私を見つめ、政宗が短く息を吐いた。

政宗「・・・・・・・・・・・・わけないだろ」


「っ・・・、ん」

囁きと一緒に、軽く唇にキスされる。
政宗はすぐに口を離すと、にやりと人の悪い笑みを浮かべた。

「すぐ動揺するな、お前」

「・・・っ!」

(また、からかわれた・・・っ)
悔しくて、すぐに身体の距離を取る。

「そうやって、人をおもちゃにする・・・・・・っ」

政宗「獲物の次はおもちゃか。大変だな、お前」

「・・・・・・誰のせいだと思ってるの?」

唇を尖らせる私をよそに、政宗は本当に楽しそうな声で笑っている。

政宗「そう拗ねるなよ。俺だって、お前のせいで・・・・・・妙な気分にさせられてるんだ」

(え・・・・・・っ?)

不意に真剣な色を帯びた声に、私は思わず政宗を見つめ返していた。

政宗「・・・・・・)・今この瞬間が全てで、”ずっと” なんて望んだこともなかったのに、お前のことは、ずっと見ていたい・・・・・・妙な気分だ」

( ”ずっと” ・・・・・・?)
急に降ってきた言葉に、頭がついていかない。
かすかな期待が、胸の奥をうずかせる。

政宗「・・・・・・さ、今度こそ帰るぞ」

固まったまま言葉もない私の手を強引に取って、政宗は歩き出した。

(・・・・・・今の言葉は、きっと ”特別” だった)
確信はないけれど、そう思いたくて、きゅっと政宗の手を握り返す。

( ”いつか” も、”ずっと” も・・・・・・たぶん、特別だよね?どうしよう・・・・・・すごく、嬉しい)
手を引かれて少し後ろを歩く。そんな、相変わらず、付かず離れずの距離だけど、少しだけ、政宗に近づけたような・・・そんな気がして、私の胸の奥はいつまでも、小さな花火が弾けるように、ぱちぱちと音を立てて高鳴り続けていた。

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それから数日は、慣れない野営に四苦八苦しているうちに過ぎ、いつの間にか敵の拠点は、目前まで迫っていた。
広大な平原の向こうに、木で組み上げられた急ごしらえの砦が見える。
(あれが・・・・・・目指していた敵の拠点?)

砦の側で黒い塊になっているのは、恐らく敵の兵だ。
眼前に広がる光景に、身体を嫌な震えが襲う。
(全然、現実感がないけど・・・・・・あの拠点を、これから攻めるんだ)

政宗「いよいよ、だな」

隣では、政宗が目を輝かせながら平原を見すえていた。その興奮が伝染するように、兵たちも同じ方向へと視線を注ぐ。

政宗「まずは偵察隊、地形と敵兵力の把握を急げ。残りは野営の準備だ。馬を休め、武器の手入れをしておけ」

兵たち「はっ」

政宗から告げられた兵が、各々に散っていく。

政宗「それからゆう」

「え?」

政宗「護身用だ、持っておけ」

政宗から渡されたのは、鉄砲だった。
両手にずしりとした重みが掛かる。
(・・・・・・できれば使いたくないって、ずっと思ってたけど。そんな甘いこと、言ってられないのかも・・・・・・)

眉間に皺が寄り、無意識にぎゅっと手に力が入る。

政宗「使い方、もうわかってるな?」

「・・・・・・うん、大丈夫」

(使い方はわかる。できる限りのことをしようと思ってる・・・・・・でも、この引き金を引くことは、私に ”できること” なのかな・・・・・・)

家康「・・・・・・・・・・・・」

後戻りはできないと知りながら、自問自答を繰り返す。横目でそれを見つめている家康さんにも、私は気づかなかった。

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その日の夕刻。

(政宗たち、天幕でずっと話し合ってる・・・・・・いよいよ本格的な作戦に入るからかな)
私は政宗のいる天幕の様子をうかがいつつ、兵達に食事を運んだり、衣服のほつれを縫ったりしていた。

兵1「ゆう様、少し休まれてはいかがですか?」

兵2「そうですよ。午後からずっと雑用ばかりやらせてしまって」

「大丈夫です。野営にも慣れてきたし、こういうの、嫌いじゃないので」

兵1「なんだか故郷の娘を思い出すなあ、いつも、せっせと女房の手伝いをしてて」

与次郎「俺も、故郷の姉を見てる気分です。ゆう様がいてくれるだけでも、場が和みますよ」

「あ、与次郎さん」

与次郎「食事の片づけは俺がやっておきます。若い女性に頼り過ぎだって、姉に怒られそうだし」

「それじゃ・・・・・・お言葉に甘えようかな。ありがとう」

(与次郎さんにも、ここにいるみんなにも、家族はいるんだ・・・送り出す方も、出される方も、それなりの覚悟を決めてるんだろうな)

