連休の終わり
連休していないので始まりも終わりもないのだが
「連休明けに納品」という仕事の期日の目安ではある
間に合うか不安なボリュームだったけれど、ちゃんと終わった
これだからギリギリでも仕事を受けてしまう無駄な自信になるんだな
そのうえ今日はものすごくおうちの用事もしたしな
ストーブを2台掃除してしまって
クーラーの掃除して暑さへの準備をして
洗濯槽のクリーニングをしつこくして
あとは普通に掃除も洗濯もお風呂洗いもして
ママのお買い物にもつき合ったしね
うまくすると明晩からさるところで数日休養ができるので
それを楽しみにがんばった
えらい?えらい?わたし、えらい
ところで今マイブームな納豆ミルク
(ぐうたらにも、納豆容器のまんま
)

納豆をぐるぐるしてからひたひたに牛乳をかける
食べにくいのでカレースプーンですくって食べる
特に味はつけない
それだけなのだけど、これが妙に美味しいんだな
牛乳が強いとろみをもっていて微妙に糸を引く感じがあるけど
全然納豆の臭いは移っていないし(少なくとも私には気にならない)
そして納豆はまろやかでミルキーな豆になっている
なんとも説明できない妙な美味しさがある
うーん、美味しい
美味しいぞ
よかったらあなたも試してみてね
好みに合わなかったらごめんしてけらっしゃい~
連休はお天気続きだったなー
コアクライス・バッハナール演奏会
富岡からせっせと練習に来ていた近子さんの
〈コアクライス・バッハナール演奏会〉は今日が当日だった
前回は〈マタイ受難曲〉だったので荘厳で重かったが
今回は〈ミサ曲ロ短調〉で、重厚ながら華やかで明るさもある
独唱にソプラノ二人、アルト一人、バス一人を招いて
合唱は、富岡組のほかに東京応援組が加わっているのが恒例らしく
富岡組の近子さんは大学の同級生なのだが、偶然にも
東京応援組の中には、高校の同級生と、倶楽部の後輩とがいる
初めて知ったときはあまりの偶然にびっくりしたものだが
以来、彼女たちの顔を見に行くのも楽しみのひとつになっている
演奏は東京バッハ・カンタータ・アンサンブルで
楽器類も木管のフルートとか古いスタイルのトランペットだとかがある
合唱のサークルで勉強したアラモによると、古楽器と呼ばれるもので
バッハの時代に存在したものが使われるのだとか
バッハと聞くと「黄金率」という単語が頭に浮かぶ
アラモは「予定調和」という言葉を使っていた
安心して弦や木管や和声の重なりとうねりに身を任せていられる
かなり疲れているので、ひととき気持ちよくうとうとしてしまった
終わってからホールで友人たちとつかの間の再会を楽しんで
そのあとは同行の相棒、アラモ、シマちゃんとおしゃべり
時間が足りないから温泉でも行こうよ
と最近の合言葉を繰り返して分かれた
さて
はりきって仕事に戻ろう
キッチンファイター
母に頼まれた買い物メモを見ると
牛乳
トマト
きうり
お榊
お供物
などの中に
キッチンファイター
キッチンファイター
母の中ではきっと
すっごく汚れと闘ってるんだろうねー
キッチンファイターはなかったので
キッチンハイターで我慢してもらったのだ
「よもや」はままある
今日は、相棒のお友だちの FLOWER ART AWARD2018を観にミッドタウンまで行ってきた
バラをあつかった作品ばかりで、幾つかの大きな展示とショーケースに入った小さな展示とがある
お友だちの作品はエントランスホールにある大きなツリーシャワーで
「行雲流水」とタイトルがつけられていた
3階から張ったスチールに水を流し、下からのライトの光でキラキラときらめく
まわりにはさまざまに生け込んだバラ、バラ、バラ
先週土曜日の写真展は、青梅の〈天寧寺〉を撮り続けている方の写真展だった
その写真展に誘ってくれた高校からの友人アラモと、二十代の前半に
