燕岳から満身創痍で帰還 つづき
それでもオーダーストップ前には小屋に着いて受付をすませ
食堂で、注文してもらっていた山菜うどんをすするのも
なんだかやたらと時間がかかる体たらくで
部屋に荷物を置いてからさらに1キロ上の山頂に行く予定も
なんだか私はもういいや、というような気分であった
が、ご飯を食べて部屋で荷物を片付けたりしてると
やっぱり行ってこようかという気持ちになって身軽になって出かけてみることにした
いっとき青空も見えていたが、この時点ではかなり雲が出てきた
向かっているうちに雲がかかり始め風がかなり強くなった
皮がむけた踵は痛いし足は遅いしなので、たかちゃんには一人で進んでもらって
登頂にこだわりのない私は戻ってきた
景色だけを堪能してから夕食までに、けっこうすることは多い
顔や体をさっぱりさせたり着替えたり、靴擦れ皮剥けに薬を塗ったり
筋肉痛予想箇所に鎮痛消炎剤をしつこく塗ったりとかだ
北アルプスで大人気の小屋だけあって、施設も食事も二重丸である
残念ながら今回はオーナーさんが不在でお目にかかれなかったが
夕食時は、一緒のテーブルになった人8人で
どこから来たのかどこを通ってきたか
明日はどこを経由するのか明日の天気はどんなふうか
あるいは今年はどこの山に上ったのかどんな山行だったかなど
主に私は聞く側だが、たかちゃんはそれなりに楽しく話していたようだった
実は、小屋に着く前に一度、軽く転んでそのとき右手を着いたので
右手首が少しずつ腫れて痛みが出始めていた
お箸を持つのはいいが、力を込めたり手首を返したりが痛い
鎮痛消炎剤をぬりぬりしていたが痛みが引かず不安だ
動かしてみて骨折していないのは確かだが、筋を傷めてるのだろうか
荷物を背負ってきた肩は腫れて固くなっているし
明日の足の筋肉痛は間違いないし、右手首は痛いし
あー、縦走を中止して今回は良かった
としみじみ思う
夕食のあと外に出ると、相変わらずの風だったが
真上の空は雲が切れているので、天の川さえ見える
明日の日の出は見えそうだなーと思いつつ、9時に消灯
さらにつづく
燕岳から満身創痍で帰還
たかちゃん企画の山行は、台風による強風のために
燕岳→常念岳縦走の予定が、燕岳ピストンと相成った
ギリギリまで天気予報を眺め、上った燕山荘でも予報を聞き
小屋に貼り出してある天候風速気温の予測を見て悩む
最終の予定を半日延ばせば、おそらく天候も回復し
素晴らしい山旅になりそうではあったので
もちろん、そう目論んで縦走を敢行する人たちもいるし
尾根歩きの強風を避けることにして下山する人たちもいる
私たちも下山組に加わったわけだが
いずれにしても、縦走は今回の私にはきつかったので
結果的に台風の影響を受けたのは良かったとも言える
上り始めて、半ば過ぎまではかなり順調だったのが
あと二時間くらい、というところにきてから、がくっとスタミナが切れた
エネルギー類は摂っていたのに、筋肉に力がなくなった
トレーニングの絶対量が不足しているのだ、と思ったところで遅い
北アルプスの三大急登のひとつであるので
一歩一歩体重を持ち上げるのは難儀である
今回はたかちゃんのアドバイスでトレッキングポールを使った
ポールにも体重を預けつつ、がんばれオレ
と言いながら歩く
養生していたのに、すっかり皮がむけて痛むし
小屋のスタッフさんへと日本酒四合瓶を入れた荷物は肩に食い込むし
あー、ホント体力筋力無くなってる
と嘆いたところで
誰も代わりに上ってくれるわけではない
長距離走と同様、タフな精神が必要なんである
よしんば心は折れかけていても、ともかく行かねばならないので
がんばれオレがんばれオレと粘り強く歩を進めるしかないのであった
途中の合戦小屋で、人の話が耳に入ったことには
燕山荘のお昼ご飯のオーダーストップは午後2時だとか
当初、午前5時に中房温泉から登山開始予定だったのを
早朝は雨が残っているとの予報から、午前8時半開始に変更した
それでも午後1時頃には(たかちゃん的に)小屋に着く予定だったのだが
思いの外、私が途中からへこたれてしまったので
その情報を聞いた段階で、私たちがお昼に間に合うのは微妙な感じになっていた
バーナーもあるし、最悪でもカップ麺くらいは食べられるよ
とたかちゃんは言ってくれていたのだが
ああ、やっとあそこに小屋が見えた
という段階で
たかちゃん、先に行って注文しといて!後から追いかけるから
と、元気なたかちゃんに先行してお昼を確保してもらうことにした
やれやれひと安心、とそのあとを頑張って追ったけれど
大体において、山では目標が見えてからがまた長いのだ
太ももはひくひく痙攣したり治ったり痙攣したりだし
小屋手前に続く長い木の階段にうんざりする頃には、ふくらはぎが痙攣するし
トレッキングポールは、ほぼ介護用杖と化してようやく小屋に到着
つづく
