48.残るものと去るもの
ジャスティーはコウテンのマントをギュっと握りしめ、ただ黙々と歩いていた。イリスからもらった王族のマント。しかし今はそれもボロボロになってしまった。
イリスが怖がっていた城の裏側のさらに奥へと向かう。未開の地。コウテンに突入したとき、城に入ったとき、ジャスティーは特別なものは何も感じなかった。ただ未知なる場所へ飛ばされたと感じただけだった。でもなぜだろう。今、足を踏み入れているこの土地が、懐かしく感じる。コウテン王都から離れるにつれ、懐かしさと呼べるものも感じる。
俺は一体どこからきたんだろう? ジャスティーはなんだか泣きたくなった。アスリーン、ごめんなさい。そしてなぜか心の中でそう言った。
みんな、ごめんなさい。ミズは、きっとバカみたいに心配してくれてんだろうな……。でも、俺はもう人を殺してしまったから。真実がどこかに隠されているのなら、それを見つけるためにすべてを投げ捨てなければならないと思うんだ。
ジャスティーは強い眼差しで自分の進むべき道の先を見据えた。
「総長、退きますよ」
アスレイが見計らって言った。そろそろ離れないと、おそらくあの男女が血相抱えて再びやってくるぞ。
「待て、まだ……」
レイスターはそれを止める。大事な者たちが戻ってきていない。
「そうよ! まだ隊長すら……!」
ハルカナもこの場を動きたくないようだ。
「ライラ隊長が一緒ならここまで無事帰ってこれる。この母艦が沈めばもう終わりなんだ。早く撤退して、いい拠点をみつけましょう!」
アスレイは冷静さを少し欠いたように言った。場がピリッとする。
「ミズも……!」
それでもハルカナは言う。
「ミズさんも一人で帰ってこれる!」
「無理だよ!」
ハルカナは叫ぶように言った。
「どういう意味だ?」
レイスターはハルカナに問う。
「いや……」
ハルカナは口ごもった。
「フラニーもミズも途中から行方がわからなくなったんだ。だから……」
ルイが間に入ってレイスターに伝える。
「ならなおさらだ! 待ってられない。ミズさんでもそう言う!」
「しかし……」
食い下がるのはレイスターだ。
「総長! みな、誰かの息子たちなんだ」
アスレイは言った。俺たちまで殺す気か? アスレイはレイスターに無言でそう問いかけていた。
「いや……」
レイスターはその言葉で目が覚める。
「みんな私の息子たちだ」
そしてそう言った。
「撤退する。ライラとバインズ、ミレ―、アリスは一緒だ。大丈夫だろう。通信も繋がる」
「レイスター!」
ハルカナはまだ納得がいかないようだったが、レイスターとアスレイが正しいことは一目瞭然だった。ライラたちはほっといても帰ってくる。でも……。
「ハルカナ、信じよう」
ルイはハルカナの肩を掴んでそう言った。ルイもハルカナと同じだ。コウテンにきて、すぐにはぐれてしまった兄弟と、今すぐにでも会いたい。でも、信じるしかない。
『おい! さっさと退け!』
そこに乱暴な命令が響き渡った。
『何をちんたらしてんだ!』
『すみません』
ため息をついてアスレイが応答した。
『目視できるぞ。さっさと行け! 俺たちはすぐに追いつく。あのいたらん白い蛾どもが飛んでくる前に、この場所から撤退だ!』
もちろんライラからの指示だった。
「ダリアさん」
アスレイは冷静を取り戻してダリアの名を呼んだ。
「はいはい。やっとね。ハート! 360度確認放射。その後反転!」
「了解ですっ!」
スペースシフターは向きを変えた。それでも……、
「やはり……!」
レイスターの口が動く。
「おせぇぞ! さっさと退け!」
通信ではないライラの声が聞こえた。レイスターが反射的にその声の方へと顔を向ける。そこには、黒い制服に血を滴らせたライラが立っていた。
「ほら、アスレイ」
転回して、無事に王都から離れたスペースシフター。束の間かもしれないがとりあえず戦闘から解放された。
「これは……」