そのときもアラモに誘われて天寧寺に泊まったことがあったのだ
天寧寺という名前も覚えていなかったし、幾つかのエピソードはおぼろになっていたが
改めて聞くと、平将門を祀っているとかで大きな古刹だったらしい
どうして天寧寺に行くことになったのかもアラモと話していて記憶がよみがえった
懐かしく話して、また天寧寺を訪ねてみようかなどとも言い合った
水曜日は久々に四人会で、もっちゃんが隠れ家レストランに予約してくれた
出かけるときに、アクセサリーに合わせて古い靴を出してみた
今日は遅いので、ここからのいきさつは、つづく・・・
納豆の食べ方
納豆を食べられるようになったのは三十歳くらいのときで
それまでは、家の中で誰かが食べていると臭いも我慢できず
あの、上に乗っているぺかぺかの薄紙を三角コーナーに捨ててあるだけでも
あ、臭い
誰か納豆食べたでしょ
紙をそこに捨てないで
とか言っていた
旅行や合宿で納豆を出されても、食べられないので手をつけずにもれなく残していた
それが三十歳くらいのときに、入院をきっかけに食べられるようになった
食べないと、他にろくにおかずがなかったからだ
食べられるようになったが好きなわけではない
今でも臭いと思うし、何よりあのネバネバがイヤだ
糸を引く食べ物は、体にいいから食べるけれど、糸自体がイヤだ
だってお箸が汚くなるし食べにくいし口の回りも汚れるし
コレステロール値も若干高いので、健康を考えて今は納豆を食べるようにしている
食べるときには素納豆として、何もかけずにぐるぐるしてそのまま食べるか
ちりめんじゃこだけ混ぜてぐるぐるして、ちりめん納豆として食べるか
いずれもご飯に乗せたり、ご飯を混ぜたりはしない
あるいは、ぐるぐるしてからお味噌汁に入れて食べたりもする
そうするとサラサラになって糸も引かないのでかなり食べやすい
でも熱いお味噌汁だと納豆菌が壊れて意味がないらしいし
なかなか悩みどころである
すると最近、納豆と牛乳とご飯の組み合わせが最強だと、相棒が教えてくれた
納豆と牛乳
わりと美味しそうである
今朝、思い出したので納豆をぐるぐるしてから牛乳をかけてみた
納豆がひたひたと埋まるくらいの量にしてみた
お味噌汁に入れたときほどサラサラにはならず、糸引きのトロトロ感は少し残っている
お箸では掬えないので、容器に口をつけてスープのように食べる
納豆はちゃんとしっかり咀嚼する
「和と洋、畑と牧場、植物と動物の贈り物からの予想外のマリアージュ
」
なんてことは全然これっぽっちもなかったが
納豆の臭いがなくなって、とっても食べやすくて嬉しい
これにご飯を混ぜてみるかどうかは、好みとしていささか思案のしどころだ
牛乳とご飯は美味しい組み合わせなので、納豆が混ざっても仲良くできるかもしれない
しかも組み合わせ的に最強なんて言うことなしだ
でも、何に良いんだったかは覚えていない
脳みそじゃないことは確かだな
これからどこへ行くのやら
仕事をいったん片付けて出かける支度を始めたら
みみさんとこのパン屋さんまでジョグして行きます
との、もっちゃんからのLINE
急いで支度を終えて、パン屋まわりで駅へ行く
パンを買いつつ、もっちゃんと20分くらいおしゃぺりして
予定どおりの電車に乗って出かけてきた
高校からの友人の誘いで写真展を見に行く
待ち合わせは四ッ谷なのだが
そこからどこへ行くか、調べていないので分からない
まったく人まかせの外出である
それにしても今日は暑い
まだ友人は来ない
春な忘れそ
国語学者の大野晋さんが不在になって久しいが
今年も、お庭の縁にあるつつじが咲き始めた
お庭の中ではとっくにみつまたつつじが満開になっている

このつつじを見るたびに、時期は違うが
「主なしとて春な忘れそ」の歌を思い出す
