テキパキと手を動かす信長様を見ながら、佐助くんとの会話を思い出す。
(今、聞いてみてもいいかな・・・・・・)
「あの、信長様は、お酒に酔ったことはありますか?」
手を動かしながらそれとなく質問を投げかけた。
信長「あまりない」
(あまり、ってことは、酔ったことはあるんだ・・・! 見てみたい)
そわそわと騒ぐ気持ちを落ち着けながら信長様を見上げると・・・
信長「なんだ」
不思議そうな顔をした信長様と目が合う。
「いえ・・・・・・信長様は、酔うとどうなるのか気になって」
信長「特にどうにもならん。酒が回った感覚があるだけだ」
さらりと言い切って、信長様は止めていた手を動かした。
(お酒に酔っても、あまり変わらないタイプなのかな・・・・・・)
少し残念な気持ちになりながら、信長様と一緒にサングリアを仕上げていく。
「出来た・・・・・・!」
切り終わった果物が全て、ワインの中に沈んだ。
信長「・・・・・・見事だ」
透明のガラス瓶の中で、赤く染まる果実を見て、信長様が感嘆の声を上げる。
信長「初めて南蛮の酒を見たときは、血のような色をしていると思ったが・・・・・・果実の彩りが加わると、鮮やかになるのだな」
硝子瓶を覗きこむ信長様の目は、宝物を見つけた子供のように澄んでいる。楽しそうな表情を見るだけで、愛しさが胸に広がっていった。
(最初はワインが血のように見えたっておっしゃったけど・・・・・・信長様の思い描くものが、優しいものに変わっていくといいな)
「・・・・・・ワインに漬けた果物、食べてみますか?」
箸で瓶底に沈んだ桃を持ち上げると、信長様が顔を寄せて・・・・・・
信長「食べさせろ」
(えっ)
間近に迫った信長様が、小さく口を開いて促す。その様子がどこか幼く見えて、胸の奥がぎゅっと掴まれた。信長様の口元に果物を運ぶと、ぱくりと咥えられる。
信長「・・・・・・悪くない」
何度か咀嚼した後、信長様は満足気に笑って顔を離した。
(心臓に悪い・・・・・・!)
赤く染まった果物が信長様の口の中に消えていく様子は、どこか扇情的に映った。
信長「これは酒に果実の味が染み込むまで、時間がかかるのだろう?」
「っ・・・・・・はい」
身体の芯がじんわりと熱くなったことに気付かないふりをして、私は信長様とサングリアの入った硝子瓶を見つめた。
「明日の夜には味が染み込んでると思います」
信長「ならば、明日の夜に俺の部屋に来い。『さんぐりあ』を飲むぞ」
「はい」
どこかわくわくした雰囲気を漂わせる信長様に、愛おしさが募った。ふたりで硝子瓶を眺めながら、時折り顔を合わせて、小さく笑い合った------
公務で部屋に戻った信長様と別れた私は、夕焼けに照らされて淡い朱色に光る廊下を歩いていた。
(楽しかったな、サングリア作り・・・・・・)
幸せの余韻を感じながら歩いていると------・・・
秀吉「ゆう?」
「秀吉さん」
前から歩いてくる秀吉さんに気付いて、足を止める。
秀吉「ん? 酒の匂いがするな」
近くに歩いてきた秀吉さんが、私から漂うお酒の香りに気付いて、かすかに眉をひそめた。
秀吉「こんな時間から飲んでたのか?」
「違うよ、信長様とお酒を作ってたの」
秀吉「信長様と・・・・・・?」
「うん。ワイン・・・・・・えっと、南蛮酒に果物を漬けこんで作るお酒なんだけど」
秀吉「ああ、だからか。信長様が使者に頼んで果物を取り寄せてたのは」
(わざわざ取り寄せて下さったんだな・・・・・・)
嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちが入り混じって、複雑になる。
(あ、そういえば・・・・・・信長様をいつもそばで見てる秀吉さんなら、もしかしたら、知ってるかな?)
「秀吉さん、質問していい?」
秀吉「ああ。どうした?」
「秀吉さんは、信長様が酔ったところ、見たことある?」
秀吉さんは、顔を左右に振った。
秀吉「ないな。信長様は、人前で酔った姿を見せない。特に重要な会席では酒に手をつけないこともある。・・・・・・自分に厳しいお方だからな」
(そっか・・・・・・だから、お酒が飲めないって説があるんだ)
あれ?思い出した。本編で湯治に行った時、外のお風呂に入ってて、信長様がいきなり湯船に来て、お酒を持ってきてくれた。。。あの時、信長様は「俺は今日は飲まん」って言ってたな。そりゃそうだよね。囮捜査中だったんだもん。でも、自分に厳しい。。は、わかるなー!
