雨と蹄(ひずめ)の音に紛れて聞き取れず、尋ね返すと、ぐっと政宗の顔が近づいた。
(な、なに・・・・・・⁉︎)

政宗「・・・・・・ゆう」


「っ、はい」

雨に濡れた唇が、一瞬だけ私の唇にちょん、と触れた。

「な・・・・・・なに、急に」

政宗「緊張が解けるおまじない。どうせ、顕如と信長様の決着がどうなるんだろう・・・・・・とか考えてたんだろ」

「・・・・・・うん」

政宗「・・・・・・信長様が顕如をどうするつもりなのか、俺にもわからないが、見たくないものは、見なくていい」

(あ・・・・・・)

「・・・・・・うん、ありがとう」

(敵が傷つくところを見たくないなんて、多分、政宗には理解できない感情のはずなのにな・・・・・・わかってくれてるんだ)
政宗の気遣いに、胸が熱くなる。

(政宗と一緒なら、先がわからなくても・・・・・・何も、怖くない)

顔をあげると、雨粒が心地よく頬を濡らした。
(・・・・・・さすがにもう、笠だけではしのげないか。すでに、水浴びしたみたいになってるし。けどここまでびしょ濡れになると、逆に気持ち良いな・・・・・・)

家康「・・・・・・よりによってこんな土砂降りの日に見つからなくてもいいのに」

ふと、近くを走っていた家康さんがため息交じりに零すのが聞こえた。

政宗「雨の行軍ってのも悪くないだろ。このくらいずぶ濡れだと、いっそ気持ちいい」

家康「はあ?何言ってるんですか」

「私も同じこと考えてた。ちょっと楽しいよね」

家康「・・・・・・本当に、政宗さんに毒されてきたよね、ゆうは」

政宗「毒されるとは失礼だな」

秀吉「お前ら、そろそろだ、気引き締めろ」

馬を寄せ、秀吉さんがふたりを諫める。

秀吉「ここから、馬を降りる。顕如の手先が潜んでる可能性もあるから、注意しろよ」

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馬から降りて、木々のうっそうと茂る森へと踏み入る。
(この辺り・・・・・・さっきとは雰囲気が違う気がする)

ぴんと張り詰めた静けさが、あたりを包み込んでいた。

政宗「あれが毒蛇のねぐらか」

(え・・・?)
政宗の声で、ふと頭上を見上げる。
そこには、木々の葉で上手く隠された山小屋がポツリと建っていた。

(不気味だな・・・・・・あそこに、顕如がいるの?)
注意深く辺りに目を凝らし、秀吉さんが先に刀を抜いた。

秀吉「行くぞ」

黒雲の切れ目から漏れる月明かりが、冷たい刃に反射する。すかさず、顕如の逃亡を阻止するため、家臣たちが山小屋を包囲した。

信長「顕如は生け捕りにして、俺の前に連れて来い」

秀吉「はっ。政宗、”生け捕り” だ。忘れるなよ」

政宗「わかってる、息してればいいんだろ?」

(・・・・・・っ、相変わらずだな)
得物を前にした獣のように、政宗の眼がギラリと光る。

政宗「顕如には、大事な部下とゆうが世話になったからな。借りはきっちり返してもらう」

家康「・・・・・・うっかり殺しそうになったら、俺が止めに入りますからね」

政宗「信用ねえな------真正面から仕掛けるぞ」

政宗が真っ先に地を蹴り、山小屋に突入した。
家康さんがそれに続き、その場を一気に緊張感が包み込む。

(っ1いま、音が・・・・・・!)
途端、中から金属音が聞こえて、思わず肩がすくんだ。

顕如「・・・・・・っ!」

山小屋から、政宗の刀を受け止めた人影が押し出されてくる。
(あ------あの人!)


