政宗「腕の一本持ってかれるより、お前の平和ボケしたのん気な笑顔が見れなくなるほうがよっぽど大打撃なんだよ。だからお前は黙って、俺の後ろで怖がってろ!」


「・・・・・・っ」

政宗「・・・・・・わかったか」

途端に優しくなる声に、政宗の言葉に、じわりと涙がにじむ。張っていた虚勢が一気に吹き飛ばされ、全身から力が抜けるようだった。

(------本当は、怖くて仕方なかった)
自分でも蓋をしていた気持ちが溢れて、止まらなくなる。

(人を、撃ちたくなんて、なかった・・・・・
・っ)

こぼれ落ちそうになる涙を、ぐっと歯を食いしばって飲み込んだ。いまだ目の前では、謙信が冷たい眼差しで、私たちを見すえている。

謙信「とんだ茶番だな。満身創痍(まんしんそうい)で、何を格好つけている」

政宗「惚れた女の前で格好つけずに、いつ格好つけるんだよ。勝負はこれからだろ」

依然として左腕で刀を構える政宗に、謙信がにわかに片眉を寄せた。

謙信「・・・・・・手傷を負っているとは思っていたが、右肩だったか」

政宗「左腕じゃあご不満か?」

謙信「・・・・・・」

謙信はじっとこちらを見下ろすと、なぜか構えを解いた。

謙信「惚れた者のための自己犠牲など、愚か者の極みだな。興がさめた」

(え・・・・・・?)

刀を治める謙信を、驚いて見つめる。政宗も同じように、訝しげに間合いを保った。

政宗「興がさめたってのは、首を差し出すってことか?」

謙信「馬鹿を言え。見逃してやると言っている」

(え・・・・・・まだ、戦の最中なのに。どうして急に見逃すなんて・・・・・・?)

私達へ告げる謙信の顔に、気のせいか、どこか寂しさを感じる。
(なんでだろう・・・・・・さっきまで、怖かったのに、今は悲しそうに見える)

先程まで痛いほど感じていた気迫が、わずかに緩められた気配がした。

幸村「謙信様!退避を!」

(っ、今度は退避・・・・・・⁉︎ どうして・・・・・・?)
敵陣の兵の群れから、よく通る声が飛んできて、顔を向ける。同時に、後方から地鳴りのような音が聞こえてきた。

(・・・・・・!あの旗は・・・・・・っ)
平原の彼方
に、旗が翻り、援軍の到着を知らせた。

「光秀さんと、秀吉さん・・・・・・⁉︎」

政宗「予想より早かったな」

周りもこちらの様子に気づいたのか、立ちこめる空気が少しずつ変わる。乱闘を繰り広げていた周囲の兵達も、次第に退却を始めたようだった。

謙信「伊達政宗、今度会う時までに、怪我を治しておけ」

謙信は周囲の混乱など意に介さず、悠然と馬にまたがる。

謙信「全力のお前としか、仕合たくはない。その時は、女なんぞ連れてくるなよ」

冷たくそう告げると、謙信は敵兵が退却する方へと馬を走らせた。飛んでくる矢の雨の中を、平然と駆ける後ろ姿を呆然と見送る。
どういうわけか、矢の方が、その背中を避けているように見えた。

政宗「・・・・・・化け物じみてるな、あいつ」

「っ!」

政宗の声に、はっと我にかえって辺りを見回す。
(そうだ、戦は・・・・・・終わったの・・・・・・?)

「ま、政宗・・・・・・生きてる?」

政宗「はあ?当然だろ」

「私も生きてる?」

政宗「・・・・・・落馬の時に頭でも打ったのか」

(あ・・・・・・)
真剣な表情で見下ろしてくる政宗の手が、くしゃ、と私の髪をかき混ぜた。

(ちゃんと・・・・・・、無事・・・・・・だ。政宗も、私も・・・・・・)
いつもと変わらない政宗の感触に、一気に生きている現実感が沸いた。

(あ・・・・・・っ)
私を乗せてくれた馬が、脚をひょこひょこと動かしながら歩み寄ってきた。
前足に傷はあるけれど、その目に生気が満ちているのを察して安堵する。

「よかった・・・・・・」

(本当に、よかった・・・・・・)
馬のたてがみをそっと撫でながら、改めて、私は息を吐き出した。

政宗「安心するにはまだ早いぞ、ゆう。向こう側の援軍がもし近くまで来てたら、拠点を捨てずに、籠城される可能性もある」

「え、じゃあ・・・・・・」

家康「その心配はなさそうですよ」

聞こえてきた声と共に、家康さんの馬がこちらに駆け寄ってきた。

「家康さん!無事でよかった・・・・・・っ」

政宗「家康、どういうことだ?」

家康「援軍が使うだろう橋を推測して、すでに落としてあると、秀吉さんの部隊から知らせがありましたから。三成の策です。雨で増水して渡ることも難しいだろうし、援軍は来られないでしょう」

