???「・・・・・・今、何と言いかけた?」


(え・・・・・・?)
急に変わった男性の、張り詰めた様子にたじろぐ。

???「のぶなが、と聞こえたが・・・・・・、もしや、織田信長のことか」

「・・・・・・っ、痛」

ぎり、と捕まれた手首が痛んで、小包みが手から再び地面に落ちた。
(・・・・・・っ、もしかしてこの人、信長様の敵・・・・・・?!うかつだった・・・・・・!親切そうな人だったから、つい油断して・・・・・・)

「は、離してくださいっ、”信長様” なんて、言ってないです・・・・・・!」

???「ではその菓子、誰からもらったと言ったのだ?」

(・・・・・・っ、疑ってる、なんとかごまかさないと)

「っ・・・・・・のぶな様という方です」

「その女はどこの誰だ?貴様とどういった関係だ?」

「私が奉公している家の・・・・・・奥方様です」

???「嘘だな」

「・・・・・・つ!?」

???「この安土で金平糖のような高級菓子が買えるほどの身分の家に、のぶな、などという女は居ない」

(・・・・・・どうしてそんなこと、この人が知ってるの?」

???「あの第六天魔王の住処である安土のことなど、知り尽くしている・・・・・・それで、嘘まで吐いたお前は何者なんだ?お嬢さん」

(・・・・・・だめだ、ごまかせない・・・・・・っ)

「誰か!!助けてくださっ、んんっ!」

???「ここで騒がれると面倒だ、後でゆっくり聞くとしよう」

「・・・・・・っ」

口を塞がれたかと思うと、ガツ、と頭に衝撃を感じて、視界がぐらりと揺れた。
手に持っていた番傘が、雨に濡れはじめた地面に転がる。

(・・・・・・っ、政宗・・・・・・!)
なすすべもなく薄れていく意識の中で、私は、政宗の名を呼んだ。

---------

ゆうが男にさらわれてから、四半刻ほど過ぎたころ。
政宗は安土城内で、ゆうを探していた。

政宗「あいつ・・・・・・どこ行きやがった」

政宗は部屋を尋ねた時には、ゆうの姿はなかった。

秀吉「政宗?こんなところで何してるんだ?」

政宗「秀吉。ゆうを探してるんだが、お前あいつがどこにいるか知らないか?」

秀吉「は?」

政宗に尋ねられて、秀吉が不思議そうな声をあげる。

政宗「なんだよ?」

秀吉「いや・・・・・・ゆうならしばらく前に、お前の御殿へ行くと言って、出かけたぞ。てっきり、もう会ってるものと思ってたんだが・・・・・・」

政宗「・・・・・・なんだと?」

秀吉の返答に、政宗も首をひねる。

政宗「すれ違わなかったぞ、俺は」

秀吉「通った道が違ったんじゃないか?」

政宗「安土城から俺の御殿まで、あいつが通る道は決まってる。俺が最初に教えた道を、ずっと使ってるはずだ」

秀吉「それじゃ、どっかで道草でも食ってるのかもな」

政宗「・・・・・・そうだといいんだがな」

秀吉と話しながら、政宗は不審げに眉をひそめる。

秀吉「まあ、俺が番傘貸してやったから、濡れネズミになってどこかで雨宿りしてるなんてこともないだろうが」

政宗「そうか、わかった。ありがとな」

話もそこそこに、政宗はすぐ安土城を後にした。

政宗の家臣「ゆう様ですか?今日はまだ、いらしてないようですが・・・・・・」

政宗「・・・・・・そう、か」

胸騒ぎに背を押されるように御殿へ取って返した政宗は、予想通りの家臣の返答に、眉をひそめた。

政宗の家臣「なにかあったのですか?」

政宗「いや、まだわからん。・・・・・・ただ、嫌な予感がしてな」

政宗の家臣「嫌な予感・・・・・・?」

与次郎「あ、政宗様!お帰りなさいませ」

その時、肩を盛大に雨で濡らした与次郎が政宗に駆け寄った。

与次郎「」いやあ、参りました。まさかこんなに降ってくるとは」

政宗「与次郎、お前、今まで外にいたのか」

与次郎「ええ。照月が外に出たがってたので、少しだけ散歩させていたんですが・・・・・・どうかなさいましたか?」

政宗「ゆうを見なかったか?」

与次郎「えっ?」

焦って詰め寄る政宗に驚き、与次郎が一歩後ずさる。

政宗「安土城から、ここに来ようとしたらしいんだが・・・・・・安土城にも、ここにも居ない。出かけたのは、俺が安土城へ向かう前らしいから・・・・・・もう数刻たってる。その辺で、見かけなかったか?」