---------

顕如「早く家へ帰るといい、お嬢さん。夜の森は鬼がうろついているからな」

---------


(ずっと、どこかで聞いた名だと思ってたけど・・・・・・顕如って)
いま、顔を見て、はっきりと思い出した。

(タイムスリップしたあの夜、私が森で出会った僧侶だったんだ)

政宗「仕込み杖とは周到だな」

顕如「っ・・・・・・上杉との戦いで、虫の息かと思ったが、元気そうだな伊達政宗」

顕如は武器のような形状の錫杖(しゃくじょう)で政宗の刃を受け止めた。

政宗「毒なんて姑息な手で俺の息の根を止められると、本気で思ったのか?笑わせるなよ」

顕如「・・・・・・っ!」

政宗の刀が翻った瞬間、顕如の錫杖が真っ二つに斬れた。
(き、斬っちゃった・・・・・・!)

武器をなくした顕如の動きを、政宗が刀を突きつけて制する。更に左右を固めるようにして、秀吉さんと家康さんも切っ先を顕如に突きつけた。

顕如「・・・・・・」

身動きできない顕如の前に、信長様が静かに進み出る。

顕如「・・・・・・っ、織田信長!」

信長「久しいな、顕如。懐かしいその顔の傷、忘れかけていたぞ」

顕如「俺は片時も貴様への恨み、忘れたことはない」

(あ・・・・・・-----)
信長様は、刀を抜いたかと思うと、迷いなく顕如の喉元に刃を突きつけた。

信長「本願寺の法主(ほうしゅ)にまでなった高僧が、復讐鬼と成り下がるとは・・・・・・哀れな男だ」

顕如「・・・・・・憐れむなら、これほどの恨みを集める貴様の業(ごう)を憐れむがいい。俺は首だけになっても、貴様を呪い続けるぞ、織田信長」

信長「・・・・・・・・・・・・」

顕如を見下す信長様の眼に、鋭い光が宿る。
(・・・・・・っ、殺される)

冷たく陰った信長様の眼差しを見て、目を背けたくなる。けれど------

(・・・・・・あれ?)
予想に反して、信長様は静かに刀を鞘に収めた。

顕如「何をしている。・・・・・・まさか、情けをかけるわけではないだろうな」

信長「貴様の生死は、俺が決める。哀れな貴様に、俺の大望が成る時を見せてやる」

淡々と、でも重みのある口調で信長様は言葉を繋げる。

信長「俺の大望が実現した世を見て、なおも恨みを忘れられぬというのなら、その時は貴様を解放してやろう。俺の首を、また狙うがいい」

顕如「・・・・・・っ」

顕如の眼差しに、屈辱と、怒りと、憎悪が入り交じる。
(そばで見ているこっちが、苦しくなる・・・・・・。この人はどうして、こんなに信長様を憎んでいるんだろう・・・・・・?)

秀吉さんたちの家臣が、顕如を縄で縛り拘束する。

顕如「・・・・・・俺を解放した時が、貴様の最期になるだろう。地獄で悔いろ」

秀吉「口が過ぎるぞ。慎め」

顕如「魔王の手下に言葉遣いをどうこう言われる筋合いはない」

政宗「ったく、往生際の悪い。いい加減、静かにしやがれ」

顕如「くっ・・・------」

顕如は、政宗の手刀で意識を失った。

信長「・・・・・・安土の牢へいれておけ」

家康「かしこまりました」

信長様はそれだけ言うと、それっきり顕如には見向きもしなかった。
(------信長様は、殺しちゃうものだと思ってた。これだけでおさまって、よかったけど・・・・・・)

酷いことをされた敵といえど、命が助かったと思うと、胸を撫でおろしてしまう。
(どうして、生かしたんだろう・・・・・・。信長様の大望って・・・・・・天下統一だと思ってたけど、そんな野心じゃ片付かない何かが、・・・・・・あるのかもしれない)