政宗「へえ。さすが三成だな」

家康「・・・・・・まあ、あいつはそれが役目ですからね」

少し不機嫌に、家康さんがふんと鼻を鳴らして政宗を見やる。

家康「それより、あんたですよ問題は。なに怪我してるの隠して、先陣切ってるんです、バカじゃないですか」

政宗「ああ、悪い悪い。って、お前・・・・・・黙ってるって約束はどうしたんだよ」

「っ、ごめんなひゃい」

両手でぎゅっと頬を摘まれて、慌てて政宗に謝る。

家康「悪い悪いじゃないですよ」

政宗「俺が怪我しただの、後方にいるだの言い出したら、士気が下がるだろうが。仮に俺の怪我を全員知ってたとして、今回の作戦の何かが変わったか?」

家康「それは・・・・・・っ、そうですけど、あんたが死んだら、士気が下がるどころじゃないんですからね」

呆れ顔で家康さんが私達を見下ろしてため息を吐いた。

家康「まったく・・・・・・お似合いですよ、あんたたち」

「え?」

どこか穏やかな眼差しで、家康さんが私たちを見つめてくる。

政宗「お似合いって、何がだ」

家康「ふたりとも、人に心配かけるのが上手い」

(あ、笑った・・・・・・)
いつもどおりの皮肉を言いながら、家康さんが少しだけ微笑んだ。
それを聞いた政宗が、同じように笑いをこぼす。

政宗「何だ家康、心配してたのか?」

家康「・・・・・・いいから、向こうが撤退完了するまで見張っててください」

すぐに唇を結んで、家康さんはふいと私達から顔を背けた。

家康「俺が援軍と合流して、負傷兵の搬送の手配をしておきます。看護班に現状を伝えてくるから、後でゆうも手伝って」

「はいっ」

家康さんを追いかけようとした時、
(・・・・・・あ)

一瞬、地面に転がった鉄砲が目に留まった。
(・・・・・・全部が突然すぎて、まだ混乱してるけど。今、私が何の曇りもなく、戦の終わりを喜べているのは・・・・・・)

頭上を吹く風が、髪を揺らしている。そんな当たり前のことに、心から幸福感が湧いてくる。
(・・・・・・政宗のおかげだ。政宗が私を止めてくれたから、私は今も、笑えてる・・・・・・)

「・・・・・・政宗」

政宗「ん?」

言い切れない感謝を胸に、私は政宗を振り返った。戦の前と変わらない、余裕に構えるその笑みに、顔がほころぶ。

1. 無事でよかった

2. ありがとう      ♡

3. ごめんね

「ありがとう」

政宗「・・・・・・」

笑顔で言うと、政宗は目を瞬かせてから、唇に笑みを浮かべた。

政宗「・・・・・・相変わらず、のんきな顔」

政宗の手が、私の手首をやんわりと掴む。

「あ・・・・・・」

くん、と手首を引かれるまま、一歩二歩、政宗に近づく。

政宗「さっきの、謙信に向かってた顔より、こっちの方がずっといい」

至近距離で視線が絡み、どくんと心臓が脈を打った。

政宗「お前、安土に帰ったら覚えとけよ」

「・・・・・・覚えとけ?何を・・・・・・?」

ぽかんと見つめ返すと、政宗の青い目が、熱を帯びたように見えた。

政宗「お前を本気で捕まえる、今度は本当に離さない」

「・・・・・・え?」

政宗「捕まえておけって言ったのはお前だ。俺を本気にさせたのも、お前だからな」

(なんの、話・・・・・・)
手首を捉えられたまま、政宗の青い瞳が迫り、既視感を覚える。

(あれ・・・・・・これ、確か、前にもあった・・・・・・ような)
静かに高鳴っていく鼓動のなかで、懐かしい記憶がよみがえってくる。


-----

政宗「わかった、お前の言うとおり・・・・・・捕まえておいてやる」

「っ・・・あの、捕まえておくのは、私じゃなくて虎ですっ」

政宗「そう警戒すんな。取って食いやしない」

-----


(初めて、政宗の御殿に行った時の・・・・・・っ?)

政宗「・・・・・・今度は、取って食うかもな。今さら、拒むなよ?」

(な・・・・・・っ!)

試すみたいに囁かれて、耳元が熱くなる。
(あ、あの時は、私をからかう、ただの冗談だった、はず・・・・・・だけど)

政宗の熱いまなざしに囚われて、身動きが取れなくなる。
(今、”本気で” 捕まえるって言ったの・・・・・・?)

家康「ゆう!」

「っ、は、はいっ!」

突然、遠くから家康さんに呼びかけられて、声が裏返った。

家康「救護天幕の処理、手伝って」

「つ、あ・・・・・・はい、今行きます!」

慌てて返事をする私の頬に、政宗の手が触れる。

政宗「俺はこれから戦の後始末で忙しくなる、お前は怪我人と一緒に、安土へ先に帰ってろ」

「先に・・・・・・?政宗は?」

政宗「俺が戻るのは、数日後になる」

壊れ物に触れるように、私の頬をやわらかく撫でて、政宗は目を細めた。

政宗「戻ったら離さないからな。いい子で待ってろよ?」

「・・・・・・っ!」

ぶわっと全身の血が湧いて、心臓をぎゅっと鷲掴みにされた。
(何て、答えたらいいの・・・・・・?)