何気なく話していたことが、私の胸に深く残った。

「・・・・・・家族を思い出す、か」

家康「平和ボケしてるってだけでしょ」

「えっ?」

顔を横へ向けると、甲冑を纏った家康さんが、木に寄り掛かって座っていた。

「家康さん、聞いてたんですか?」

家康「この距離で聞こえない方がおかしい」

家康さんは小さくため息を吐いて、手元の本に視線を落とした。

家康「・・・・・・・・・・・・」

(家康さんとは・・・・・・まだなんとなく、距離があるなあ。ちょっとは仲良くなれたり、できないかな)

「甲冑姿を見ると、家康さんもやっぱり武将なんだって感じがしますね。今までは、本を読んでる印象しかなかったです」

家康「・・・・・・あんたも、相当この場に不釣り合いだよ」

「あ、まあ・・・そうですよね」

家康「・・・・・・」

ふと、家康さんが私を見据えたまま、黙り込む。

家康「・・・・・・あんた、本当の戦場って、見たことないでしょ。能天気にへらへらしてる笑顔見れば、すぐわかる」

(能天気・・・・・・へらへら・・・・・・そう思われてたのか)
家康さんは無表情のまま、ふっと顔を伏せた。

家康「だからなおさら・・・・・・来ない方がよかった」

(え・・・?)
静かな声で、家康さんが呟く。

家康「戦のことなんて、知らないままの方が幸せだ」

「・・・・・・確かに、家康さんの言うとおりだと思います。けど、・・・・・・戦に行くのをただ見送るなんて、できなくて」

(戦いに行く政宗を、守るなんて大それたことはできなくても、そばにいれば・・・・・・私にもできることはきっとあるはずだから)

家康「・・・・・・だから、それが不味いって言ってんの。あんたがもし人を撃つことになったりしたら、今みたいに、jへらへらしてられるとは思えない」

(家康さん・・・・・・)

「心配してくれてるんですか?」

家康「・・・・・・何いってんの。バカじゃない」

吐き捨てるように言うと、家康さんはふい、と私から顔を逸らした。
(家康さん、これまでも、政宗のことで助言をしてくれたりしたっけ・・・・・・言葉や表情は冷たいけれど、根はすごく優しい人なのかもな)

まだ恐怖を拭いきれない私を見抜いて、心配してくれている。

「・・・・・・ありがとうございます、いつも気にかけてくれて」

家康「・・・・・・能天気な女。あんたが政宗さんのそばをうろちょろしてると、危なっかしくて見てられないだけ」

政宗「なーにが危なっかしくて見てられないんだって?」

「わっ!」

突然、後ろから肩に腕を回され、驚き振り返る。
いつの間にかいた政宗が、私と家康さんの肩を抱いてニヤリと笑っていた。

政宗「何だお前ら、いつの間に仲良くなったんだ」

1. たった今だよ」

2. 仲良く見えるの?

3. 話してただけだよ      ♡

「別にただ、話してただけだよ」

政宗「家康が仲良くおしゃべりなんて、珍しいな」

家康「・・・・・・どのあたりが仲良く見えるんですか」

家康さんは呆れたような顔で、政宗の腕を払う。

政宗「まあ、お前らが仲良くなったかどうかはさておき・・・戦の話だ。偵察隊の報告によると、敵将は真田幸村と上杉謙信。こっちが予測してたのと、おおむね合っていそうだ」

(真田幸村と、上杉謙信・・・・・・)

家康「こちらの偵察隊からも、さっき報告がありました」

政宗「向こうも春日山城に半数をまだ残しているようで、兵力は我々とほぼ互角」

家康「まだ完全に安土攻めの準備が整ってないとはいえ、兵糧も武具も充分にある様子です」

政宗「なんだ、怖気づいたのか?」

家康「冗談やめてください。兵力はほぼ互角・・・・・・ですが、武田信玄の軍が後援に来たら、向こうの方が上になる。逆に、こちらの秀吉さん、光秀さんの援軍が間に合えば、こちらの方が上です」

真っ向から政宗の言葉を否定するように、家康さんが強く言い放つ。

家康「秀吉さんと光秀さんが顕如を討伐してこっちに合流するまで、必ず持ちこたえます」

政宗「持ちこたえるなんて弱腰な目標はやめろよ、家康。敵将の首を取り、この拠点を潰す。あいつらと戦するんだ、そのくらいの姿勢じゃないと話にならねえ」

(戦闘態勢の政宗には、慣れたつもりでいたけど、やっぱり、すごい・・・・・・気迫が、尋常じゃない)
闘志をみなぎらせる政宗に、びりびりと肌が痺れるような感覚がする。

(でも、もう・・・・・・、ただ怖いだけじゃない。政宗の背負っているものの大きさを、今は知ってるから)