政宗「------ゆう。・・・おいゆう」

政宗に声をかけられ、はっと我にかえった。
辺りを見渡すと、それぞれが、急いで帰り支度を始めている。

政宗「・・・・・・大丈夫か?」

1. ちょっと怖かった

2. ほっとした 

3. 大丈夫だよ

「ちょっと、ひやっとしたけど・・・・・・大丈夫だよ」

政宗「・・・・・・本当かよ」

政宗が小さく笑って、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。

政宗「・・・・・・ほら、帰るぞ」

手綱を引いて馬を連れて来て、政宗がそれにまたがる。

政宗「こんなしけたところに長居してる時間はない」

「うん」

政宗が差し伸べた手に、自分の手を重ねた。
しっかりと握り返されて、ぐっと身体を引き上げられる。

政宗「しっかり捕まってろよ」

馬が走りだし、風邪が頬を撫でていく。
いつの間にか、雨足も静まっていた。
(・・・・・・あっけない、幕引きだったな。けど、確かに・・・・・・政宗たちと巡り合うきっかけになった、ひとつの大きな事件が・・・・・・解決、したんだ)

この時代に来た時よりも、ずっと馴染んだそよ風が肌を撫でていく。胸いっぱいにその空気を吸い込んで、私は政宗の腕に身を任せた。

------こうして、本能寺の変に始まり、幾つもの事件を巻き起こした顕如との戦いは、ひとまず幕をおろした。あの夜からちょうど、五日後。

(今日から、佐助くんのお見送りの旅だし・・・・・・この縫い物
が終わったら、準備しないとな)
私は今日から少しの間、政宗と一緒に、安土を離れることになっていた。

「わ・・・・・・っ、照月、危ないよっ」

縁側で縫い物をする私の膝に、照月がじゃれついてくる。

照月「みゃーっ」

「わっ、ちょっと、待って待って」

そのまま胸元にのしかかってくる照月に押されて、廊下に仰向けに転がった。照月は手毬をくわえて、遊んでくれというように目をきらからさせている。

「それはあとでね。今は、縫い物させて、お願い」

家康「・・・・・・何してんの」

政宗「どっちが主人かわかんねえな」

「あ・・・・・・家康さん、政宗」

私を上から覗き込む二人の顔に、苦く笑う。
ひとまず照月を下ろして、二人に向き直った。

「ふたりとも、安土から元の領地へ戻る用意は順調なの?」

政宗「ああ、あらかた終わった」

------顕如を捕らえたあと、信長様から武将たちに、各地へと帰還の命がくだされた。
(自領で軍備を整えたら、また招集をかける、って、信長様はおっしゃってたんだっけ)

顕如の事件は解決したけれど、武田上杉の脅威は去っていない。来るべき日に備え、各々体制を改めて整えろ、というのが信長様のご命令らしい。

政宗「俺は今日から数日、安土を不在にするから、昨日が大詰めだったな」

家康「こっちも順調・・・・・・というか、俺の領地は、わりと安土から近いから」

「そっか・・・・・・」

(予想はしてたけど、こんなにすぐみんなバラバラになるなんて・・・平穏な毎日とは無縁だったけど・・・・・・安土のみんなとの生活、結構、楽しかったな・・・・・・みんなと、今までみたいに会えなくなるのか)

家康「・・・・・・なに?」

つい無意識に見つめてしまった私に、家康さんが冷たい視線を返してくる。いつも通りの反応がなぜか嬉しくて、思わず小さく笑いが零れた。

「気軽に家康さんと会えなくなるのは、寂しいなと思って」

家康「・・・・・・こっちはありがたいけど。視界にうろちょろ入ってきて、余計な心配かける奴が二人まとめていなくなって」

政宗「おい、ゆうはともかく俺もってことか」

家康「当然です。自覚してください」

(家康さん・・・・・・)
トゲトゲしい態度だったけど、ずっと気にかけてくれていたことを思い出す。それを知っているからか、家康さんの横顔が少しだけ、寂しげに見えた。