与次郎「お、俺は、見ませんでしたが・・・・・・」

政宗「何か、変わったことは?怪しい人影を見たとか」

与次郎「いえ特には・・・・・・あ、でも、城下の長屋前にあれが落ちていて」

そう言って、与次郎が視線で示したのは、玄関先に立てかけてある・・・

政宗「・・・・・・番傘」

与次郎「はい、これを見つけた途端、照月が鳴き出して・・・・・・てこでも離れなかったので、一緒に持ってきちゃいました」

今も照月が番傘に鼻をこすりつけるようにして、か細い声で鳴いている。

与次郎「それと、一緒に落ちていたこの小包も」

政宗「中身は?」

与次郎「金平糖です。こんな高価で希少なお菓子、一体誰が・・・・・・」

政宗「・・・・・・っ、与次郎、その傘と小包み、ちょっと貸せ」

------

家康「・・・・・・何の冗談?」

秀吉「冗談じゃない。ゆうが誘拐された」

信長「・・・・・・どういうことだ」

秀吉と政宗によって、織田軍の面々は緊急で安土城に招集された。

政宗「信長様、この小包に、見覚えは」

政宗が差し出した小包を見て、信長がわずかに目を細める。

信長「・・・・・・俺が夕方、ゆうにくれてやった金平糖だな」

秀吉「それが、俺が貸した傘と一緒に、城下の長屋前に落ちていたそうです」

政宗「安土城から俺の御殿への道の途中で、ゆうの身に何かあったのは間違いありません」

信長「・・・・・・さらわれたか」

信長が、いつもと変わらない淡々とした口調でつぶやく。

三成「ゆう様をさらうとしたら、ゆう様の顔を知っている、上杉謙信か、真田幸村の手先。あるいは・・・・・・」

秀吉「顕如に冴ゆうの存在がさとられたということも考えられる」

光秀「・・・・・・おそらくは、顕如だろうな」

秀吉「なぜわかる?」

光秀「上杉、武田はまだ動いていない。が、顕如が安土近辺に潜伏していることは確認済みだ」

秀吉「・・・・・・相変わらず、いつどこでそういう情報を仕入れてるんだ、お前は」

光秀「・・・・・・そんなことに目くじらを立てている場合か?」

政宗「敵が顕如であれ上杉であれ、ゆうに人質としての価値があると考えてるとは思えねえ。お恐らく・・・・・・情報を搾り取れるだけ搾り取って、殺す気だろう」

家康「・・・・・・っ」

政宗「・・・・・・なに不安そうな顔してんだ。そんなこと、させるわけねえだろうが」

家康「政宗さん・・・・・・」

広間に、張り詰めた沈黙が一瞬流れる。
上座に悠然と座し、黙って話を聞いていた信長が、静かに口を開いた。

信長「光秀、秀吉、政宗、家康は、すぐに誘拐犯捜索へ向かえ。光秀、大方の目星はついているんだろう。捜索の指揮を取れ」

光秀「はっ」

信長「三成は犯人が顕如意外であった場合のために、城下の宿の記録を洗え」

三成「かしこまりました」

信長の命に、全員が弾かれたように立ち上がった。

信長「顕如は生け捕りにして、俺の前へ連れて来い。良いな」

---------

「う・・・・・・、うん・・・・・・」

(あ・・・・・・頭、痛い・・・・・・)
ゆっくりと身体を起こそうとして、両手足が縛られていることに気がついた。

???「ようやく目覚めたか」

冷酷な声がして振り返ると、壁に背を持たれさせるようにして立ち、袈裟姿の男性が薄笑いを浮かべていた。

「・・・・・・っ、いったい、どういうつもりですか、突然誘拐なんて」

???「織田信長の女なら、奴が恨みを集める業の深い男だと知っているのではないか?」

「・・・・・・っ、だから、信長様とは、なんの関係もないって言ってるじゃないですか!」

叫んだ瞬間、喉元に鋭いものが軽い金属音とともに突きつけられた。
(な・・・・・・なに、これ・・・・・・錫杖(しゃくじょう)・・・・・・?)

???「覚えておくといい、お嬢さん・・・・・・俺は見え透いた嘘は好かん。次にまた稚拙な嘘を吐くようなら・・・・・・手足の指を一本一本・・・・・・この仕込み杖で切り落としてやるからな」

「・・・・・・っ!」

ぎろりとにらまれ、恐怖に口を閉ざす。ぐっと顔を近づけると、男は訝しげに眉を寄せた。

???「・・・・・・お前、以前どこかで会ったか?」

「え・・・・・・?」

(やっぱり・・・・・・私達、どこかであってる・・・・・・?)

戸惑いながら、必死に記憶の糸を手繰り寄せる。
(さっきあった時の優しそうな顔じゃなくて、この、底知れない表情は・・・・・・もっと・・・・・・見覚えがある、気がする・・・・・・)

???「・・・・・・ああ、思い出した。信長めの暗殺に失敗した夜、あの森で会った娘だな?」

(本能寺近くの・・・・・・森で・・・・・・?)


-------

顕如「私は顕如(けんにょ)と申す旅の僧だ。困ったことがあるなら相談に乗ろう」

顕如「早く家へ帰るといい、お嬢さん。夜の森は鬼がうろついているからな」

-------


「・・・・・・つ!!」

ひゅっ、と喉が音を立てた。
(そうだ・・・・・・顕如って名前、どこかで聞いたことがあるって、ずっと思ってたのは・・・・・・あの夜、出会ってたからだ。この人・・・・・・顕如と、出会ってたんだ、私・・・・・・っ!)

