52、魂の自由と自己責任 | 綾小路有則のスピリチュアル・レポート

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こんにちは。(^^)


レポート「希望の産声」に K さんから以下の
コメントを頂きました。



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Kさんからのコメント



「先日あるスピリチュアル勉強会で伺った話によりますと、

 ハイヤーセルフ(高次元意識)は 、魂の学びのために、

 色々な人に、色々なことをさせているというものでした。

 良いことも悪いことも、

 何と殺人なども、みんな神仏からやらされているというお話でした。

 最近多くの子供への殺人は、

 神仏からの何か大きなメッセージが隠されているように思います。

 何かを私達に教えるため、多くの子供の命が犠牲になているように思うのです。

 あやんさんはどう思われますか?」



様々なスピリチュアルな思想書がありますが、
地上で起きる「悪」の現象について、上記のように説明している書籍を拝見することがあります。


ただ、


「地上で現われる全ての事象が、全て神さまの計画通りであり、

 どんな殺人も、戦争も、全て御心のままに行われている」


という思想を薦める方は、スピリチュアル思想界の中では、少数派 です。


解釈の仕方にもよるのですが、もし、


「悪すらも、神さまが行わせている」


という解釈をされているのでしたら、それは間違っています。


なぜなら、人間が起こす悪行が、
全て神さまによって操られているならば、地獄に落ちて罪の償いをする魂がいることは、不条理だからです。


地獄に落ちて、自分の心の垢落としが完了するまで、
天国に還ることが許されないということは、


「生前、思ったことと、行動したことの責任は、

 神さまにあるのではなく、その人個人にある」


ということを表わしています。


です
から、「地上に起こることは、全ての神さまの御心のもとに行なわれているので、悪というものは存在しない」という考えは、間違い であります。



人類を幸福に導いてきた、
世界的宗教の考え方は、


「神は人間に自由を与えたが、自由には責任が伴う」


という考えをとっています。


お釈迦さまやイエスさまが訴えていたことは、



自己責任



の大切さです。


さらに、仏教やキリスト教が生まれるずっと前の「
古代エジプトの宗教」「古代ギリシャの宗教」「古代インカ帝国の宗教」「アトランティスの宗教」「ムーの宗教」…


何億、何十億という人々を幸福に導いてきた実績のある宗教は
全て、「自己責任」「自助努力」という考え方を大切にしています。


そして、


「清らかな心で祈り、神仏から他力を頂き、

 現われた結果においては真摯に受け止める」


という、


「人事を尽くして天命を待つ」


姿勢を説いております。



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自助努力と自己責任



これは宗教ではなく、もっと身近な問題に置き換えて考えると、わかりやすいかもしれません。


たとえば、もし、


「子どもが悪いことをするのは全て親の責任だから、

 子どもを絶対に責めてはいけない!」


ということが常識になったら、本当に子どもたちは幸福になれるのでしょうか?