そして主が不在になっての久しさに思いを馳せる
ちなみに「春な忘れそ」と「春を忘るな」とのふたつの説があるが
学生のときに習ったものであることと
響きが自分の好みであることとの理由から
個人的にはもれなく「春な忘れそ」を採用している
さらにちなみに、「な~そ」は係むすびじゃないんだそうですね

確か係むすびと習った記憶が・・・
さて世間では木香ばらが盛りで、なんとなく私は嬉しい
可憐で明るいので、見ると幸せな気持ちになる
クリーム色と白の混ざり植えになっているお宅の生け垣が楽しみだ
シルバーの方達が丹精してくれている線路脇の花壇は
そろそろ芝桜が盛りを過ぎそうだ
社交生活の復活はメキシコ料理から
4月の半ばになって社交生活が復活した

まずは昨夕、大学の同級生とプチ女子会
5月に紀尾井ホールで合唱のコンサート(?)がある近子さんが
4月は毎週、練習のために富岡から上京しているという
それならば、と数人で会うことになった
自分の好みで久しぶりにメヒコ~
に決めた
メニューを見てとても迷ったが
みんなが、とにかくおしゃべりに専念するためコースにしよう
そうしたらあとは何も決めなくていいし、と言うのでコースになった
サラダ、アペタイザー、ファヒータ、トルティーヤは2人前ずつの盛り付け
最後にデザートの盛り合わせとコーヒーがついた

予約時に、混んできたら2時間制限になる可能性がありますと言われていたが
退出を促されることもなく3時間半おしゃべりできた
不思議なのは同級生だった頃は、さほど親しく話をしなかった人ばかりなこと
卒業して何十年もしてからひょんなことから友人になることもある
ずっと以前、いつも同窓会の幹事を一緒にしてるとっつぁんに
一度も同窓会に出てこない人には案内を送るのやめようか、と相談したとき
いろいろな人生があって、今はダメでもいつか懐かしく思うときがあるかもしれない
出られる状況になったときに出てこられるように案内だけは送り続けようよ、と言われて
まあそれもそうかと思ったが、その言葉が今はしみじみ実感できる
寄り添ったり離れたりまた再会したりいろいろだ
たどっていっても、同級生の3分の2は消息不明になった
つないでいる縁は大事にしたいものだとつくづく思う
それにしても、同級生と話しているはずなのに
覚えている事柄がまちまちなのが可笑しい
語られるどのエピソードにも記憶がなくてしまいに
「私って同じクラスにいた
」と言い出す人まで出る始末
まだまだ先は長い(はず)なのに、脳みその劣化が心配される
みんなで仲良く記憶を補っていこう、と思う端から
果たして彼女の(あるいは自分の)その記憶は正しいのかと疑うお年ごろ
夢のナビゲーター
このところ数日、あまり良い睡眠がとれていない
長~い夢をみていたり、ちょいちょい目覚めたりする晩ばかりだ
ゆうべも長い長い、ストーリー性のある夢をみていた
そしてそのストーリーが終わったときに
夢の中に突然ナビゲーターのような男性が現れた
白シャツ黒蝶ネクタイ黒ベスト姿の彼が語り始めたときに
あ
これは二、三日前の夢の続きだ
と気がついた
彼が言うには、ようやくわたしは
ひとつ目のクエスト(だかミッションだか)をクリアしたところらしい
そうなのか~、これは続き物なのか~(*^^*)、よくわからんけどすごいなー
と思ったら目が覚めたのだった
そして、夢の中では続き物だとはっきり認識していたのに
ありがちな話で、その第一話目を全く覚えていない
そして二話目であるゆうべの夢の記憶もおぼろだ
でもなんだか実らない恋と別れの話だったような気がする
そのどこにクエストだかミッションだかをクリアする要素があったのか分からないが
まだひとつ目しかクリアしてないらしいので、また続きをみるのだろうか