顕如「あの時も思ったが、お前もしや。俺が信長を殺そうとした現場にいた女か・・・・・・?」

(・・・・・・もう、信長様との繋がりは、誤魔化せない)

「そうです。私です」

(この人が、政宗と家康さんの家臣の皆に毒を盛らせた、張本人なんだ・・・・・・!)
怒りがこみあげて、私は恐怖を押し込め、きっと顕如を睨み上げた。

「・・・・・・どういうつもりか、知りませんけど私を人質に取ったって、信長様は動きませんよ」

顕如は私の訴えを鼻で笑うと、錫杖で私の顎をくいと持ち上げた。

顕如「女の一人や二人に人質としての価値があるとは端から思っていない。お前は、信長の情報を吐けるだけ吐かせようと思って連れてきた、ただそれだけだ」

「・・・・・・っ」

顕如「お前の知っている信長のこと、すべて吐け」

(・・・・・・っ、どうしよう。吐こうにも、知っていることなんてほとんどない・・・・・・けど、正直にそんなこと言ったら、すぐにでも殺されて終わりかも・・・・・・)

焦る私の脳裏を、不意に政宗のことがよぎった。
(今、何時だろう・・・・・・?)

窓から外を伺うと、雨脚がさっきよりもだいぶ強まっている。
(政宗が・・・・・・きっと、異変に気づいて、探しに来てくれてるはず。)

1. できることをしよう      ♡

2. 信じて待とう

3. 心配いらない

(絶対、大丈夫。政宗を信じて、私にできることをしよう。今は見つけ出してもらえるまで・・・・・・なんとか時間をかせがなきゃ)
私は冷静を装って、顕如をまっすぐに見上げた。

「どうして・・・・・・、あんな、ひどいことをしたんですか」

顕如「質問に質問を返すか・・・・・・あんなひどいこと、とは何のことだ?」

「上杉、武田軍の拠点攻めの時、政宗達の飲水に毒を盛ったでしょう」

顕如「・・・・・・答える必要はない」

「答えないなら、信長様のことは何も話しません」

真っ直ぐに顕如を見すえたままそう言うと、顕如はおもむろに口を開いた。

顕如「・・・・・・いいだろう、話してやる。だが、話し終えたあと、お前にも情報を提供してもらう。その情報が取るに足らんものであったら・・・・・・わかっているな?」

(・・・・・・っ・・・・・・大丈夫、私が信長様の情報を持ってないことはバレてない。何かされるにしても、せっかく捕まえた情報源を、すぐに殺すことはない・・・・・・はず)

「わかりました」

顕如「・・・・・・俺が連中に毒をもらせたのは、確実に織田信長軍の戦力を削るためだ。信長の周りをああも猛者どもに囲まれては、隙を突くこともできんからな」

淡々と答える顕如に、胸がざわつく。

「・・・・・・っ。自分の復讐を成功させやすくするためだけに、あんなに大勢の人を手に掛けようとしたってこと・・・・・・?」

苦しんでいた兵たちの姿を思い出して、怒りに唇がわななく。

顕如「ああ、そうだ。たとえこの身が修羅になり果てようとも・・・・・・俺は織田信長に復讐を果たす」

私を通り越して、顕如は別の何かを睨みすえているようだった。
(信長様は、どうして・・・・・・こんなに恨まれているんだろう。私が知らない何かが、二人の間であったの・・・・・・?)

「どうして、信長様をそんなに・・・・・・恨んでいるんですか」

尋ねると、顕如はふっと鼻で笑った。

顕如「・・・・・・石山本願寺で、俺がまだ僧侶だった頃だ。織田信長と、本願寺は対立し、長い戦いがあった。お前も戦場に行ったことがあるなら、わかるだろう。眼前で同胞が苦しみ、倒れていく様がどれほど辛く、苦しいものか」

「・・・・・・っ、あなたが、それを言うの・・・・・・?あなたも同じようなこと、してるじゃない・・・・・・!」

顕如「だから言っただろう。この身は修羅になり果てても構わんと」

思わず声をあげた私を、顕如の低く地を這うような声が制する。

顕如「戦禍(せんか)の根源である信長を殺し、同胞たちへの弔(とむら)いにする。信長の首を狩るまで・・・・・・もう、止まることは許されんのだ。戦など、憎しみしか生まない。だが、この恨みを晴らすまでは、俺は死んでも死に切れん」

そう吐き出す顕如の顔は、苦悩に歪んで見えて、酷いことをしてきた、恐ろしい人のはずなのに、なぜか、胸がきしむ。
(・・・・・・この人、本当は争いを憎んでいるの?争いを憎みながら、復讐のために生きるなんて・・・・・・そんなの・・・・・・悲し過ぎる)

顕如「さあ、俺は話したぞ。次はお前が信長の情報を吐く番だ」

(・・・・・・っ、そうだった、忘れてた。適当な嘘じゃ、誤魔化せないよね・・・・・・)
焦りにじわりと汗が滲んだ、ちょうどその時だった。

男「顕如様・・・・・・!」

(・・・・・・っ、なに⁉︎)