そうではないと思います。


悪いことをしたら、親は叱ります。


そして、それが、なぜ悪いことなのかを教えます。


そうすることで、子どもは学習し、
自らの考えで、自分が行っていることが良いことなのか悪いことなのかを考え、行動し、成長していきます。


こうして「自己責任」を旨として育った子供は、将来立派な大人になっていきます。


一切の責任を親に求めて育った子供は、社会に出てから使いものになりません。


自分の意志で動くことができず、自分の意志で責任を取ることができない大人は、言葉は悪いですが、「でくの坊」でありましょう。


これほど、「自己責任」「自助努力」という姿勢は、人類にとって重要なスタンスなのです。


神さまは、数千年に一度、救世主をこの世に送り込み、人間が天使に成長していくため教えを与えてきました。


そして、その教えを選ぶも選ばぬも、人間の自由意志に任せました。


間違えたときには責任を取らされるが、間違いに気づいて深く反省をすれば、何度でもやり直しができる永遠のチャンス(転生輪廻)を与えて下さいました。



このことについては、お釈迦さまが「指月のたとえ」として、ご自身の言葉ではっきりと残しています。



「私は、あの月をあなた方に指し示すことはできるが、

 月を見るか見ないかは、あなた方の自由意志に任せている」



これは、




「私は、人々に教えを示すことはできるが、

 その教えを魂に 薫習(くんじゅう)し、菩薩への道を歩むか、


 教えを無視して、悪魔への道を歩むかは、各人の自由である。

 私が霊能力を使って、あなた方を悟らせてしまうことは許されないのだ」



という意味です。


まさに、
「自己責任」と「自助努力」の姿勢でありましょう。


また、「家庭は社会の縮図」といいますが、
家庭内で起こる善悪を日々観察していると、神さまが世界をつくられた意図がよくわかってきます。


現代は、善悪の価値基準を法律で決めていますが、
元はといえば、善悪の価値基準は、宗教が提示してきた思想です。


それを時代の偉人達が、
政治に生かし、教育に生かし、哲学に生かし、人類が具体的に活用できるようにアレンジしてきたのです。


そういう意味では、
太古からあった本物の宗教というのは、現在あるような如何わしいイメージではなく、政治、経済、哲学、科学、医療、教育、芸術等の上に立ち、それらが進むべき方向を指し示した、「教育の原点」であったと思います。



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人間は
善悪の判断基準を、何となくではありますが、幼い頃から持っています。


それは、何万、何十万、何百万回も転生輪廻を繰り返し、
潜在意識にそれをインプットしているからです。


何百万回という転生の中で、
深くそれを刻み込んで来た人ほど、神仏に対する信仰心が自然に表れてきます。


これは人間が持つ
「信仰の本能」と呼ばれています。


近代、
宗教の評判は悪いのは、様々な邪教が現われてきたからです。



邪教の特徴は、不幸の原因を他の責任に置き換えようとする点にあります。



「あなたが不幸なのは、先祖が苦しんでいるからだ…」



そうではないでしょう!


確かに先祖が成仏できていなくて、憑依されているために
起こる「障り」というものはあります。


しかし、
「波長同通の法則(引き寄せの法則)」に則って、清く正しい波長を常に発信できる心となったときには、不成仏霊たちは、近づくことすらできなくなります。


また、先祖が、


「私が地獄で苦しんでいるのは、あなたが供養してくれないからだ」


と言ってきたら、それは本当に正しいことでしょうか。


その方が天国に還れない理由は、
死んでからもずっと、全てを「人のせい」「環境のせい」「運命のせい」にしていて、自分の非を改めないからです。


人を恨む心、
人のせいにしようとする心をそのままにしているからです。


もし、神さまがそういった方々に同情し、彼ら全員
を天国に引き上げてあげてしまったらどうなると思います?


そこは「天国」ではなく、「地獄」になってしまうでしょう。


神さまが人間を創造した際に、人間に「自由」を与えた理由は、


人間が「自己責任」「自助努力」の精神でトライすることで、「
魂が成長する喜び」を感じてほしかったからです。


人生の「問題集」を解き間違えた場合は、「地獄」という補習授業を与えられますが、


合格点を取って天国に還れた場合には、魂が、




進化


できる喜びを与えたのです。


「善」を取って「悪」を捨て去る魂修行を通して、



調和


という喜びを感じとって頂きたかったからです。



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神さまが人間にお与えになった、「自由」と「自己責任」の関係は、マイミク「ゆめくん」さんの翻訳著書、



※ 天国と地獄―アラン・カルデックの「霊との対話」



 アラン・カルデックの「霊との対話」 天国と地獄II



をご覧になると、よくわかります。



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他にも、お薦めの書籍があります。



※ 誰もが知りたい 死後の真相



この本は絶版になっておりますが、Amazon なら購入できます。



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スピリットランド 地上と霊界の純愛物語



天使の助けを受けて
地獄から天国へ還っていった、ひとりの霊人の感動物語(実話)です。




ただ、地獄の描写が生々しいので、恐いのがダメなの人には、お薦めしません。(^^;



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最後に、「
悪とは何でしょうか」という質問の答えですが、



「悪とは神さまがつくられた存在ではなく、

 また、人間の魂の中に含まれる性質でもなく、

 人間が自由を手に入れたことによって生じた対人関係の ゆがみ 

 自由と自由が相克することによって生じた ひずみ である」




という説が、最も有力であると言われています。


そして、悪が存在を許されている理由は、
悪が地上の人間の精神を鍛える「砥石」となっているからです。


つまり、悪とは、
人間がつくったものではありますが、教育的方便として、その存在を許容されているのです。


従って、



神さまは、悪が存在することを良しとしているのではなく、

人間が悪をなくしていこうと努力することに、

「存在意義」を認めているのです。




合掌…。(_ 人 _)




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