ブラジル・ルラ大統領  「グローバルサウス」の盟主として存在感を高めたい思惑 根底に反米傾向も | 碧空

ブラジル・ルラ大統領  「グローバルサウス」の盟主として存在感を高めたい思惑 根底に反米傾向も

(記者会見で抱き合うベネズエラのマドゥロ大統領(左)とブラジルのルラ大統領=ブラジリアで2023529日、AP【530日 毎日】)

 

【「ブラジルには中国との関係に偏見がないことを世界に示した」】

ブラジルのルラ大統領が、欧米先進国よりも中国などに接近する外交姿勢を鮮明にしています。

 

その背景には、左派政権としての基本的な立ち位置のほかに、「グローバルサウス」と呼ばれる新興国・途上国の盟主として存在感を高めたいとの思惑があると推測されますが、ウクライナ情勢を巡り、ロシア寄り・アメリカ批判ともとれる発言をするなど、アメリカとの軋轢を生んでいます。

 

****中国訪問のブラジル大統領に習近平が豪華な土産、再接近するBRICSの大国****

ブラジルのルーラ大統領が中国を訪問した。習近平国家主席と会談したほか、米国が安全保障上の問題を指摘するファーウェイの研究開発センターを視察するなど、両国の密接な関係を演出。両首脳はブラジルの課題に即した経済協力など15もの覚書にも署名した。

 

一方、米国との関係でブラジルは、ウクライナ問題への姿勢などでギクシャクしたところを見せている。欧米寄りだった前政権との違いを明確に打ち出すルーラ大統領は、どこまで中国重視を強めていくのか。日本との関係はどうなっていくのか。

 

「ドルで貿易を行う必要があるのか」とも

「ブラジルには中国との関係に偏見がないことを世界に示した」

41215日にかけて中国を公式訪問していたブラジルのルーラ・ダ・シルバ大統領が会見で表明した。人権や台湾問題などを巡り、中国に対する米国やEU(欧州連合)をはじめとする西側諸国の強硬姿勢が強まる中、ブラジルは中国との関係を強化していくという意思を明らかにした。

 

それだけではない。ルーラ氏は上海で、BRICS諸国のインフラ整備への融資を担う「新開発銀行」本部を訪問し、「先進国が参加せず、世界規模で展開する初めての開発銀行」と言及した。同銀行は、自身の後継者としてブラジル大統領を務めたジルマ・ルセフ氏が総裁に就いている(ルーラ氏は現在2度目の大統領職にある)。

 

これくらいなら中国に対するリップサービスとも言えるが、さらにこう付け加えた。

「世界のあらゆる国がドルで貿易を行う必要があるのか疑問だ」

 

貿易相手、直接投資ともに中国が最大

事実、ブラジルと中国は今年3月に両国間の貿易取引でそれぞれの自国通貨を用いることで合意した。貿易・投資促進を目的しているが、ほとんどの企業が決済に用いているドルへの依存度を減らすことにつながる。

 

「新興国グループのリーダー的存在」を目指すルーラ氏が、欧米諸国を中心に構築されてきたグローバル体制に一石を投じるような発言を繰り返したことについて、欧米諸国を刺激する可能性があると米国の各紙は報じている。

 

中国・ブラジルの2国間関係は、ジャイール・ボルソナーロ前大統領(20192022年)が欧米諸国と足並みを揃えるかたちで中国を敬遠していたこともあり、しばらく大きな進展は見られなかった。

 

しかし経済面での関係は着々と深まっている。かつてブラジルにとって最大の貿易相手国は米国だったが、2009年以降、中国が取って代わった。同時に、中国企業の対ブラジル投資案件も年々増加、2021年には中国による直接投資額はブラジル向けがトップとなった。

 

ルーラ氏は前回の大統領時代(20032010年)にも中国をはじめBRICS諸国との関係強化に積極的であったが、2022年の大統領選中にも中国との関係を再構築する意向を頻繁に示していた。

 

欧米諸国から多くの制裁や輸入制限措置などを受けている中国は、中南米やアフリカ諸国といった新興国と関係を強化する姿勢を鮮明にしている。(中略)

 

ウクライナ問題などで米国とは摩擦も

今回のルーラ氏の中国訪問は、ブラジルが国際社会の表舞台に返り咲くための大きな一歩となった点、中国からブラジルのインフラやハイテク技術、貧困撲滅など数多くの分野での協力を引き出した点などで、大きな成果があったと評価されている。

 

では、中国と激しく対立している米国とブラジルとの関係はどうなっているのか。

 