政宗「強がるなよ、寂しいくせに」

家康「さ、み、し、く、な、い、で、す」

政宗も気づいてるのか、からかう口を止めようとしない。

「・・・・・・家康さん」

家康「だから、なに」

背中に声をかけると、家康さんが怒った声のまま振り返る。

「今度、もしよかったら、家康さんの国に、会いに行ってもいいですか」

家康「・・・・・・っ。バカじゃないの。いちいち聞くなよ、そんなこと」

(・・・・・・これは、多分、”いいよ” ってこと・・・・・・だよね)
なんとなく顔色と態度からそう読めて、ほっとする。

「ありがとうございます」

家康「いいって言ってないんだけど」

政宗「なに赤くなってんだ、お前。ゆうはやらねえぞ」

家康「っ、もういいです。二人とも、今日から京都に行くんでしょ。早く支度しなよ」

家康さんはそれだけ残すと、目も合わせずに行ってしまった。

政宗「あいつ、もう少し素直になればいいのにな。可愛くねえ」

家康さんを見送る政宗の眼差しは、言葉と裏腹にあたたかい。
(やんちゃなお兄ちゃんと、心配性の末っ子、って感じだな)

私も優しい気持ちに包まれて、ふふ、と思わず笑みがこぼれた。

政宗「お前も、心の準備は順調か?」

「え・・・・・・っ?」

ふたりきりになった途端、政宗が後ろから私を抱き寄せる。

政宗「俺についてくる覚悟、できてるだろうな?」

「・・・・・・うん。もし奥州について行くことを許してもらえなくて・・・信長様に地の果てまで追われることになっても、後悔しない程度には」

政宗「それは覚悟決めすぎだろ、さすがに」

くすくすと可笑しそうに笑って、政宗が私の手を取る。
口元に運ばれて、指先に優しく唇で触れられた。

政宗「まあ、そのくらいの覚悟があるなら、さらい甲斐もあるな」

(・・・・・・あ)
政宗が私の手を操って、自分の唇を指先でなぞらせる。

「・・・・・・ん」

視線が絡んだのを合図に、唇が触れ合った。
(・・・・・・本当に、政宗と一緒なら、どうなってもいい。そのくらい、大好きなんだよ・・・・・・)

次第に深くなっていく口づけに、とろりと思考が溶けていく。

「あ・・・・・・」

唇が離れた時、惜しむような声がこぼれた。

政宗「・・・・・・これ以上してたら、佐助との集合時間に遅れるな」

「・・・・・・うん」

今朝、私の部屋の戸に挟まっていた佐助くんからの文には、”正午過ぎに、安土城の外れの茶屋で落ち合おう” 
と書いてあった。
(もうそろそろ、出発しないと・・・・・・でも)

政宗「そんな物足りなそうな顔されると、行きたくなくなるんだけどな」
「・・・・・・も・・・・・・う、一回だけ・・・・・・したい」

政宗「・・・・・・素直なヤツ」

もう一度、愛おしげに緩んだ政宗の唇が重なる。
(旅の間は佐助くんもいるし、あんまり触れあえないかもしれないけど・・・でも、京都から帰ったら、ずっと政宗とふたりでいられるんだしちょっとの我慢だよね)

口づけを受け止めながら、私はこの時、疑うこともなくそう思っていた。
こんな当たり前のキスすら出来なくなるなんてことは、想像もしていなかった------

------正午を回ったころ、私達は旅装に身を包み、馬を連れて安土城を出た。

(もうちょっと歩いたところかな?)
佐助くんからの文に従い、西の外れの茶屋を目指す。

政宗「あいつの顔を見るのは久々だな」

「今日は出合い頭に斬りつけるのは、なしね」

政宗「元の時代に帰るって決めた時点で、そいつは上杉の元を離れたんだろ?」

「うん」

佐助くん から届けられた文には、上杉謙信の元を離れた、と書かれてあった。

政宗「だったら、別に俺にとっての敵でもなんでもない。斬りつける理由がないだろ」

「そっか」

照月「みゃー」

聞こえてきた鳴き声に、足元に目をやる。

「照月、ついてきちゃったね」

政宗「お前が抱いて馬に乗ればまあ、連れていけないこともないだろ。それより、茶屋、見えた、ぞ・・・・・・」

そう告げた途端、急に政宗から笑顔が消え失せた。
(え・・・・・・どうしたの?)

戸惑って視線の先の茶屋に目を向けると、そこには佐助くんと・・・・・・

佐助「ゆうさん」

幸村「・・・・・・・・・・・・!」

(あれって、真田幸村・・・・・・!?)