ギリシャ沖で転覆した移民船が明らかにする現実 | 碧空

ギリシャ沖で転覆した移民船が明らかにする現実

(沈没する前の漁船【623日 ロイター】)

 

【実際の死者は600人前後か?

614日、リビアからイタリアへ向かう移民船がギリシャ沖のペロポネソス沿岸で転覆し、81名の死者が確認されていますが(生存者は104名)、船には最大750名が乗船したとも言われ、実際の死者数は確認されている数より500人ほど多いとも推測されています。

 

****死者は81人に ギリシャ沖の移民船沈没事故 最大750人が乗船か****

ギリシャ沖で数百人の移民を乗せた船が沈没した事故で、ギリシャ当局は81人の死亡を発表しました。

今月14日、移民を乗せた漁船がギリシャ沖で沈没した事故について、ギリシャの沿岸警備隊はこれまでに81人の死亡が確認されたと発表しました。

ロイター通信によりますと、船に乗っていたのは主にエジプト、シリア、パキスタンからの移民で、北アフリカのリビアを出発し、イタリアに向かっていました。

ギリシャ当局は密航に関わった疑いでエジプト国籍の男9人を逮捕していますが、船には最大750人が乗っていたという情報もあり、死者は数百人単位で増える可能性があります。【620日 TBS NEWS DIG

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【ギリシャ当局 意図的に救助を行わなかったとの疑惑】

この移民船は誰にも知られずに転覆した“不幸な事故”ではなく、転覆する数時間前からその存在・トラブルで停止している状況が確認されており、関係機関・ギリシャ当局などが接触しています。

 

しかしギリシャ当局は意図的に救助を行わず、その結果、数百人規模の犠牲者が出たのではないか・・・と、転覆するまでの間のギリシャ当局の対応が疑問視されています。

 

****600人死亡した難民船「疑問の7時間」ギリシャが知りながら無視したとの疑問提起****

14日にギリシャ南部の海岸で難民の密入国船が沈没し600人以上が死亡した中、「反移民」基調で国境統制を強化したギリシャ政府が難民を意図的に放置し最悪の人命事故を招いたという疑惑が提起された。 

 

ガーディアンは19日、船舶位置追跡会社マリトレースの衛星航法装置(GPS)航路追跡の結果、ギリシャの民間船舶「ラッキーセーラー」と「フェイスフルウォリアー」が沈没前にエンジン故障で止まっていた難民船の周辺で最小4時間にわたり動き回っていたと報道した。 

 

ギリシャ当局によると、この民間船舶2隻は沈没前日の13日午後3時ごろ地中海上で遭難したという難民船の連絡を受け水と食べ物など補給品を伝達しに向かった。それから4時間ほど難民船の周囲を回っていたというガーディアンの報道が出てきた。

 

ギリシャ当局が難民船の航跡と緊急状況を事前に知っていたものと推定される。 ガーディアンの報道内容は同日午後3時30分ごろに「海岸警備隊がヘリコプターで把握したところ難民船は安定した速度と正常航路を運航中だった」と報告したギリシャ当局の公式立場と相反する。

 

これに先立ち18日にBBCもこの難民船が沈没する前に少なくとも7時間にわたり同じ位置にいたものとGPSによる航路追跡の結果わかったと報道した。ギリシャ当局はBBCの報道をすぐに否認した。 

 

今回の事故は2015年に1100人が死亡した地中海難民船沈没事故後最悪の惨事だ。だがギリシャ政府の真相究明は一進一退している。 

 

ギリシャ政府が「沈没前に船舶は正常運航しており、ロープで結んだことはない」と明らかにしたが、現場に出動した海岸警備隊がロープで難民船を牽引しようとしたが転覆したという生存者の証言が相次いだ。

その後ギリシャ政府は「難民船上の難民の健康状態を確認するために船首にロープを短く結んだ」と覆した。 

 

(中略)衝撃を受けたギリシャは事故直後3日間の国家哀悼期間を宣言し、25日に総選挙を控えた各政党は公式選挙運動を一時中断した。 ギリシャ当局がもっと速やかに救助に出るべきだったという指摘も相次いでいる。

 

ギリシャ海岸警備隊は「沈没3時間前に漂流する難民船を救助するために到着したが、難民が助けを拒否した」と明らかにした。 だが難民人権団体はこの難民船が沈没する15時間前から遭難したと随時救助要請をしていたと反論した。国連はギリシャ政府に事故の真相調査を要求した。(後略)【621日 中央日報

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EUの国境警備隊にあたる欧州対外国境管理協力機関(フロンテックス)からの救助支援提案にギリシャ当局が応答しなかったことも報じられています。

 