今年2月にルーラ氏はワシントンでバイデン大統領と会談している。両首脳は民主主義制度の強化や気候変動・アマゾンの森林破壊阻止のための協力などで意見交換した。

 

しかし、アマゾンの森林破壊問題での米側の協力がはっきりしないことや、ウクライナ情勢に対するブラジルの姿勢に米国が懐疑的な見方をしていることなどから、相互に不信感が残っているとされる。

 

実際、ルーラ氏は中国の後にアラブ首長国連邦を訪問したが、現地の会見でロシアのウクライナ侵攻について「双方が悪い」「米国や欧州は戦争をけしかけるのを止めるべき」と発言した。

 

こうした発言に対して、米国家安全保障会議のカービー戦略広報担当調整官が「ロシアと中国のプロパガンダのオウム返し(理解せずに他人の言葉を繰り返す意)」と批判したうえで、「(ルーラ氏の発言は)『欧米は平和に関心がなく、戦争に責任を負っている』という誤解を招く」と反論している。

 

比較してみると「大成功」を収めたとされる中国訪問とは明らかに温度差が感じられる。

 

ではブラジルはこのまま欧米諸国と距離を置き、中国をはじめ新興国と手を取り合いグローバルの新秩序の構築を目指すのか。

 

ブラジルで低下する日本のプレゼンス

確かに、ルーラ氏の数々の発言からアンチ欧米先進国の印象を受ける。しかし、このまま欧米から離れていくかと問われればそうともいえないだろう。

 

ブラジルの外交は伝統的に不介入主義を採り、アンバランスな付き合い方を避けてきた。欧米寄りに振れたボルソナーロ前政権のように多少の差はあるが、基本的にはどの国ともうまく付き合うのがブラジルである。メリットがあると判断すれば、中国も欧米も関係ない。

 

ルーラ氏にしてみれば、2月のワシントンへの訪問は、対米関係の再構築や民主主義・環境など共通課題に関する協議であり、一方の中国への訪問は「ビジネス」を主な目的としている。いずれもブラジルにとって外交政策上重要な訪問である。

 

欧米を中心に築かれてきた今のグローバル体制が生み出すメリットを新興国にも広げていくというルーラ氏の考え方は今に始まったことではない。その動きにブラジルがリーダーとして参画していくという目的も然りだ。この文脈でいえば、ルーラ氏の数々の発言は、報じられているほど過激なものではないのかもしれない。(後略)【424日 水野亮氏 JBpress

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【「アメリカは戦争を奨励するのをやめるべきだ」】

ウクライナ情勢については、ルラ氏は訪問先のUAE416日、欧米がウクライナに武器を与えていることが、戦争の長期化に一役買う結果になっていると述べ、アメリカの反発を招きました。

 

****ブラジル大統領が「米国は戦争を奨励」と発言 ロシア寄り立場鮮明に アメリカは「プロパガンダを鵜呑み」と強く反発****

ウクライナ情勢をめぐり、ロシア寄りの立場を鮮明にするブラジルに対し、アメリカが強く反発しています。

ロイター通信によりますと、ブラジルのルラ大統領は15日、ウクライナ情勢をめぐり「アメリカは戦争を奨励するのをやめるべきだ」と主張したほか、「欧米には和平こそがあるべき道だと説得しなくてはならない」と訴えたということです。

こうした中、ブラジルを訪れ外相会談に臨んだロシアのラブロフ外相は。
ロシア ラブロフ外相 「ブラジルの友人たちがウクライナをめぐる状況の原因を理解してくれたことに感謝する」

また、ブラジルのビエイラ外相はロシアへの経済制裁を批判しました。こうしたブラジルのロシア寄りの姿勢について、アメリカ政府のカービー戦略広報調整官は「ブラジルは全く事実を見ずにロシアや中国のプロパガンダを鵜呑みにしている」と指摘しました。

 

そして、ルラ大統領が「ウクライナは和平への譲歩のためにクリミアの正式譲渡を検討すべき」と発言したことを「見当違いだ」と強調しました。【418日 TBS NEWS DIG

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アメリカなど欧米側の反発もあって、その後、改めてロシアの侵攻を批判するなど若干の「釈明」も見せています。

 