副長席に座るアスレイにライラはコウテンの地図を渡した。
「城でパクってきた。お前ならわかるだろ。拠点を見つけてくれ。広大な星だからな。どこかめぼしいところがあるはずだろ」
「わかりました」
「おい、レイスター」
次にライラはレイスターのところへ行く。
「……」
レイスターの落胆した心はライラにも通ずる。しばらくライラはレイスターをじっと見た。レイスターは自分の指揮能力のなさをライラに責められると思ったし、それをむしろ望んですらいた。自分の情けなさしか感じない。
「すまなかった」
レイスターはその言葉を聞くと驚いて顔をあげた。
「すまなかった」
そしてレイスターと目を合わせてもう一度言った。
「……ラ」
そしてレイスターの言葉を聞かぬまま、素早くその場から離れた。
「違う……。謝るな……」
レイスターはライラの言葉を聞くと、余計に自分を恥ずかしく思った。覚悟をしろと、みんなに、子どもたちにあれだけ言ってきたのに……。覚悟ができていなかったのは……。
「ライラ隊長!」
ライラはレイスターと別れた後、すぐにハルカナに呼び止められた。
「知らん」
質問を聞く前からハルカナに冷たく言い放つ。
「違います!」
ハルカナはムッとして言った。いつものように遅れてルイも登場した。
「アリスはどうしたんですか?」
その問いに、ライラは一瞬固まった。
「?」
そんなライラを不思議そうに覗き込むハルカナとルイ。
「ねぇ、バインズもミレーも部屋からでてきてくれないの! もしかしてはぐれちゃったの?」
「……んだ」
2人の澄んだ目を見て、ライラは無表情に呟く。
「え?」
でもその声は小さい。ハルカナは聞き取れなかった。
「死んだ」
今度は聞きとれるぐらいの声でハッキリと言った。今度はハルカナとルイが固まる番だった。ライラは暫くそこに立っていたが、2人が何も言えない様子を見て、顔をそらして歩き出した。
「まっ、待って……」
『ハルカナ、大丈夫だよ』
優しく微笑むアリスの顔が浮かぶ。コウテンに入ってからは、アリスの凛とした強さが特に際立っていた。
『ジャスティーはきっと大丈夫』
「それじゃ意味ない……」
アリス、あんたも大丈夫じゃなきゃ意味ない……。
「この目で確認した」
振り返りざまライラはそう言った。
「じゃあ、アリスを置いてきたんですか!」
ハルカナの行き場のない思いはなぜかライラの淡々とした態度に向けられた。ルイは反応さえできていなかった。いつもならくってかかるハルカナを止めるのはルイの役目だ。
「……あのバカに言え」
ライラはそう言い放つと、ハルカナから顔を背け歩き出した。
「ど、どういう意味ですか!」
ハルカナの声、ライラは無視した。
「隊長! ジャスは生きてるんですか!」
もちろん、ライラは何も答えなかった。ライラは通路を曲がり、その姿は見えなくなる。
「そうだ、あのバカが死ねばよかったんだ……」
茫然としているハルカナとルイの後ろから、恐ろしい言葉が聞こえた。
「なっ!」
許さない! ハルカナは鬼の形相で振り返ったが、そこには、その残酷な言葉を発したはずの憎むべき人物はいなかった。
「バインズ? どうしたの?」
ルイはそこに立っていたバインズを見るなりそう言った。
「……っ」
泣き崩れるバインズ。
「どうして泣いてるの?」
ルイも泣きそうだった。ああ、そうか。本当に……アリスは……。
「バインズ! 嘘だよね! ライラ隊長は嘘ついたよね!?」
ハルカナはバインズの肩をつかんで揺さぶった。
「嘘じゃねぇよ!」
「嘘だ!」
「嘘じゃねぇよ! お前の大好きなお友達もきっと死んでるだろうよ! あいつを少しでも信頼した自分が恥ずかしいぜ!」
バインズはハルカナの手を振りほどいた。
「バインズ……」
3人は、その場で立ちすくんだまま動けなかった。
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