****移民船沈没事故、支援提案にギリシャが応答せず=EU当局****

(中略)欧州連合(EU)の国境警備隊にあたる欧州対外国境管理協力機関(フロンテックス)は23日、この移民船を監視する飛行機を送るという提案にギリシャ当局が応答しなかったと述べた。(中略)事故への対応が足りなかったとして、ギリシャは批判を受けている。 

 

BBCはまた、移民船が安全に航行を続けていたとするギリシャ沿岸警備隊の説明と食い違う証拠を入手している。 定員超過の漁船はリビアを出発後、613日朝に国際水域上でギリシャに向かっているところを発見された。 

 

発見したのはフロンテックスが運用する飛行機だったが、この飛行機は間もなく給油が必要となった。 フロンテックスは、この飛行機を再び漁船の状況監視のために派遣してもよいと、ギリシャの沿岸警備隊に連絡したが、応答がなかったと述べている。 

 

ギリシャ当局は、迅速な対応が足りなかったという指摘を否定。乗船者たちはイタリアに行くから放っておいてほしいと沿岸警備隊に伝えのだと、ギリシャは主張している。 

 

しかしBBCの調査では、この船は転覆するまでの少なくとも7時間、動いていなかったことがわかっており、当局の主張と食い違っている。 

 

ギリシャの沿岸警備隊は、フロンテックスの提案に応答しなかったという主張について、コメントを発表していない。(後略)【624日 BBC

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EUは移民の上陸を抑えるため、玄関口となるギリシャの海上警備を財政的に支援してきました。フォンデアライエン欧州委員長はギリシャを「欧州の盾」と称賛したこともあります。

 

しかし、ギリシャ当局については、欧州を目指す難民や移民の上陸を阻む「プッシュバック(押し返し)」の横行が問題視されており、今回の事故でもその可能性が浮上しています。

 

【「自分たちの利益を守るためには厄介な連中は来てほしくない」 ギリシャ当局だけではない国民の心情 本音は難民を受け入れる気はない日本政府と国民も同じ】

ただ、この問題はギリシャ当局だけのものではないでしょう。ギリシャ当局が「押し返し」のような厳しい移民対応をとっていることはギリシャ国民も、EUも、欧州市民もうすうす知っていながら、そのことへの抗議の声を敢えてあげてこなかった・・・ということではないでしょうか。

そうしたギリシャ当局の対応によって、自分たちの利益が守られるという理解から黙認していたのではないでしょうか。

 

更に言うなら、こうした構図は欧州の移民対応に限らず、入管法改正が議論になった日本の難民対応でも見られる問題です。

 

国会の政党間では一定に“議論になった”としても、また、一定にメディアなどに取り上げられてはいるものの、広く国民を巻き込んだ真剣な議論とはなっていません。

はっきり言えば、国民は当局の難民対応に無関心であり、あるいは外国人受入れを厳しく制限している当局対応を許容しています。

 

****入管を責め難民を拒む矛盾...入管法改正問題の根本は「国民自身」にある****

<国民の議論を二分する入管法改正問題の根本は、難民条約を批准しながら議論を先延ばしにしてきた国民自身にある>

 

69日、改正入管難民法が国会で成立した。3回目以降の難民認定申請者が強制送還の対象となることから、メディアではこの法律が人権無視につながると懸念されている。また、参院法務委員会で採決時の混乱もあったため、世間の印象は非常に悪い。だが私は入管だけが悪者にされる世論には首を傾げてしまう。

 

日本が1981年に難民の地位に関する条約(以下「難民条約」)を批准してから40年がたっている。だが日本で難民が認定される割合は諸外国よりもかなり低いことは、ここ最近の改正入管難民法のニュースで一般に広く知られることとなった。

 

なぜこんなにも低いのか、入管当局が非人道的だからではないのか、という話の流れになることが多いが、私自身は入管のせい「だけ」にすることは考えものだと思う。(中略)

 

入管とは以前は入国管理局という法務局の内部部局だったが、現在の正式名称は出入国在留管理庁で、法務省の外局である。収容された外国人は2019年までの数年は年間1000人を超え、長期収容も問題とされてきた(コロナ禍以降は一時的に激減)。

 

収容された外国人の死亡事件が相次ぎ、現在とてもネガティブな印象を持たれていることは周知のとおりだ。21年に名古屋入管の収容施設でスリランカ人のウィシュマさんが亡くなるまでの経緯が遺族と弁護士によって明らかにされたが、確かに人道的とは言えない、厳格すぎる扱いがされているように思える。

 

そして最近は長期収容の是正が目的だという入管難民法の改正への大きな反対デモが続いた。だが14年に収容中のカメルーン人男性が適切な医療を受けられず死亡したことなど、以前から入管の人権侵害は報道されてきた。それなのに国民の多くはずっと変わらず、この仕組みを維持し続けている与党を選び続けているのだ。