****ルラ氏、ウクライナ侵攻でロシア批判 和平交渉強化も呼びかけ****

ブラジルのルラ大統領は25日、ロシアのウクライナ侵攻を批判する一方、この「狂気の戦争」において誰も平和を論じていないと指摘した。

ルラ氏は訪問先のスペインで財界人らに講演し、紛争解決に向けた和平の形を見いだすことに尽力すると言明。「この戦争に対する欧州の見方は理解している。一国が他国を侵略することは容認できない。しかし、この戦争で平和を語る人が見当たらない」と述べた。

ルラ氏は今月、欧米が戦争を長引かせているとしてウクライナへの武器供与停止を求め、西側から反発を招いた。これを受けて発言を軟化させ、スペイン・ポルトガル訪問ではロシアによるウクライナの領土主権侵害を非難している。

スペインでは、ウクライナの領土保全のため和平努力の強化を求め、ウクライナが戦争終結のため譲歩すべきとの発言は控えた。【426日 ロイター

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前出【水野亮氏 JBpress】によれば、“基本的にはどの国ともうまく付き合うのがブラジルである”と、全方位外交とのことですが、現在の国際情勢の中にあっては、アメリカ批判の色合いが目立ちます。

 

ロシアと関係が深いインドもロシア制裁に参加しないなど独自の路線をとっていますが、ルラ大統領のようなアメリカ批判は行っていません。

 

G7広島サミットの際も、バイデン大統領はロシアへの攻撃をけしかけているとの持論を繰り返しています。

ロシア・ウクライナ間の仲介に意欲を見せるルラ大統領ですが、ウクライナ・ゼレンスキー大統領との会談は実現せず、苛立ちを見せる場面も。

 

****ブラジル大統領、米国を批判 平和へ「意味ない」****

G7広島サミットの拡大会合に参加したブラジルのルラ大統領は22日、広島市で記者会見し、ロシアの侵攻を受けるウクライナを支援する米国のバイデン大統領はロシアへの攻撃をけしかけていると批判した。平和の実現のためには「意味がない」と述べた。

 

「和平は頭を冷やして交渉することで達成できる」とし、ブラジルがウクライナとロシアの停戦へ仲介役を担うことに意欲を示した。

 

ルラ氏は、ウクライナのゼレンスキー大統領と広島市で会談する予定だったが、定刻になってもゼレンスキー氏が姿を見せず、実現しなかったと語った。【522日 共同

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実際のところはわかりませんが、表立ってはゼレンスキー大統領側のスケジュールが遅れたことで、ルラ氏との会談が流れた形。

 

ルラ大統領は「がっかりしていない。私はいら立った。直接会って話し合いたいと思っていた」と語り、ゼレンスキー大統領もプーチン大統領も和平を望んでいないように見えるとし、現段階でゼレンスキー氏と会談する意味はないとの認識を示しています。【522日 AFPより

 

【マドゥロ政権に対する米国の経済制裁を批判 参加国からの批判も】

30日、ブラジルの首都ブラジリアでは南米首脳会談が開催され、ルラ大統領はこの地域の統合を主導していく姿勢をアピールしています。

 

この場でも、アメリカのベネズエラ制裁を批判していますが、この件には参加国からの批判も。

 

****ブラジルで南米首脳会議 ルラ大統領、域内統合枠組み復活目指す****

南米ブラジルの首都ブラジリアで30日、域内12カ国が首脳会議を開いた。主催したルラ大統領は南米各国との関係を重視している。

 

中南米は米国の「裏庭」と呼ばれるが、左派のルラ氏は南米の統合に向けた議論をリードし、国際社会で発言力を高めたい狙いとみられる。

 

新型コロナウイルスの流行による経済の低迷などを背景に南米では現在、多くの国で「富の再分配」を重視する左派が政権を握っている。

 

ルラ氏は演説で「南米には統合に向けた道がある」と強調。協力分野として、米ドルを念頭に貿易面で「域外通貨」への依存度を減らすことや、経済・社会開発に向けた各国営銀行の連携、気候変動対策など10項目を各国に提案した。

 

南米では、左派政権が主流だった2008年にも米国の影響力を排除して域内の統合を目指す動きがあった。当時、反米左派のベネズエラのチャベス前大統領や、ルラ氏らが主導して「南米諸国連合(UNASUR)」が発足した。しかし、10年代後半からブラジルなどで右派系が政権を取ると内部分裂し、脱退する国が相次いだ。

 

ルラ氏が目指すのは、UNASURのような域内統合に向けた枠組みの復活だ。ルラ氏は「イデオロギーは我々を分断させ、統合の妨げになるだけだ」と指摘。格差是正など「我々は共通のニーズや希望を持っている」として、右派、左派に関係なく統合への議論を進める必要性を訴えた。

