本日も、読んでいただき有り難うございます。

 

 

さて、

 

去年1年かけて

Inner Belly Danceというジャンルを作りました。

 

その背景には、私の半生におよぶお付き合いの

 

子宮内膜症

 

があります。

 

今日はそのお話を、しようと思います。

 

 

子宮内膜症

本来、子宮の内側(内腔)にある子宮内膜が違う場所に発生してしまうことで、月経痛をはじめとする疼痛と不妊がおもな症状です。 腹膜、卵巣の深部、あるいは臓器の癒着などといったさまざまな状態を起こします。

http://w-health.jp/caring/endometriosis/

 

 

女性は、思春期から毎月、月経という

子宮内膜が剥がれることによる、出血があります。

 

子宮内膜症は、その過程で蓄積される婦人科疾患です。

 

子宮内膜症については、

今後こちらのブログで細かく説明するとして

 

今日は、私の子宮内膜症の歴史を綴っていこうと思います。

 

 

私は、日本の短大卒業後、アメリカのカンザス州に留学し、

イリノイ州で働き、帰国しました。

 

アメリカでは健康診断がなかったので、

 

あ、婦人科系って一回も受診してないや

 

と、ふと思い、就職活動の合間を利用して

近くの産婦人科に行きました。

 

23歳の秋、でした。

 

 

私の月経は、周期もほとんど乱れる事なく、生理痛も人生で2度しかなく(アメリカで初出勤後最初の生理と帰国後最初の生理の時のみ)、毎度腰は重くなりはしましたが、

量も多くなく(その当時はそう思っていた)、軽い方でした。

 

なので、子宮内膜症の症状として挙げられるこれらの中では、

 

・生理痛、下腹部痛

・過多月経、レバー状のかたまり

・吐き気、嘔吐

・排便痛

・性交痛

・不妊

 

たまに排便痛、性交痛くらいでした。

 

 

当時その病気の事も知らず、

生理に対して辛いとも思ってなかったので、

何故婦人科に行こうとしたのは今でも謎です。

 

まさに、思いつきの行動

 

今考えると、子宮と卵巣のメッセージだったのかなー

とも思います。

 

 

さて、検査にてエコーで調べてみたところ、

なんと、左の卵巣が腫れていました。

 

通常卵巣は2-3cmなのですが、5cmくらいだったのかな。

 

予想外の結果。

 

お爺さん先生は

 

大きくなったら手術だね

様子見ていきましょう

 

と。。。

 

 

全く心の準備がされていないところに、衝撃の事実。

 

そのままフラフラと受付に戻り精算を待つ間、意識は朦朧。

 

名前が呼ばれて立ち上がった瞬間

 

ショックによる卒倒

 

 

帰宅後、母に報告する時、

赤ちゃんが産めなくなるかもしれない、と

悲しくて悔しくて泣きじゃくりました。

 

まだ23歳。

未来への希望が一つ消えてしまった気がしました。

 

 

しかし、現実は働かなくてはならぬ身。

 

引き続き就職活動し、仕事が決まりました。

 

 

しかし、そこでの業務が当時の私には激務でした。

 

毎日9:15-22:00

毎月1回は終電まで

 

当然、ストレスと睡眠不足で左の卵巣は成長していきました。

 

 

春に受診した時、なんと拳大(約10cm)まで成長していた

私の左の卵巣

 

即、手術決定

 

 

私の左の卵巣は、チョコレート嚢腫でした

 

卵巣に子宮内膜が発生し、毎月そこで月経が起きるが血液が排出される場所がなく、そこに留まり蓄積。

元が血液なので、溶けたチョコレートに似た液体が溜まる状態です。

 

7cm以上が手術対象となります。

 

よって、この大きさで運動をすると、卵巣が捻られ、最悪破裂する可能性がある為、手術まで安静となりました。

 

 

手術方法は、腹腔鏡手術

 

おへその下、左右卵巣付近2箇所、合計3箇所をそれぞれ1-2cm切る方法です。

傷が小さいので、術後の回復が早い手術です。

 

 

が、術後は相当痛かった!!!!!

 

 

数センチでも筋肉を切っている為、

くしゃみや咳なんてしたもんなら瞬時に地獄

笑っても地獄

 

 

出産の痛みが嫌だから帝王切開という方もいますが、

そんな事全くないよ。。。、と心から言えます。

 

 

入院は1週間。

 

先生は、

左の卵巣の半分を切って、もう半分を残してくれました。

 

退院時に手術した動画を見ながら、説明を受けました。

卵巣を切った瞬間一気に流れ出るチョコレート色の古い血。

そこをきれいに洗浄してくれるところも。

 

初めて自分の中を見た瞬間でもありました。

とても不思議な気分で、画面を見つめていました。

 

 

その後は、リュープリンというホルモン注射を半年間、毎月打ち、その後はピルで月経の出血量を少なくしていきました。

 

ホルモン注射は筋肉注射の為、かなり痛い。

 

その働きは、また子宮外の内膜で月経が発生しないよう生理を止める作用があり、身体を閉経している状態に持っていくため、

副作用がとても辛かったのを覚えています。

 

 

私の副作用のメインは「ホットフラッシュ」でした。

 

 

ほてりが来る前、いきなり予兆があります。

そこから急に暑くなりだし、汗が吹き出します。

 

電車で寝ている間も、「予兆」が来ると

ハッと目が覚め、いきなり汗をかき出す私

 

当時24歳。更年期障害はないはずの年齢。

とても恥ずかしかったし、そのストレスとの戦いが辛かった。

 

 

そして、ピルを飲んで半年に一度検査に行くという

子宮内膜症とのお付き合いが、始まりました。

 

 

 

これが、私の子宮内膜症のプロローグです。

 

 

長くなりましたので、その後は別に記します。

 

 

全ての女性に、子宮内膜症疾患の方々に

愛を込めて

 

続きはこちら下矢印

子宮内膜症とのお付き合い② -術後の10年-

子宮内膜症とのお付き合い③ -術後の10年-