 

収容者の扱いだけではない。難民認定においても、日本は非常に厳格だ。皆さんは、今年3月に出入国在留管理庁がホームページで掲載した、「難民該当性判断の手引」を読んだことがあるだろうか。これは、難民条約を細かく読み込み、その一字一句を解説し、難民かどうかを判断するためのガイドである。

 

27ページのこの手引を頭に入れて審査することは、厳格にやろうとするほど迷いも多く、時間もかかり、認定は進まないだろうと思われる。

 

ましてや、難民はビザやIDカードなど自分を証明するものを出身国に置いてきている場合が多い。自分に起こったこと・起こり得たことを証明するものも持ち合わせてなどいない。

 

だからこそ彼ら彼女らは難民なのであるが、何の証拠も持たない人を、この手引でどの程度まで難民認定できるのか。難民支援を行う弁護士の集まりである全国難民弁護団連絡会議も「基準として厳しすぎたり、運用によって難民として認められる範囲が狭められたりするおそれ」があると指摘している。

 

ただ多くの難民を受け入れている国でも状況は同じで、自分を証明するものを何も持たない難民申請者がたくさんやって来る。だがドイツの年間難民認定者は53973人、カナダの難民認定率は51.18%である。対して日本での認定者は44人、申請者のうちの0.29%しか認定されていない(いずれも19年の国連、法務省のデータ)。

 

ではドイツやカナダが特殊なスキルを持って難民認定をしているかというとそんなことはなく、難民条約の規定に「合いそうな」場合は認定することにしているようだ。つまり日本のような厳格な審査はしていない。

 

日本は難民条約違反?

(中略)だがドイツは難民かもしれない、と考えられる人は積極的に認定する。厳格な審査ではたくさんの申請者を審査し切れず、本当の難民を認定から取りこぼしてしまうリスクが大きい、人道的に問題があると考えているのだ。

 

では日本がドイツやカナダのように、難民を積極的に受け入れる政策を掲げる党が政権を取る日は来るのだろうか。いや、そのような日は来ないだろう。今までの経緯から考えて、国民の大多数の賛成が得られるとは思えない。

 

それなのになぜ日本は難民条約を批准しているのか。70年代のインドシナ難民流出が直接の契機ということだが、その背後には大国としてのメンツや体裁があったのだろうか。(中略)

 

難民条約を批准しているが、本音は難民を受け入れる気はない日本政府と国民、その矛盾のしわ寄せが入管に来ているのだ。

 

本当は法改正よりも先に「ウィシュマさんがかわいそう」「入管ひどい」だけで話を終わらせず、これからの日本をどうするのか、この矛盾をどこまで続けるのかということについて国民が意見を持たないとならなかった。今からでもそうすべきだ。(後略)【620日 石野シャハラン(異文化コミュニケーションアドバイザー、イラン出身)Newsweek】

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【事故船舶内での国籍と性による差別】

話をギリシャ沖で転覆した移民船に戻すと、単に数百名規模の犠牲者が出た、ギリシャ当局の対応が疑問視されているというだけでなく、“事故船舶内で国籍と性による差別があった”ことも指摘されています。

 

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一方今回の事故船舶内で国籍と性による差別があったという主張が提起された。

 

ガーディアンによると、生存者は陳述書で「パキスタン国籍者らが転覆時に生き残る可能性が低い甲板の下の階に追いやられた。女性と子どもも貨物室に乗せた」と話した。実際に確認された生存者は全員成人男性だ。【621日 中央日報

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事故船には少なくとも209人のパキスタン人が乗船していたとみられています。

 

甲板の上か下では、転覆時の生存可能性が全く異なります。人々が密集した甲板下ではまず助かる可能性はないでしょう。

 

生存者が男性ばかりである理由として、“「女性たちは全員、子供を抱えたまま溺れた」と聞いた。信じがたい悲劇だ。”(シリア協会の事務総長)【625日 FNNプライムオンライン】という指摘もありますが、それ以前の問題もあったのでは。

 

【黒人移民を危険な移民船に追いやる差別も 「黒人向け欧州密航ルート」に流れ込むスーダン黒人難民】

民族差別ということで言えば、移民船内部だけでなく、移民船が出発する北アフリカにおいて激しい差別が存在し、そうした差別があるがために、差別される黒人などが命の保証のない移民船に身をまかせるしかない状況に追い込まれているという現実もあります。

 

****スーダン難民は密航船の出発地チュニジアへ 現地を揺るがす「アラブ人」と「黒人」の軋轢****

アフリカから粗末な密航船でヨーロッパを目指す移民・難民が引きも切らない。チュニジアから今年急増している黒人移民の密航ルートに、4月に政府軍と準軍事組織の間で戦闘が始まったアフリカ東部スーダンからの難民も流れ込み始めた。密航の出発地では、続々と集まる黒人の移民・難民への地元のアラブ系住民の不満もたまっていた。(中略)

