アルメニア・アゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフ紛争の経緯 今後アルメニア人住民12万人が脱出 | 碧空

アルメニア・アゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフ紛争の経緯 今後アルメニア人住民12万人が脱出

(9月25日午前5時(日本時間午前10時)時点で、アルメニア政府によると、アゼルバイジャンとの係争地ナゴルノカラバフから脱出しアルメニアに到着した避難民が2900人超に達した。写真はステパナケルトから車で避難する人々。24日撮影【925日 ロイター】)

 

【ナゴルノ・カラバフとは?】

黒海とカスピ海に挟まれた南カフカス地方に位置する旧ソ連のアゼルバイジャン(トルコ人に近いテュルク系民族 イスラム教)とアルメニア(多くの民族の混血の結果としてのアルメニア人 キリスト教系のアルメニア使徒教会)は、アゼルバイジャン領内に存在するアルメニア人居住地域ナゴルノ・カラバフをめぐって長年争ってきましたが、周知のように先日アゼルバイジャン側の軍事的勝利で一応の区切りがつきました。

 

話に先だって、下記は「ナゴルノ・カラバフ」の概略について整理した記事。

 

****ナゴルノ・カラバフとは? 紛争の理由が分かる5つのポイント*****

国際的にはアゼルバイジャン領だが、1991年から30年近く「ナゴルノ・カラバフ共和国」を自称するアルメニア人勢力が実効支配している。(中略)

 

01.どこにあるの?

(中略)ナゴルノ・カラバフがあるのは、黒海とカスピ海に挟まれた「コーカサス」と呼ばれる地域だ。全体的に山がちな地域で、多種多様な民族が入り組んで暮らしている。

 

歴史的にロシア、トルコ、イランなどの大国に囲まれており、国境線が絶えず入れ替わってきた。ナゴルノ・カラバフは、アルメニア共和国があるアルメニア高原の東端に位置し、標高10002000メートルの高地となっている。

 

02.どの国の領土なの?

国際的にはアゼルバイジャンの領土として認められている。しかし、1991年から30年近くに渡ってアゼルバイジャンの支配権は及んでおらず、「ナゴルノ・カラバフ共和国」を称するアルメニア人勢力が実効支配している。今のところ、「ナゴルノ・カラバフ共和国」を承認している国家は存在しない。

 

03.広さと人口は?

旧ナゴルノ・カラバフ自治州の面積は4400平方キロで、日本の山梨県と同規模だ。山がちな地域のため、面積の割には人口は少なく推定15万人程度となる。東京都東村山市と同じくらいだ。現在の住民のほとんどはアルメニア人と見られている。(中略)

 

05.なぜアゼルバイジャンとアルメニアで紛争になっているの?

アゼルバイジャンが旧ソ連の構成国だった1923年から1991年まで、「ナゴルノ・カラバフ自治州」が設置されていた。この地は、隣国の「アルメニア」と同じくアルメニア人が多く、旧ソ連末期の時点で人口の約8割を占めていたが、旧ソ連の意向でアゼルバイジャン領とされていた。

 

そこでアルメニア人は「ナゴルノ・カラバフ自治州」のアルメニアへの帰属替えを求める運動を開始し、それが独立を求める紛争へと発展した。

 

アルメニア人勢力は199192日に「ナゴルノ・カラバフ共和国」として独立を宣言。アルメニア人勢力を支援するアルメニアと、独立を認めないアゼルバイジャンの間で激しい戦争になったが、1994年にロシアの仲介で停戦した。17000人の死者を出し、100万人以上が難民になったとされる。

 

アルメニア側が優勢な状態で停戦したため「ナゴルノ・カラバフ共和国」は、旧ナゴルノ・カラバフ自治州だけでなく、その周辺も実効支配している。元々の「領土」を超えてアルメニアと陸続きになった。その面積はアゼルバイジャン全土の約16%を占めると言われる。

 

アルメニアは「ナゴルノ・カラバフ共和国」を国家承認しないものの、支援を続けている。一方、アゼルバイジャンは「ナゴルノ・カラバフ共和国」は存在せず、「アルメニアによって占領されている」として失地回復を目指している。【20201006 安藤健二氏 HUFFPOST】

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【アルメニアが勝利した1990年代のナゴルノ・カラバフ戦争】

“17000人の死者を出し、100万人以上が難民になった”と記されているソ連崩壊に伴う形で1988年から1994年にかけて戦われた「ナゴルノ・カラバフ戦争」については、“およそ30万人が犠牲となり、100万人以上が住む場所を失った”【925日 ロイター】とも。

 

【ウィキペディア】では、アルメニア側死者は45926000人、アゼルバイジャン側は2万~3万人とも。

 

