「アンデスのインディオと縄文人の共通性」


日本人とアンデスの共通の祖先が枝分かれした年代は、大まかに数千年前だという。
なんと枝分かれの年代は縄文時代中ごろの可能性があるというのだ。
これはスミソニアン研究所の博士の説と一致する。
1998年、愛知県がんセンター研究所で1500年前のミイラから、
ATLウイルスの遺伝子を取り出すことに成功した。
その遺伝子は、現在のアンデスのインディオのものと同じだったという。
この事実は1500年以前にアンデスに持ち込まれたことを意味する。
つまり、近年日本からアンデスへ移住した人々によって持ち込まれたものではないことがわかる。
このことからも、およそ5000年前に日本人が南米へ渡ったと考えればつじつまが合う。
では日本人と同じ祖先と枝分かれしたインディオの人々はどんな人たちだろうか。
彼らは古くからペルーやボリビアに住むアイマラ族という人たちである。
顔かたちはどことなく日本人に似ているようにも思われる。
この人たちは、縄文人を祖先とする可能性を秘めているのである。


はるかむかし、丸木舟で船出した縄文人たちは南米にたどり着き、

ここに定住したのかもしれない。
彼らこそその子孫であり、われわれの仲間かもしれないのである。


縄文時代中ごろ、次々に襲った危機。
鬼界カルデラの大噴火や気候の寒冷化が、縄文人に次々に襲い掛かる。
その難を逃れるために、彼らが培った航海技術を持って新天地を目指した。
縄文土器やその製作技術をたずさえて、新天地、バヌアツやエクアドルにたどり着いた。
はるか遠方の地で発掘された縄文式土器の出土は、

その証として現在に伝えているのではないか。
そして、南米アンデスの人々と我々の祖先の共通性も、縄文土器によって結び付けられないか。


我々の祖先である縄文人の苦境とそれに立ち向かう彼らの精神力と知恵。
縄文人の航海術の優秀さ。それは「日本人のルーツ」にも見た、
南方から黒潮に乗ってやってきた「黒潮の民」たちの遺伝子なのかもしれない。
日本人の素晴らしさをここでも見たように思う。
説得力もあり、実に面白ものですっかり楽しんでしまった。


後日談

実はこの「謎の土器と縄文人」を私の恩師に手紙のお礼文とともに送ったのである。

面白かったとの手紙に添えられ、新聞の切り抜きが同封されていた。

それは3.11の漂着物がアメリカ大陸に漂着して、生態系に影響を与えるものとして、

調査が開始されるという読売新聞の記事であった。

その中に漂流物のルートが図解されていた。

恩師はこの海流に注目されたのであろう。

この流れに乗ればアメリカ大陸に行けるという確かな証拠として。

そして手紙には、南太平洋の島では竹のイカダで海洋に漕ぎ出し、海図まで作っていたと。

またイカダには生きたブタを積んで航海するのだという。

ATLウイルスとインディオの関係からも、

縄文人がエクアドルへ渡ったかもしれないという証拠になるといっておられた。


この動画は民放のテレビ局が制作されたもののようであるが、

古代を探るものとして大変興味深いものであった。