秀吉さんの話を聞いて、佐助くんが言っていた諸説を思い出す。
秀吉「なんで、そんなこと聞くんだ?」
「・・・・・・信長様の酔ったところ、見たいなって思って」
秀吉「・・・・・・?」
「自分に厳しい信長様が、もし酔った姿を見せてくれたら・・・・・・それは私に気を許してくれてるってことでしょ?」
(誰にも見せられない姿だとしても、私には、見せて欲しい)
「・・・・・・いつかそんな日が来るといいなって思って」
秀吉さんが私の頭の上にぽん、と手を置いた。
秀吉「お前なら、いつか見られるさ。もちろん、俺も・・・・・・いつかは信長様の右腕として、そんな機会があることを願ってる」
「え・・・・・・っ」
秀吉「当然だろ?」
少しいじわるな表情で笑う秀吉さんに、慌てて言い返す。
「だ、だめ!私より先に見るのは、絶対だめだよ、秀吉さん・・・・・・!」
必死になる私を見て、秀吉さんが可笑しそうに笑った。
------
ゆうが廊下の真ん中で秀吉と話す一方で------・・・
信長「・・・・・・」
ちょうど廊下を通りかかった信長の耳に、ゆうの願いは届いていた。踵を返した信長は、思案顔を浮かべながら、廊下を進んでいく。その目には、ある種の覚悟が浮かんでいた------
------
------約束の夜。
「わあ、美味しそうですね」
信長「ああ」
信長様の部屋に訪れた私は、サングリアをグラスに注いでいた。ほんのりと香る果実の香りが、部屋の中に漂う。信長様とグラスを合わせて、ふたりきりの宴が始まった。
「っ・・・・・・美味しい・・・!」
信長「・・・・・・」
静かにグラスを傾けていた信長様も、その味が気に入ったのか、表情を緩めていた。
「どうですか? サングリア、美味しいですか?」
信長「ああ、悪くない」
そう言って空になったグラスを差し出した信長様は、相変わらず、顔色ひとつ変えずにお酒を飲み進めている。
(でも・・・・・・今日はお酒を飲むスピードが速いような・・・・・・)
グラスが空になったら、またワインを注いで、飲み干す。何度かそれを繰り返しているものの、やはり信長様に酔った様子はなかった。少しだけ残念な想いを抱えながら、私もお酒を少しずつ飲み進めていく。いつの間にか硝子瓶の中のサングリアが空になった頃------・・・
信長「ゆう」
「はい」
空になったグラスをお盆の上に乗せていると、信長様の低い声に呼ばれる。
「なんですか?」
(あれ・・・・・・?)
そばに歩み寄って、信長様の顔を見つめると、ほのかに赤みが差している事に気付いた。
信長「膝を貸せ」
(えっ)
信長「早くしろ」
慌てて隣に腰をおろすと、信長様は私の膝を枕にごろんと横になった。身体から力を抜いて、ゆるゆると目をつむった信長様に驚く。
「・・・・・・眠いんですか?」
信長「少し、な」
きたー!来たぞ〜〜!ついに信長様が酔った?
「布団に、横になりますか?」
信長「このままで良い」
目を閉じたままぼそぼそと言葉を紡ぐ信長様はどこか気だるげで、私の脳内にある可能性が浮かんだ。
(もしかして・・・・・・酔ってるの?)
高鳴る鼓動を感じながら、好奇心で信長様の髪に手を伸ばす。前髪をさらりと撫でても、額を人差し指でつついても、信長様は無抵抗だ。
(む、無防備・・・・・・!)
初めて見る姿にいたずら心を抑えられず、ついに私は信長様の頬に手を伸ばした。
(思ったより柔らかい・・・・・・)
ふに、と頬をつまんで、横に伸ばしてみる。
(あ、意外と伸びるんだな・・・・・・)
その感触に夢中になっていると・・・・・・
(わっ!?)
ガシッと手首を掴まれた。
信長「貴様、何をしても良いと思っているのか」
閉じられていた信長様のまぶたが開いて、深い色の目が私を射抜く。身体を起こした信長様は私に顔を寄せて・・・・・・
信長「仕置きが必要だな、ゆう」