いずれにしても、アルメニア側の勝利によって、アルメニア側が旧ナゴルノ・カラバフ自治州に加えて広い地域を支配下に置くことになりました。

 

****ナゴルノ・カラバフ戦争 「結果」****

「アルツァフ共和国」(「ナゴルノ・カラバフ共和国」の別名)は国際社会からの承認を得られないまま事実上独立し、アルメニア側はナゴルノ・カラバフとアルメニア本国を連結する形でアゼルバイジャン領の約14パーセント(ナゴルノ・カラバフ自体を除外すると9パーセント)を占領下に置いた。

 

アゼルバイジャン側では724千人、アルメニア側では30万人から50万人が難民として住処を追われた。停戦後にアルメニア人の多くはナゴルノ・カラバフへ帰還することができたが、アゼルバイジャン人の難民はアゼルバイジャン国内で難民キャンプ暮らしを余儀なくされており、深刻な社会問題となっている。(中略)

 

「アゼルバイジャンは情報戦でアルメニアに負けた」との意識が共有されているアゼルバイジャンでは、戦争後も日常的にテレビでナゴルノ・カラバフに関する特別番組が組まれており、これは国内で和平への妥協を許さない空気を醸成している。

 

一方のアルメニアではナゴルノ・カラバフに関する報道はほとんど行われず、ナゴルノ・カラバフをアルメニアの一部とする既成事実化が図られているという。【ウィキペディア】

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【領土奪還を目指すアゼルバイジャン 2020年の紛争で勝利 ナゴルノ・カラバフの帰属は先送り】

こうした領土奪還の心情に動かされたアゼルバイジャン側の攻勢とアルメニア「ナゴルノ・カラバフ共和国」の防衛が、記憶に新しい20209月~11月の「第2ナゴルノ・カラバフ戦争」とも称された紛争であり、そして今回の衝突です。

 

2020年の紛争についてはブログでも再三取り上げましたので、説明は省略します。トルコの支援を受けるアゼルバイジャンが戦術的にはドローンを駆使してアルメニア側を圧倒し、「ナゴルノ・カラバフ共和国」が旧ナゴルノ・カラバフ自治州に加えて支配していた地域の3分の2を奪還する形で、ロシア仲介で停戦しました。

 

ロシアはアルメニアと同盟関係にありますが、2020年のときも積極的な介入はしませんでした。

 

「両国(ロシアとアルメニア)は集団安全保障条約(CSTO)を結んでいるので、今回の紛争でロシアが参戦してもいいくらいでしたが、ロシアはかたくなに『アルメニア領で戦闘にならない限りは関与しない』と明言していました。ロシアは(アルメニアの)パシニャン首相を『いつかジョージアみたいに親欧米になるんじゃないか?』と疑いの目で見ていたからです。パシニャン首相になってから、逆にアゼルバイジャンとロシアの関係が深まっていました」【20201121日 廣瀬陽子氏 HUFFPOST

 

ロシアは、アルメニア・パシニャン首相への不信感に加え、国内政治情勢などでベラルーシやナゴルノ・カラバフなどの旧ソ連の混乱に深入りしたくない、アゼルバイジャンを支援するトルコとも衝突したくない・・・という事情もあったのでしょう。そこらを見越してのアゼルバイジャン側の攻勢だったと思われます。

 

アルメニア側からすれば、ロシアは助けてくれなかった、裏切られた、頼りにならない・・・という怨念も強まり、その後の両国首脳の確執が更に深まりました。

 

ただ、ナゴルノ・カラバフ自体の帰属は2020年紛争では“先送り”されました。

 

****ナゴルノの帰属、確定を先送り 紛争仲介のロシア大統領****

ロシアのプーチン大統領は17日、係争地ナゴルノカラバフを巡るアゼルバイジャンとアルメニアの停戦合意に絡み、ナゴルノカラバフの帰属を巡る最終的な地位を確定するのは将来の指導者だとし、現時点では「現状維持」で合意したと語った。国営ニュース専門テレビ「ロシア24」のインタビューで述べた。

 

プーチン氏は9日にロシアを交えた3カ国合意を仲介した。合意では停戦のほか、一部アルメニア占領地のアゼルバイジャンへの引き渡しや、ロシア軍の平和維持部隊派遣が盛り込まれたが、ナゴルノカラバフの帰属には触れていなかった。【20201118日 共同

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ナゴルノ・カラバフを自国領とするアゼルバイジャンとしては、2020年紛争で勝利し、多くの地域を取り戻したとは言え、「領土奪還」は終わっていないことになります。

 

そもそも、2020年紛争においては、アゼルバイジャンが軍事的には圧倒的に有利な戦局でしたので、その気になればナゴルノ・カラバフ全域をも攻略できる状況にもありました。