 

一方、会議では、出席者の一人で、独裁色を強めるベネズエラのマドゥロ大統領を巡り、各国の温度差も浮き彫りとなった。

 

中露が後ろ盾のマドゥロ政権に対しては、野党政治家を弾圧しているなどの指摘が国際人権団体から出ている。しかし、ルラ氏は29日にマドゥロ氏と臨んだ共同記者会見で、ベネズエラに関して「反民主主義、独裁主義という物語が作られている」と訴え、米国による経済制裁を批判した。

 

ブラジルの地元メディアによると、ルラ氏の発言に対し、ウルグアイの中道右派ラカジェポー大統領は「ベネズエラで民主主義や人権が保障されるようにするため、世界の多くが仲介を試みている」と反論。チリの左派ボリッチ大統領も「ルラ氏の発言には同意しない」と反発した。【531日 毎日

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“ウルグアイの中道右派ラカジェポー大統領は演説で、ベネズエラに重大な人権侵害がないように装うのは「最悪の行為」と批判。チリの左派ボリッチ大統領も記者団に、ベネズエラの人権侵害は「深刻な現実」と訴えた。”【531日 産経

 

29日に行われたルラ大統領とベネズエラの反米左派マドゥロ大統領の会談についてもう少し詳しく見ると、ルラ大統領はマドゥロ政権支持で相当に踏み込んでいます。

 

****ブラジルのルラ氏、米の対ベネズエラ制裁を批判 南米で進む関係改善****

南米ブラジルの左派ルラ大統領は29日、首都ブラジリアで、隣国ベネズエラの反米左派マドゥロ大統領と会談した。

 

マドゥロ政権との関係は「暫定大統領」を名乗ったグアイド前国会議長を支持した右派ボルソナロ前大統領時代に断絶したが、ルラ氏は関係改善に乗り出していた。

 

ルラ氏はマドゥロ政権に対する米国の経済制裁を批判。ブラジルが加盟する新興5カ国(BRICS)へのベネズエラ加盟を後押しする考えも示した。

 

南米では近年、左派政権が増えており、コロンビアなどもマドゥロ政権との関係を改善させている。

 

ルラ氏は記者会見で「(経済の)封鎖は、イデオロギーの対立と関係のない子どもや女性の命を奪う」と主張。選挙で主要野党候補を排除したことなどを理由に、米国がマドゥロ政権の正当性を認めていないことも「不条理だ」と批判した。マドゥロ氏も「南米各国が米国に対し、対ベネズエラ制裁を全て停止するよう要求することを求める」と述べた。

 

両首脳は、加盟国の拡大が議論されているBRICSにも言及。ルラ氏はベネズエラの加盟の可能性について報道陣から問われると「私は賛成だ」と述べた。マドゥロ氏は「BRICSは別世界を求める人々を引きつける巨大な磁石のようだ」と評価した。

 

ベネズエラは原油埋蔵量が世界最大とされる。マドゥロ氏は、反米左派の代表格だったチャベス前大統領の死去後の2013年に後継者として就任した。しかし、外貨獲得手段である石油価格の下落や米国からの制裁などが重なり、経済が悪化。独裁色も強まり、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)などによると、国外に逃れた人は1月時点で人口の2割強に当たる713万人を超えた。【530日 毎日

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マドゥロ大統領の驚くべき経済失政(国民が3度の食事をとることもままならぬ状況となり、2割超の難民を生み出しています)、反政府運動への強権的弾圧を考えると、ルラ大統領のマドゥロ大統領への肩入れは理解に苦しみます。 

 

基本的にルラ氏の言動の根底には根深いアメリカへの反発があるように思えます。

アメリカへの反発自体は中南米で一般的に見られることではありますが、左派政権としてのルラ大統領はその反発をかなりストレートに出しながら、独自の存在感を南米そして国際世論にアピールしたい姿勢のようです。

 

****“ドルに対抗” 南米サミット 地域共通通貨を議論****

ブラジルで南米各国の首脳が集まるサミットが始まり、アメリカドル支配に対抗するため、地域共通通貨の創設が議論されます。

 

議長国ブラジルのルラ大統領は30日、「貿易に利用する南米の共通通貨を創設に向けて議論を進めたい」と提案しました。

 

共通通貨を導入したい背景には慢性的なドル不足があり、ブラジル政府はアルゼンチンとは既に議論を深めているほか、今年から中国とはドルへ両替することなく、レアルと人民元での直接取引を始めています。(後略)【ABEMA TIMES】

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