寝る前にゲームの世界に転生するようなお話を読んでいるせいかもしれない
今日は一日じゅう風が吹き狂っている
・・・これは現実の話
突風で家は揺れるし、砂ぼこりは春一番以上だし、外に出るとゴミが目に入る
木の枝は折れてるし葉っぱは飛び散ってるし怖くて外を歩けない
マイルドな気候が少なくなって
寒さも日差しも風も暴力的なので
良い季節だねー、なんていう時期をなかなか体験できなくなってきた

義妹にはもう怖いものがない
義妹、つまり弟のお嫁さんなのだが、彼女はなかなかユニークな人物である
ともかく何をするにも時間がかかる
いったい何時間お湯に浸かっているのか?と不思議なほどお風呂に時間がかかる
どんな大家族の洗い物なのか?と思うくらい洗い物に時間がかかる
何を手の込んだお料理をしてるのか?と疑問なくらいお料理に時間がかかる
その代わり、彼女の仕事はとても丁寧である
いい加減に間をすっ飛ばしたりはしない
段階ごとにきちんとした作業をしているようだ
彼女はまた頑固でもある
自分のやり方を変えないので、臨機応変な対応ができない(しない)
だから例えばお風呂でも
親戚が集まって順番待ちが多くても、お風呂の時間を端折ったりしない
回りはちょっとイライラするので、結局彼女を一番最後の順にすることになった
でも彼女は自分が遅いことを知っているので、最後にされても不満を言ったりはしない
それよりも、ゆっくり自分のルーティンをこなせるほうが良いのだろう
自分のやり方に固執して、人のアドバイスもあまり聞かないのだが
一度納得して行動するようになると、きちんとそれを継続する
私のようにマイブームのときは熱心なのにいつからか続かなくなる、なんていうことは少ない
えっ?まだ続けてるんだ
というようなことがあったりする
性格の長所短所はまさに表でも裏でもあるなー、と義妹を見ていると思う
ま、そういう仕様なんだから、と思って付き合っている
また、どうも新しい経験をすることが苦手なのか
慣れない銀行や役所の手続きは弟に頼りっぱなしである
そういえばまだガラケーを使っていて、別にそれはいいのだけれど
スマホはとても使えそうにないから、ガラケー壊れたら携帯は持たない
と言い切っている
無類の方向音痴でもあるので、一人で知らないところに出かけたりもしない
今度、弟が心臓の手術をすることになったが、立ち会いは息子(私には甥っ子)に頼むことにしたそうだ
義妹に来てもらったら、彼女がちゃんと帰れるか、そのほうが心配でならないからだと言う
以前にも弟は入院したことがあったので、そのときはどうしたのか聞くと
入院の数日前に、自宅から病院までの道のりを一度二人で通って、練習して覚えさせたそうだ
首尾よく病室に一人で現れたとき、義妹は誇らしげにVサインをしたのだとか
そんな義妹なので
彼女にとっていちばん怖いものは、弟に先立たれることである
弟とて経済的な手だては講じてあるわけで、そこはさほど心配ないのだろうが
それよりもともかく日常のさまざまな局面のすべてのことが不安なのだろう
このたびの弟の心臓の手術はポピュラーな術式で
弟自身はリスクの説明をされてむしろ安心した、という程度のものだが
義妹がずいぶん心配しているだろうと案じていたら
彼女はねー、もう怖いものがなくなったんだって、と弟が言う
今まで、遺されたらどうしよう、先立たれたら生きていけない
と思って怖くて怖くて不安で不安だったのだが
そうだ、遺されそうになったら一緒に死のう!と思いついたそうだ
私はもう決めたから
Dちゃん(弟のこと)が死んじゃったら私も死ぬことにした
そうやって決めたら、もうなんにも怖くなくなった
そうか、怖いものがなくなったんだー、良かったねー
って話
私の義妹のユニークさは、まだまだ奥が深かった












