こんにちはニコニコ

先週末から毎日実家へ行っています。


土曜の午後、母から電話がありました。
父が声掛けに反応しなくなったので主治医と連絡を取ると救急で病院に来るか、外来が終わり次第主治医が状態を確認しに行くかどちらにするか聞かれ、母は決断を下せず私に連絡をしてきました。

意識がないという事は状態が悪いのではと思い救急で病院に行った方がいいと言うも、母は「どうしたらいいか分からない」と決められず。
話していてもどちらの選択肢も取れずにいたのですぐに実家へ行くことにしました。

実家へ着いて父の部屋へ行くと幸いにも意識が戻っている所でした。
父は虚ろな状態で薄く目を開けたり閉めたりしながら時折視線が合うだけという状態が続いていたけれど、意識が遠退くことはなかったので家で主治医を待つことにしました。

しばらくすると私の存在に気付いた様子で、「足痛くない?」と尋ねると「痛く、ない」とゆっくり返事をしてくれました。

そうは言いながらも体の痛さから顔を歪める父を見ていたら涙が溢れてしまい、声を出して泣いてしまって。
そんな私を見ると父が、

「大丈夫…だから」

と穏やかに話し、右手を上げて答えてくれました。

体がしんどいはずなのに心配かけまいと話す父の姿に、心の中で

「全然大丈夫じゃないよ…!何言ってんの…!」

と叫びながらベッドに横になる父の胸を借りて大泣きしました。
意識が朦朧とする中、父は一言、二言話をして再び眠りました。

ずっと父の前では泣かないと決めていましたが、この時を境に私は泣くことを我慢できなくなりました。


その後、上の弟も実家に帰ってきて外来を終えた主治医と話をしました。

点滴の事。
在宅介護か入院か。
食事の事。

そして父の残りの時間の事。

主治医は、

「段々と食べられなくなって、水も飲めなくなる。
 あと一ヶ月か、一週間か」

主治医はそう余命の事を話しました。

ガンの発症時に「余命は5年」と言われた父は、8年の闘病を経て余命一週間と宣告されました。
今までたくさんの治療をしてきて少しずつ悪くなってはいたものの、体の痛みや癌が消えたりしていたのでまだ大丈夫、まだ元気だと思えていましたが、「一週間」と言う言葉に頭が真っ白になりました。
その言葉に実感も湧かず何も考えられなくなりました。


父は診察中、主治医から「家にいたい?」と聞かれると、

「家に…いたいです」

と小さいながらハッキリと答えました。

その答えを聞いて、母と弟と在宅介護にすることを決めました。


父は退院してから文字通り坂道を転げ落ちるように容態が悪くなりました。
呼び掛けに対して反応がなく昏睡状態のような時や、せん妄か幻視のせいで私たちには見えないものが見えたりと少しずつ父の生きる世界が私たちとは変わっていってきている様子です。

しんどそうで辛そうな父を見ると泣いてしまうことばかりだけれども、時間の許す限り父と過ごすようにしています。


弟が電話で気丈に振る舞い父に話しかけるのを聞きながら、その優しさに胸が締め付けられました。
私には到底出来ないことをやっている弟が頼りになり誇らしく思いながらも、上手く話し掛けられない自分が情けなくて。
でもどうしようもなく溢れる思いを隠さないで父と話をしていきたいです。


今晩も実家に行ってきます。

父と母が穏やかに過ごせる時間が長くあるように祈るばかりです。