不純な動機で作られた存在は自己愛が低い(神の世界のこと51)
タイトルについている●は、同意をしてから見る記事です。
同意方法は多数あると思います。
自分がこの世に誕生する理由(存在)って
誰もが知りたいですよね。
その理由がハッキリとしていて、分かりやすいと、ホッとしませんか?
自分は、ここに存在していても良いのだと思えますよね。
でも、この世に存在する理由がハッキリしていなくて、理解できなければ、自分は何のためにここにいるのか、分からなくなりませんか?
存在する理由が分かれば、存在する理由を守っていれば、少しは安心しませんか?
その理由は、役割だったのかもしれません。
自分の存在の定義が自分で分からず、不安定になりませんか?
不安で不安定で、自己愛が低いと言う理由は、ここにある気がしています。
その理由を探るために、神の世界のことを、理解することは、自分を理解することと似ているのかもしれません。
全ての存在は、神が作り出した、とします。
私は、作った=子作り、のように感じています。
作ったのだから、存在するために、必要とするものは、いつでも、どこからでも受けとることが出来て、そこにあるべきだと、考えています。それが助け合いのように思っています。
そうすれば、誰の力も借りずに、単体で生きていけることは、あると思いませんか?
だから、私と言う存在は、必要だから、何かを作ったと考えています。
例えば、子供の存在は、パートナーと繋がった、と言う証明のように感じるから、その繋がりの証明のために必要な存在、だったりするのかもしれません。
(自分の存在の維持のためでもあるのかもしれません)
今は関係が悪化していたとしても、昔はそうではなかったのだと、思う記録とも言えませんか?
そして育て上げることは、私の役割であり、それが子孫用だったのかもしれません。
だけど、神の世界で、軍事衝突のようなことが起こったとします。
最初は、相手のやることに対して否定批判をすると言うような事だったのかもしれません。
そして、攻撃は激化し、飛び火が来ることになった。
私はその時点で、大切にされない、愛されていない、守られていない、と感じるでしょう。
(話せない存在では、なかったのだと思います。)
子供に対しての気持ちも役割も、みんな奪われたら怖いと言う不安に襲われることになったのかもしれません。
気持ち、一つで、自分の大切なものを見失い、攻撃を加え、そして、自分の心も破壊するような言動を取る。
自分で取り返すことも出来ない。
この意味に気が付かないことが、何よりも怖い。
自分を認めることが出来ない。
何のためにやるのか分からないけど、存在だけがある。
その存在は、私の救いでもあった。
だから私は自然界を作り出したとします。避難、癒し、隠れるためだったのかもしれません。
そして、守りのために、何人かの男の存在を作り出したのかもしれません。
私は、私と言う存在が、争い事を引き起こすネタに使われることを、避けることを徹底したのかもしれません。
だから物理上の事でしか、決めないようにしてきたのかもしれません。
その存在は、自分を守り、子供を守り、決められたルールを守る、新しい家族であった。
だけど、新しい家族には、神の男が作った、同じような種族の、家族を作り出したのかもしれません。
そして、私が作り出した家族の存在を、皆が奪うことになったのかもしれません。
私だけズルイ、守られていてズルイ、昔はこうだった、この繰り返しばかり、
そのウンコが、大暴れしているのかもしれません。
ウンコの中には、私が作り出した存在の、ウンコもあったのかもしれません。
だから、私が作り出した存在のウンコも、取り合いになり、自分の気を引くために、有りとあらゆる事を、やられてきたのかもしれません。
気持ちを分かってくれない!そうやって逆恨みと腹いせを繰り返し、攻撃し、追いかけ回すことは、当たり前、
気持ちを分かってくれなければ、攻撃しても良いと言うような、ルールまで作り出したのかもしれません。(他人の気持ちを操作し、自分の同じ気持ちや感情を持たせる、その為の言動は、当たり前に繰り返す)
物理的な理解は、封鎖する。
(思考力や理解力のあるなし、って何?)
私は思う、心の傷とは、自分の好き勝手を正当化したい為(言い訳)に、存在するのだとね。
不純な動機で出来た、存在は、自己愛を持つ存在に妬みを抱きながら、依存し、便乗して生きることに繋がった。
本当なら自分の言動を見直し、改善すれば良いものを、いつもいつも、修正や訂正が出来ない状態にもっていこうとした、存在があるのかもしれません。
その為に、記憶の操作をしたりする。
心の傷を言い訳に作られた存在と言うのは、不純な動機で作られた存在、になるのかもしれません。
だから、厄介事ばかり引き起こした。
不純な動機で作られた、不安定な存在は、安定した存在に妬みを抱く。
そして、安定をいつも奪いたがったのかもしれません。(自分と同じように不安にさせたい)
不純な動機で作ったから、存在に対して、無責任であり、育児放棄に近いのかもしれません。
親の無責任(神の無責任)と育児放棄により、自暴自棄になった。
虐待子供あるあるの言動をする存在は、多くありませんか?
被害者になり、親のせいにして、自分の欲しいものばかりになり、他人を妬み、全く自立しようとしない。
だから、子供と自分を比べ、子供に妬みを抱き、子供を守ることがない。
気持ち一つで気に入らないと、攻撃的になる。(理性と自制心が全く無い)
そして、存在を作った神を比べ、否定批判を繰り返し、神を妬み、選び裁くような言動ばかりする。
与えられているものも大切にしない、気がつかない。
自分は愛されないことに嘆き、神の愛するものを奪い続けるようになったのかもしれません。
このような、意識のまま、罪悪感を溜め込み、劣等感を溜め込み、今も存在する。
根底には、いつも不平不満ばかり。
神の世界に来て、自分の存在を作った神でも探して、神のせいにして、好き放題やる存在すら、あるのかもしれませんよね。
私は心の傷を甘やかすから、心の痛みを庇いながら動く、だから、言動の幅が狭くなり、
心が強くならないのだと考えています。
心の痛みに耐えることが、出来ないと言う言い訳は、嘘に感じています。
甘やかしを肯定したいだけの事のように感じています。
ただの被害だけなら、被害を受ける理由を探すと思いませんか?
心の傷のパターンって限られますよね。
真実が明るみになると、不都合である、強要支配が出来なくなる、自分の依存便乗先がなくなる、甘やかしができなくなる、
そのメリットのために、ウンコを使うのかもしれませんよね。
自分にもあったはずの時に、やれば良かったものを、絶対に人任せにしてやらない選択をしたから、今出来ない。
あの時出来なかった、やらなかった、罪悪感は、自分に襲い掛かる。
それは劣等感にもなった。
その自分は、あの時に戻ることが出来なくて、可哀相。
だから今ある人を妬み、奪い、傷付ける選択をする。
のかもしれません。自己愛は自分でどんどん自分から奪い続けた。
精神攻撃とは、何だと思いますか?
私は、自分の思考回路を見直すことを、伝えていますが、それが、分からない存在って、何のためにあると思いますか?
存在の否定ですか?
自立すると言うことは、誇り高く、不安と期待に包まれる感覚と似ていると思いますが、違いますか?
寂しいって何だと思いますか?
全ての投稿で、誤字、脱字、翻訳、等には気を付けて欲しいです。