 

洋上で阻止、「いっそ死なせてくれ」

取り締まり船の甲板上に連れてこられた彼らに出身国を尋ねると、ニジェール、ガンビア、ベナンといった西アフリカの国名とともに、数千キロ離れた東アフリカのスーダンという声がいくつも上がった。

 

赤いニット帽をかぶったオスマン・アブバカル(20)は、私をにらみながら吐き捨てるように言った。

「スーダンに安全はない。だから停戦の時に逃げてきたんだ。先に行かせてくれないなら、どうすればいいっていうんだ? いっそ海で死なせてくれ。国連だって助けてくれなかったんだ」(中略)

 

「スーダンは愛する母国だ。戦争がなければチュニジアやリビアなんかに来るもんか」

サハラ砂漠を越え、無政府状態が続くリビアに密入国したが、多くが道中で兵士に連行されたり行方不明になったりした。安全を求めて、さらに西に進んで隣国チュニジアに逃れた。

 

「でも仕事がなく、寝る場所すらなかった。雨が降っても公園に野ざらしだった」

アブバカルは私に、(チュニジア)スファックス中心部にあるその公園に行ってみてくれ、といった。「人間が暮らせる環境じゃない。まともに暮らせるなら、だれも命がけで地中海なんて渡らない」(中略)

 

その公園は、吐き気を催すほどの強烈な生ごみの臭いで満ちていた。チュニジア第二の都市スファックスの中心部で、城壁に囲まれたメディナと呼ばれる旧市街の市場に隣接した広大な公園だった。再造成のために、あちこち生ごみで埋め立てられていた。

 

風が吹くたびに異臭が拡散し、ポリ袋が舞う。そんな地元住民が寄り付かなくなった園内に、青年がたむろしていた。数人で立ち話をしたり、毛布をかぶって寝ていたり、椅子に腰かけてぼんやりしたりしている。ほとんどが戦闘勃発後にスーダンから逃れてきた若い黒人男性で、150人ほどいるという。アラブ系が多数派のスーダンだが、この街は少数派の黒人の脱出先となっていた。

 

スファックスはもともとアラブ系の地元チュニジア人が欧州に向かう密航拠点だったが、最近になって国内外から黒人移民が続々と集まるようになっていた。

 

その引き金は今年2月、チュニジアのカイス・サイード大統領が黒人移民を非難した演説だった。捜査当局による非正規滞在の黒人移民の一斉摘発が始まり、黒人へのヘイトクライム(憎悪犯罪)も急増した。

 

仕事を失ったり、部屋を追い出されたりした主に西アフリカからの出稼ぎの黒人移民がスファックスに逃れ、安価だが危険な「鉄板ボート」で欧州に脱出する動きが加速した。この新たな「黒人向け欧州密航ルート」に、戦闘で国を追われた東アフリカのスーダンからの黒人難民が流れ込んだ形となった。(中略)

 

スーダンを逃れた後、安全な地を目指してすでに4カ国目という高校生もいた。

ハミス・ガファクワル(18)は、ハルツームから西部ダルフール経由でチャドへ、そしてニジェールからサハラ砂漠を越え、リビアを経由してチュニジアにたどりついた。道中に通った難民キャンプで助けを求めたが、相手にしてもらえなかったという。

 

「スーダンで戦闘が行われているのは全世界の人たちが知っているはずなのに、誰も助けてくれません。どうして僕たちは、犯罪者のようにいつも野宿しないといけないんですか?」

 

際立つ存在感、ざわめく住民

(中略)アラブ系がほとんどの地元住民の中には、街の中心部で急速に存在感を高める黒人の姿に眉をひそめる人が少なくない。

 

路上でスマホを売るムハンマド(44)は「黒人は我々が商売していた場所を使って、見たこともない商品を売っているんだ」と警戒する。会社員ロトフィ・キック(64)は「我が国は清潔で美しかったのに、黒人が来てからひどい状態になった」と嫌悪感をあらわにし、「我々が路上で物を売れば逮捕されるのに、彼らは野放しだ」と取り締まりの徹底を訴えた。

 

カメラを回していると、魚屋のカレッド・アズージ(46)が話に割って入ってきて、スーダン難民が野宿する公園の方角を指さしてまくし立てた。「公園だって、やつらが侵入して乗っ取られちまったんだ!」

 

チュニジアを追い出されるように欧州に向かう黒人移民・難民が乗り込む鉄板ボートは沈没が相次ぎ、地中海中央部の5月末までの死者・行方不明者は、前年同期比約15倍の1030人に達している。(敬称略)【625日 新潮社Foresight

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