 

なぜアゼルバイジャンがそうしなかったのか・・・よくわかりませんが、そこまでやると話が更に大ごとになって、ロシアの介入を招いたり、アルメニアとの全面戦争になりかねない・・・という判断でしょうか。

あるいは、“道半ば”の緊張状態を持続した方が、アゼルバイジャン国内での求心力を維持できるという政治的思惑でしょうか。

 

【問題の最終解決を目指すアゼルバイジャン ラチン回廊封鎖から、更に軍事行動へ】

いずれにしても、アゼルバイジャンに包囲されたナゴルノ・カラバフはわずかにラチン回廊でアルメニアとつながる孤島状態となり、アゼルバイジャンとしては、いつでも潰せる状況にもなっていました。

 

そして、昨年末からはナゴルノ・カラバフの生命線であるラチン回廊も封鎖され、ナゴルノ・カラバフではスーパーから商品が消え、医薬品も不足し、市民生活も困難な状態に追い込まれる事態に。

 

****ナゴルノ係争地、緊張再燃 アゼルバイジャン活動家が道路封鎖****

(中略)

アルメニア系住民が多数を占めるナゴルノは、ラチン回廊でアルメニアと結ばれている。しかし、アゼルバイジャンの活動家が今月12日、回廊を封鎖。ナゴルノの鉱山で「違法採掘」が行われており、環境が汚染されているというのがその理由だった。

 

「家族は皆、ステパナケルトにいるのに」と、ホバニシャンさんはナゴルノの主要都市名を挙げた。今月、仕事でアルメニアの首都エレバンに出張したが、道路封鎖のため帰宅できなくなったという。

 

同じくステパナケルトに住むアショット・グリゴリャンさん(62)は、「店の棚はほぼ空だ。パンがあるのが救い」だと話した。ナゴルノの住人は約12万人。食料、医薬品、燃料不足に直面している。

 

アゼルバイジャンの活動家は「違法採掘」への抗議行動を続けている。同国政府は、抗議は住民が自発的に行っていると主張しているが、アルメニア政府は、アルメニア系住民に土地を放棄させることを狙ったものだと反発している。

 

同国のニコル・パシニャン首相は、ラチン回廊に配備されているロシアの平和維持軍が「違法な封鎖」を阻止しなかったと抗議している。

 

26日、現場に集まっていたアゼルバイジャンの活動家グループは、封鎖を否定した。取材に応じた一人は「われわれの要求は天然資源の違法利用をやめさせることだけだ」と強調。人道支援物資の輸送を阻止しているわけではないと語った。ただ、抗議開始以降、アルメニアとの間の物流が途絶えていることを認めた。

 

AFP記者は、ロシア軍車両が回廊を自由に移動しているのを目撃した。一方で、ステパナケルトから約15キロの地点にあるロシアが設けた検問所付近の道路は封鎖されていた。

 

道路封鎖を受け、ナゴルノには人道支援団体が物資を届けている。アルメニアの赤十字(Red Cross)の広報担当者は同日、これまでに同国政府から支給された物資10トン分を送り届けたと話した。

 

アルメニア、アゼルバイジャン両国の間では、ナゴルノをめぐり1990年代と2020年に2度にわたって紛争が起きた。今年9月にも衝突があり、双方合わせて280人以上が死亡した【20221227日 AFP

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****安保理会合の開催要請 「回廊封鎖で人道危機」アルメニア****

アルメニア政府は12日、国連安保理に書簡を送り、アゼルバイジャンとの係争地ナゴルノカラバフでの「人道状況の悪化」について話し合う会合を開くよう要請した。

 

アルメニア本土と、ナゴルノカラバフのアルメニア人居住地区を結ぶラチン回廊をアゼルバイジャンが封鎖しているため、現地では食料、医薬品、燃料の「深刻な不足」が起きていると訴えた。【813日 時事

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こうした事態のなかで19日、アゼルバイシャン軍が軍事行動を開始、軍事的にナゴルノカラバフのアルメニア側を圧倒し、20日は停戦・・・・という早い展開になりました。同地域に駐留するアルメニア軍が撤退し、アルメニア系住民組織も独自の武装部隊を解散するなど、事実上の「降伏」となりました。

 

このあたりの話は多く報道されているところですから省略します。

 

【今後アルメニア系住民12万人がナゴルノカラバフからアルメニア本土へ】

この結果を受けてナゴルノカラバフから、アルメニア系住民12万人が退去する見通しとなっています。総人口わずか280万人のアルメニアにとっては難題です。(日本の人口規模に換算すると、日本に500万人が流入するといった事態)

 