家康「出陣は明日の夜明けでしょう。今からそんな殺気立ってどうするんですか・・・・・・俺は先に休みます。おやすみなさい」

冷たくそう呟くと、家康さんは自分の天幕へ戻っていった。

「・・・・・・家康さんて、冷たく見えるけど、実は優しい人なんだね」

政宗「なんだ、本当に仲良くなったのか?」

「少しわかった、って感じかな。・・・・・・政宗のそばにいると危険だって忠告されちゃった」

政宗「ふーん。まあ、間違っちゃいないな」

「っ、ん・・・!」

片手で後頭部を持たれ、がぶ、と噛み付くように口づけられる。

「・・・・・・っ、な、なに、いきなり」

政宗「危険だってこと、立証してやろうかと思って」

「立証しなくても、わかってるよ・・・・・・っ、それに、こんな・・・・・・人目につくところで・・・・・・」

政宗「はいはい、ふたりきりの時に危ない目に遭いたいんだな、了解」

「っ、ちが、・・・・・・っ、もう・・・・・・!」

うろたえる私の頭を、子どもをあやすように撫でて、政宗は真剣な眼差しで私を見つめた。

政宗「・・・・・・お前、明日は後方の救護部隊のそばにいろよ」

「・・・・・・。政宗は、前線に行くの?」

政宗「ああ。模範的な姿勢を見せて士気を高めるのも、将の勤めだ。上杉謙信が前線に出てくる可能性があるなら、余計に俺が出ないとな」

相変わらず、恐怖の色ひとつ見せず、政宗は力強い笑みを浮かべる。
(ほんと、揺らがないな・・・・・・もし明日・・・・・・死ぬことになっても、政宗はきっと後悔しない。そういう生き方をしてきた人だから。それが怖いのは----政宗を失うことが怖いのは、私のわがままだ)

政宗「・・・・・・どうした、暗い顔して」

「・・・・・・余計な心配、してるだけ」

政宗「・・・・・・」

(政宗と私は・・・・・・近いようで、すごく、遠いなあ・・・・・・)
政宗は一瞬、目を瞬かせてから、笑っておでこを小突いてくる。

政宗「お前が俺の心配なんて、五百年早いんだよ」

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---そのころ、光秀と秀吉の軍は、圧倒的な戦力で顕如の軍勢を制圧していた。散り散りに逃げる顕如の手下を眺め、光秀は目を細める。

光秀「他愛ない、所詮は寄せ集めか」

秀吉「あとは・・・・・・顕如、貴様の首を掻っ切って、終いだ!」

顕如「っ・・・・・・」

二人の構えた刃の先で、袈裟姿の男が苦々しげに顔を歪ませる。まだ息のある数名の護衛が、顕如を庇うように秀吉たちの前に躍り出た。

顕如の手下「顕如様・・・・・・っ、もはや体制の立て直しは困難です・・・・・・!お逃げくださいっ」

顕如「・・・・・・」

顕如の護衛が数名、秀吉と光秀の前へ立ちはだかる。

光秀「ほう・・・・・・さすが元高僧、落ちぶれた今でも忠義ある手下がいるとは」

顕如「手下ではない。こいつらは、俺と同じく織田に恨みある同胞だ・・・・・・まさか、今にも上杉武田に攻め込まれるという折に、こちらを探り当て、ここまでの戦力を当ててくるとはな・・・・・・」

苦しげに息を吐き出しながらも、顕如は見通したような笑みを浮かべる。

顕如「・・・・・・だが、甘いな。俺の策がたったこれだけだと思ったか?挟み撃ちを恐れ、兵を割くのは予想できたこと。我が同胞が今頃は、上杉側と交戦している連中のもとに、”贈り物” を届けていることだろう。確実に、信長の戦力を削るためにな」

秀吉「・・・・・・何?」

顕如の手下「顕如様、ここは我等が食い止めます・・・っ、ここは逃れ、身を潜めてください!顕如様さえ生きていれば、必ず、復讐の機はあります・・・・・・っ!」

顕如「・・・・・・主らの今生の恨み、俺が引き受けた。信長の首を土産にしてやる。地獄で先に待っていろ」

秀吉「・・・・・・っ、待て!」

光秀「・・・ちっ」

顕如が駆け出すと同時に、護衛の男達が二人の前に打って出る。決死の突進に阻まれ、相手をしてる間に顕如の後ろ姿が遠ざかっていく。

秀吉「光秀、さっきの ”贈り物” とやらの話・・・・・・!」

光秀「ああ。急ぎ政宗たちの元へ向かわねば」

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???「誰か、来てくれ------!!」

(え・・・・・・っ?)
深夜、誰かの張り上げる声が聞こえ、私は目を覚ました。

「今、誰か呼んでた・・・・・・?」

ただならぬ気配を感じ、急いで天幕から外へ出る

「っ!みんな、どうしたの・・・っ⁉︎」

あちこちの天幕から、うめき声と叫び声が漏れ聞こえ、目を見張る。

与次郎「・・・・・・っ、・・・・・・ゆう、様・・・・・・」

「与次郎さん・・・・・・!」

隣の天幕から這い出してきた人影が与次郎さんと分かり、すぐに駆け寄る。

「与次郎さん、一体、何があったの・・・・・・っ?」

与次郎「・・・・・・恐らく・・・・・・飲水に、毒が・・・っ」

(毒------?)

政宗「お前ら、無事か!」


「はいはい、ふたりきりの時に危ない目に遭いたいんだな、了解」って。。。
政宗らしいな