固定観念か 思い込みか 環境はその人をつくっていこうとする。 | からだとこころのつながりで良くなっていく

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心を守るために身体はいろんなサインを出してくれている・・・。


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あの当時 幼稚園の頃 大きな行事で代表に

選ばれた時 幼稚園でひとりの保護者が

騒いでいました。

 

私が代表になったことがおかしいと

苦情を言っていたのです。

 

理由は 私の環境。

 

片親だから・・とか

母親が水商売をしていて いろいろな

人達が家に出入りしているから・・とか

 

どうしてうちの子が代表に選ばれなくて

そんな子が 代表になるなんてありえない!と

大人が叫んでいる声と 私を睨むその目の

記憶があります。

 

小学校の時は 学校の行事など

何も一切参加しない母親の様子が

申し送りされている様子で

すべての行事に 身内のいない

一人きりの私の事を

気にかけてくれた違うクラスの先生や

友達の親達などは 根掘り葉掘り

聞いてくることもなく

ただ 一緒に食べよ、とか

こっちにおいでよ とか声をかけてくれました。

 

気にかけてもらって嬉しく

そのおかげで外では 誰かがいてくれてるから

それが安心で楽しいひと時ですが

 

結局 その人達がそれぞれの守るべき所に

戻っていく姿を見送り

そこに私の存在が無いし

自分自身は 一人きりの家に戻るか

母親がいると その日の機嫌はどうなのか・・

だけなので

なんとなく・・さみしいな・・。

という孤独感が残りました。

 

小中高と学生の間 どの担任の先生も

協力的でない母親のせいなのか

ややこしい というか 面倒・・というか

あまり関わらないようにする先生や

意地悪な先生もいましたので

 

直接接してくれる人の中で

信頼をおける人に巡り会えなかったのは

残念だったな・・と思います。

 

他には保健室の先生なのか 役員の人なのか

子供の私にとって全然知らない人たちがいろいろ

同情するように私によってきて

なんだかんだと家の様子を聞きますが

決して直に母親に接しようとしない人達でした。

 

そんな人達は 私に気持ちを寄り添っているふうには

しますが 何かしてくれるでもなく

様子だけ聞いてわかったような顔をして

いたわっているふうで・・・

あっ・・この人ひとりで勝手に心のなかで

盛り上がってる・・・。

涙流しながら私を見るその姿は

私には届かず それは私をみているのではなく

自分より弱い立場の人を見て 同情している

自分自身が好きなんだろうなっていう

大人も多かったです。

 

なんて冷めた目でみてる子供なんだ私は・・。

って思ったりしますが、

 

人の愛にきっと飢えていた私は

なんの条件もなしに

私を思ってくれている人の心は

スッと感じ取れるぐらい

アンテナを立てていたのかもしれません。

 

母親は分け隔てなく誰にでも

怒鳴ったりするので 周りの大人達は

結局怖がって こっちのことよりも

その人達自身の自己保身になります。

 

だから 私は余計に

その時の環境では 出会う人が限られていたんだと

今はわかりますが

周りの人に 信頼できる人が少なく

自分の居場所はその時家しかないから

母親が私に言う言葉通りに

私には母親しかいないんだ。

と思うしかなかったのです。

 

他人は誰も助けてくれない・・・

あの頃はそう思っていました。

 

よく言われたのが

どうしてグレないの?と よく言われていました。

 

グレて 反抗している方が

ある意味素直な反応なんだと思います。

 

でも 周りが思ったように

世間の波か そうなるだろうというのにのって

反抗してもその人達の心は

決して私を思っていないし

ほらやっぱりと その人達の思ったままの状態

になるのが嫌で

 

環境やこの親にはこういう子供が当たり前みたいな

思い込みか固定観念で判断され

 

そうなって 当たり前とまで言われて

興味か好奇心か・・の部類に対して

普通そうよなんていう人達の思うように

なることのほうがバカらしい・・って

思っていた私がいました・・・。

 

 


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