・・流されたくない)
「強請りません。私が言われたい言葉は・・・・・・光秀さんの本心だから」
わかる~ 心からの言葉を聞きたいよね。
光秀「・・・・・・」
「私が言われたい言葉じゃなくて、光秀さんが私に言いたいと思う言葉がほしい。だから、強請りません」
震えそうになる声で、けれど、真っすぐに見つめて伝えると・・・・・・
光秀「・・・・・・俺の負けだ」
ふっと笑った光秀さんは、私の肩を引き寄せ、抱き締めた。
「っ、光秀さん・・・・・・?負けって、何のことですか?」
光秀「お前との我慢比べだ。お前の腹の底を読んでやろうと思ったが・・・・・・お前に見透かされてしまいそうだからな。だから、これ以上はやめておく」
「っ・・・・・・」
(なにそれ・・・・・・)
抱きしめてくれる胸は温かくて、その理由をもっと知りたくなる。
(でもこれ以上は、踏み込まない。そういうこと・・・・・・だよね)
「・・・・・・わかりました。じゃあ」
光秀さんの着物をぎゅっと握って、笑顔を向けた。
「今は教えてくれなくて良いです」
(いつかきっと、あなたの本心を暴くから)
光秀さんが苦笑した気配を感じると同時に、私はその腕から解放された。
光秀「今は、か。いつか教えてやれる日が来ると良いがな」
優しく笑った光秀さんに、胸が音を立てる。
(もう少し・・・・・・光秀さんに翻弄されるのもわるくないかもしれない)
この、プラトニックな関係の時が一番楽しいもんね…分かるな。
ほろ苦くも甘い微笑みに、どこか切なさを残したまま、特別なひとときは過ぎていった------