政宗「じゃあな」

言葉を失う私の腕をすんなり離すと、政宗はひらひらと手を振って背を向けた。掴まれた感触が手首に残り、なかなか消えてくれない。
(どうしよう・・・・・・)

戦で感じた恐怖も、終わった後の安堵も、何もかもを綺麗にさらわれる。
(心臓が、爆発しそうだ)

吹き抜ける風が頬を撫でても、このほてりは一向に冷めそうになかった。

--------

援軍の加勢によって拠点攻めに勝利した政宗と家康の部隊は、上杉軍が撤退した後の拠点に守護する兵を残して、安土へと帰還した。

信長「上杉軍の攪乱(かくらん)と顕如軍の殲滅(せんめつ)、大儀であった」

政宗達よりも先に安土へ到着していた秀吉、光秀を前に、信長が告げる。その一言に皆がかしづくなか、光秀が最初に口を開いた。

光秀「しかしながら、顕如当人を取り逃しました。奴の消息は、引き続き追っています。手勢は破滅、奴自身も負傷している。ここを討たない手はない」

信長「追い詰められた蛇が、ねぐらに身を潜めるか、捨て身で打って出るか・・・・・・見ものだな」

光秀の言葉に、信長はわずかに口端を歪める。

秀吉「拠点を潰したことで、上杉武田軍の安土攻めも、しばらくは困難になったでしょう。今回削られた兵力と、拠点に確保していた兵糧と水と、武具、それらをまた調達するのには、相当な時間がかかることかと」

光秀「妨害工作も、すでに施してあります」

信長「・・・・・・しかし拠点潰しまで本当に為すとは、好きに暴れさせてみるものだ。して、昨夜到着したという政宗たちはどうした?」

秀吉「それが・・・・・・」

-------

先発した部隊と一緒に安土に到着してから、私は看護者の人たちと共に、負傷兵の看病に奔走していた。

兵「ゆう様・・・・・・連日の看病、本当にありがとうございました」

「いえ、気にしないでください!それより皆さん毒の後遺症は?もう大丈夫ですか?」

兵2「ええ、おかげ様で。見ての通り、もうぴんぴんしてます」

向けられる笑顔に、心から嬉しさが込み上げる。
(また、みんなの笑顔が見られてよかった・・・・・・)

一度は人を撃つことを決意した、自分の手を見下ろす。


------

政宗「俺についてくるなら、殺す覚悟を決めろなんて言ったが、撤回だ。お前はそのままがいい。そのままで俺のそばにいろ」

------


政宗の言葉を思い返すたびに、私の胸が熱く焦がれる。
(政宗が私を止めてくれなかったら、きっと今、こんな風に誰かの無事を、心から喜んで笑えなかった・・・・・・)

私の心が壊れないように、政宗が守ってくれた。
そう実感する度に、会いたい気持ちが抑えきれなくなる。
(・・・・・・早く、顔、見たいな)

与次郎「ゆう様・・・・・・?ぼんやりして、どうされたんですか?」

「あ、ううん、なんでもないの。ちょっと、考え事をしてただけで」

与次郎さんに笑顔で答えて、布巾を絞っていると、

家康「・・・・・・やっぱり、こんなところにいた」

「っ、あ、家康さん・・・・・・!お帰りなさい!」

頭上から声がかかり、見上げると家康さんが立っていた。
(後発組も、帰ってきたんだ・・・・・・!)

家康「もしかして、戻ってからずっと看病手伝ってたの」

「はい。人手が足りなくて大変そうだったから・・・・・・」

家康さんと話しながら、どうしても視線が、政宗の姿を探してさまよう。
(・・・・・・一緒じゃない)

「家康さん・・・・・・政宗は?」

家康「・・・・・・」

尋ねると、家康さんは考え込むように視線を伏せた。

家康「実は、政宗さんは・・・・・・倒れたんだ、昨日の夜」

「・・・・・・え?」



「惚れた女の前で格好つけずに、いつ格好つけるんだよ。」

惚れた女!

言ったよね〜ついに言ったよね⁉︎

政宗「お前、安土に帰ったら覚えとけよ。お前を本気で捕まえる、今度は本当に離さない。・・・・・・今度は、取って食うかもな。今さら、拒むなよ?」

ってさらっと言ってるし。。。

政宗「戻ったら離さないからな。いい子で待ってろよ?じゃあな」

腕をすんなり離すとこも、大人だね。
でも、ひらひらと手を振って背を向ける政宗想像つくなぁ。。。

ふたりが心盛り上がってる時に家康が読んじゃうし。。。タイミングが悪いよー 

安土に帰ったら、食べられちゃうのか。。。いいなー!