****アゼルが掌握したカラバフ、アルメニア系住民が大挙脱出する理由****

アゼルバイジャンとアルメニアの係争地ナゴルノカラバフから、アルメニア系住民12万人が退去する見通しとなっている。

 

アゼルバイジャンに統合される流れになったナゴルノカラバフで暮らしたくないと思っている上に、そのまま住んでいれば迫害されると懸念しているためだ。ナゴルノカラバフのアルメニア系住民の行政府、アルツァフ共和国の指導部が24日ロイターに明かした。

ナゴルノカラバフを巡る現状は以下の通り。

アルメニア系住民が逃げ出す理由
ナゴルノカラバフは国際的にはアゼルバイジャンの一部とみなされてきたが、これまでは人口の大半を占めるアルメニア系住民が実効支配してきた。ただ今月1920日にかけて、圧倒的に優勢なアゼルバイジャンが軍事行動に出ると、アルツァフ共和国側は停戦と武装解除を受け入れざるを得なくなった。

アルツァフ共和国のシャフラマニャン大統領の顧問を務めるデービッド・ババヤン氏は「わが国民はアゼルバイジャン国民として生活したくない。99.9%がナゴルノカラバフを去ることを望んでいる」と語った。(中略)

アゼルバイジャンは、アルメニア系住民にも権利を保障しつつ、ナゴルノカラバフを統合すると表明。しかしアルメニア系住民は迫害や民族浄化を恐れている。

ソ連崩壊に伴って起きた「第1次ナゴルノカラバフ紛争」では。およそ30万人が犠牲となり、100万人以上が住む場所を失った。

アルツァフ共和国指導部は、今回のアゼルバイジャンの軍事行動で家をなくし、ナゴルノカラバフからの避難を希望する全てのアルメニア系住民はロシアの平和維持部隊の護衛でアルメニアに向かうことになると述べた。

受け入れ側が抱える問題
いわゆる「ラチン回廊」経由で12万人がアルメニアに移動するとなれば、アルメニアは人道上の危機に直面してもおかしくない。

アルメニアのパシニャン首相は22日、少なくとも4万人に割り当てる生活スペースは確保していると発言した。

パシニャン氏は「ナゴルノカラバフでアルメニア系住民が自宅で生活していくための適切な環境が整えられず、民族浄化を防止する実効的な措置が講じられないとすれば、彼らが自分たちの命とアイデンティティーを守る唯一の方法は脱出だとみなす可能性が高まり続ける」と強調した。

現時点では避難してくる12万人が、冬を控えているにもかかわらず、総人口わずか280万人のアルメニアのどこに住むのかは明確になっていない。

赤十字国際委員会は、はぐれた子供を探していたり、配偶者や恋人と連絡がつかなくなったりした人に登録してもらう作業を始めたとしている。

アゼルバイジャンの主張
アゼルバイジャンにとって、ナゴルノカラバフからのアルメニア系住民退去は、この場所を巡る長年の紛争を大きな勝利で終わらせる事態に近づくことを意味するのは間違いない。

アリエフ大統領は、自らの「鉄拳」でアルメニア系住民による独立的なナゴルノカラバフという考えは葬り去られ、ナゴルノカラバフはアゼルバイジャンの一部として「楽園」に変わると言い切った。

地域全体への影響
アルメニア系住民の「大移動」は、石油や天然ガスのパイプラインが張り巡らされ、さまざまな民族が混在するカフカス山脈の南側に当たるこの地域の勢力図に変化をもたらしてもおかしくない。

アルメニアのパシニャン首相は、今度の危機で同国が国益を守る際にもはやロシアを頼りにできないと分かったと語った。ただロシアは、アルメニアはロシア以外に友好国がほとんどないと反論している。

多くのアルメニア国民の間では、2020年のナゴルノカラバフを巡る軍事衝突でアゼルバイジャンに敗れた上に、今回も有効な対応ができなかったパシニャン氏の責任を追及する動きが広がり、首都エレバンで辞任要求デモが発生した。

パシニャン氏は、正体不明の勢力がクーデターを企んでおり、ロシアのメディアは情報戦争を仕掛けていると訴えている。ロシアはアルメニアに軍事基地がある。

一方アルメニアは今月、米軍を招いて合同軍事演習を実施。米国はアゼルバイジャンの軍事行動を批判している。これに対してトルコは北大西洋条約機構(NATO)加盟国であるものの、アゼルバイジャンを支持する立場だ。【925日 ロイター

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結果的に「領土問題を戦争で解決する」という事例がまたひとつ積み重ねられたことにもなりました。

 

話は、アルメニアとロシアの確執、アメリカの動き、トルコの影響力拡大などに繋がっていきますが、長くなるのでそこらは別機会に。