高原文庫のちペルシャ絨毯
無茶ぶりされた納期の仕事はあるが
こちらも期間が終わりそうなので
軽井沢高原文庫の〈新しい世界文学へ〉展を見に行く

加藤周一、中村真一郎、福永武彦の三人を扱っているものだ
その前に、林の中の古民家を改装した食堂で
とても気分よく美味しいお昼ごはんを頂いた
軽井沢は16度くらいでひんやりと気持ちが良い
ところによって紅葉黄葉が出始めていた
帰りぎわに顔なじみの革工房に寄ると
お隣の絨毯屋さんが来て話し込んでいて
流れで、絨毯屋さんのほうに移動して
コーヒーをご馳走になることになった
そこで絨毯のあれこれのお話を聞かせて頂き
織り方や種類や見極めかたなど知らぬことばかりで
なるほどー、そうなのかーと感心することしきり
最後に上代で一千二百万というシルクの絨毯を参考に見せて頂いた
目にも贅沢、手触りも豊かな美しい逸品で
広げられた瞬間、オアシスにある瑠璃色の離宮が見えたような気がした
眼福であった
MOを知らない世代
打ち合わせに行き、データの持ち帰りの段になったら
持参したUSBではてんで容量が足らない
持参したのは4GBだったが、預かるデータは20GBあった
ファイル圧縮システムでもメール添付できないのでは
と困っていたら、先方から64GBのUSBを貸し出してくれた
今やUSBでも64GBもあるんだねーと古い人間は感心した
そこから、普段の担当者(40代前半と思われる)と
記憶媒体も様変わりしましたねー、などと昔話になった
フロッピーから始まって、CDーRが出てMOが出て
DVDになって、小型のUSBメモリが出て
何か新しい媒体が出るたびに、その容量のアップに驚いたものだ
そんでもって、なんと言っても、お高かった
フロッピーはシステムにリンクする形でしばらく残っていたけど
MOはわりとあっという間に無くなりましたよねー
と話していたら、今回の担当者(20代後半と思われる)は
なんと、MO自体を知らないのだという
おおおーーー・・・おじさんとおばさんは、ある意味感動した
USBだって、ついこの間まで128とか256とか使っていて
その単位はメガバイトだったのに、今やギガである
ハードにいたってはテラで、さらに上の単位までささやかれている
・・・のか、いないのか
いやーまじ、隔世の感がありますねー、と話したいっときであった
でもって、また納期を無茶ぶりされたので
お昼にはカツ丼で決起集会をしたのである(*^^*)
台風のあとに
なにものにも遮られない空を見に行きたいと、最近ずっと思っている
ゆうべは台風の風がものすごく強く
壁に当たる音も揺れも、それは恐怖を感じるものだったらしい
だったらしい、と言うのは私はけっこう眠りこけていたからだ
2階の母はあまりに風が強いので眠れず
ニュースで台風の状況を午前2時まで見ていたそうだ
3階の私が起き出して来ないことが不思議だったと言う
相棒は自宅の1階に寝ていたが、雨風が心配のあまり
明け方まで寝付けなかったのだとか
確かに私も、あー揺れる、あー音がすごい、と感じていたが
どうしてだか、しっかり眠りに入れた
眠りが浅い方だと思っていたがそうでもなかったのか
普段は蚤の心臓なのだが、いざとなると肝がすわるのか
このごろ、自然の驚異から逃れられる場所は
もうどこにもないような気がしている
人が無事でさえあれば、僥倖と思えてしまう昨今だ
それにしても、なにものにも遮られない空が見たい
雨の合間に千段上り
雨がいっとき止んでいる合間に千段上りに行く
コンディションを確認するために
登山靴を履いて行くことにした
何度履いても靴擦れする箇所があるので
その確認もしておきたい
この登山靴は相当古いので形も今風ではない
もう一足、あまり履いていないけれど
もう少しオシャレな感じのものがあるので
出してみて、靴底や中や外観をチェックしてみた
特に問題はなさそうだが、しばらくぶりの靴に関しては
さんざんさんざん痛い思いをしている私であるので
いっときの迷いは捨てることにした
黙々と上り下りしている間、頭のなかに響いているのは
今日はビューティフルサンデーである
何がどうなってその日その曲になるかわからないが
走るとき歩くとき、なぜかテーマ曲があって
その曲ばかりが頭のなかに繰り返される
ハーハーハービューティフルサンデー
と繰り返しながら上り下りする
間に、階段を上って神社にお参りする人が一人ふたり
あとは境内に猫がいるだけである
このところしみじみ感じるのは
歩くとき走るとき階段を上るとき
それぞれに違う筋肉を使っているんだなあということ
行動したあとに疲れるところが違うので
それぞれ目的にあったトレーニングが必要なわけだ
ということでつつがなく千とび十五段完了
十分ではないが、まあ少しは安心か(^_^;)






















