47.前線離脱

 

 

 ことは違う流れに飲み込まれている。
 当初コウテンに来たときとはそれぞれの思惑も立場も行動も、どことなくズレを生みだしそれがだんだんとひどくなっている。
 レイスターは特別に敏感ではないほうだが、いや、どちらかというと鈍感な部類に入るだろうが、そんな彼にも嫌な予感というものはあった。
 前線は混沌としていた。最大の主戦力として登場するはずだった母艦、スペースシフターも、♠たちの退却の補助にまわる。

『レイスター! 一旦引いて立てなおす! いいか? おい、他の奴らも聞こえてるか!?』
 ライラの声が激しく響く。
『……、ああ、ちゃんと外で待機してる。すぐ傍だ。なんだかコウテン側もこちらには目もくれない。一体何があった?』
 レイスターがそう問う。
『詳しくは後だ。いいか? 俺たちを殺すんじゃねぇぞ。突撃しろって言ったことは忘れろ。状況が変わったんだ』
『それは大丈夫だ。ミズから連絡をもらってる』

『ミズ?』
 ライラは疑問を唱えた。
『一緒じゃないのか?』
『……一緒じゃない』
 呟くようにライラはそう返事をした。
 なぜ、ミズがスペースシフターの城外待機を命じたんだ? ここで起こっていることは、ついさっき起きたことで、数人しかそれを目の当たりにしていない。

「ライラ隊長! 出れます!」
 ミレーがそう言った。
「ああ。俺は……」
 そこはミレーたちがスピードを置いて侵入した場所。ライラのスピードは壁に激突したかたちとなって大破した。
 母艦から援助をもらおうと思ったが……。そんな必要はない。
「……アリスのスピードで帰る」

「……、っ」
 バインズは唇を噛みしめ涙を堪えていた。ミレーもまた複雑な心境だった。だけど、しょうがない。アリスを連れ帰るスピードを、ここに置いていくことにはもうなんの意味もない。
「……ジャスティーは……」
「その名は言うな!」
 ミレ―がジャスティーの名前を口にした瞬間バインズがカッとなって叫んだ。
「でも……!」
「いい。あいつは……、あそこからは姿を消していた。今どうこうできる問題じゃない。俺らは素早く戻るぞ」
 ライラは冷静にそう言った。それはバインズをなだめるようでもあった。

 「レイスター! ……じゃない、総長!」
「ルイ! ハルカナ!」
 一足早く着いたのは、バートンの助けをかりて母艦へ向かっていたルイとハルカナだった。少しの間しか離れていないはずなのに、随分と久しぶりにレイスターに会った気がした。それはレイスターも同じだった。
「無事だったか。よかった」
 スピードから降りた2人はすかさず指令室へと入る。操縦桿を持って中央にいるのはアスレイだった。その後ろ姿をちらりと横目にルイは捉えていた。
 あの場所、ミズの場所。なんとなく、そうルイは思った。
「攻撃には出ないんですね。いまいち状況がわからなかったから……」
「早く戻ってこれて良かったな。場合によっては誰かを捨てて撤退する」
 そこにアスレイの抑揚のない声が合槌をうつかたちとなって聞こえた。
「ちょっと! まだ誰も帰ってきてないし! 攻撃もしてないし!」
 ハルカナは興奮まかせにそうアスレイに怒鳴るように言った。
「言いたいことは、落ち着いてから、このウインドウから見える景色を見、判断してから言ってくれ。これは♠の副官と隊長の判断だし、俺ももう従うよ」
「それって、ミズとライラの判断で引くって言うの? 順調だったのに……」
 ハルカナのその言葉を聞くとアスレイはふっと笑った。悪気はないが嘲笑のようなものとなってしまった。
「順調? 見てよ」
 アスレイは指でハルカナとルイの目をスペースシフターからの視界と同化させるようにウインドウへと導いた。そこから見える風景。

 混沌。

「……何? これ」
 ハルカナは呟くようにそう言った。思わず声に出てしまった、と言った感じだった。
「……俺にもわからないな、この状況。成功したのか? だがどうも違うような気がする」
 スペースシフターが突入するまでもなく、コウテンの城は崩壊による白い煙をところどころから上げていた。それは何によるものなのか、ということが問題だった。
「……でもこれって、勝ったってこと?」
 ルイは明らかにダメージは受けているコウテン城を見ながらそう言った。
「いや、キングは死んでない。それにライラたちは言った。『退却』するって。それは、目的が達せられたことではない」
「じゃあこれは……」
 耳を澄ませば喧騒の中からサイレンの高音も聞こえてくる。
「何かが起きた。想像できなかったことが。みんなが無事に帰ってくるまで何もわからない」

「とりあえずは、全員の帰還を待つ」
 不安を顔に表す2人の背中から、レイスターははっきりとそう言った。
「大丈夫だよ」
 そこにひょい、と軽い声が聞こえた。それに素早く反応したのはルイだった。
「……あ!」
 ルイはシスカの顔を見た。にっこりとほほ笑んでいるシスカ。
「シスカ!」
 ルイはシスカに抱きつくように飛びついてしまった。
「シスカ……」
 ハルカナもほっとしたように力なくその名を呼んだ。
「はは、大袈裟」
 抱きつかれたシスカは嬉しそうにそう言った。
「スペースシフターと共に突入するつもりだったんだけど、見ての通り状況が変わってね。一足早く戻ってたよ」
 アスレイのどこからとなく感じる余裕はこれか……、とルイは思った。とりあえずシスカは無事。
「……コホン!」
 そこでせき払いが聞こえる。
「ランドバーグ!」
 ルイは優しいから、とりあえずランドバーグの無事を喜んであげた。


 

 

 

 

「ミズ! ねぇ! 撤退命令をだしたんでしょ? 早く帰りましょうよ!」
「はは、フラニー普通に喋れるんだ?」

「ッ……。そう……かもしれない」
「本当の自分なんて、よくわからないよね。別に、いいんじゃない? 自然にしてれば」
「……な、何かが、何かがおかしい……」
 フラニーは右手で左腕をさすりながら言った。
「うん、おかしい」
 ミズはそれに賛同する。
「何が起きたんだろう。何か、予想外のことが起きてる」
 ミズはまだ、ジャスティーのことを知らない。そして当然、この城内で起こっていることも把握できていなかった。

「ミズ!」
 フラニーは叫んだ。
「ねぇ、だから帰れって言ったのに。何があっても知らないって、そう言ったよね?」
 目が合ったフラニーの体に鳥肌が立った。
「ミ……ミズ」
「あ、ミミズに戻った」
 淡々とそう言った。緊張感がない。
「……そう……だった。ミ、ミズ。ミズと一緒なら、どうなってもいい」
 そのフラニーの言葉にミズはぽかん、とした。そして似合わず嫌らしく笑ってしまった。フラニーは下を向いていたので幸いか不幸かそのミズの笑みを見ることなくすんだ。
「……そう。フラニー、僕は、うれしいかもしれない」
 その言葉にフラニーは、桜の花が小さくパッと咲くように、薄ピンク色に頬を染め、女の子らしい可愛げのある表情を初めてしてみせた。それはとても魅力的だった。女の子が恋をしているという特権のもとでしかできない優しく可憐な表情だ。

 しかし、その表情は、最初で、最後のものとなってしまうことを、フラニーは知らなかった。本当は、誰よりも純粋なのかもしれないフラニー。
「スペースシフターは一旦撤退するよ? だけど僕は戻らない。ネスのためにも、戻らない。新たなる計画を思い出したからね。君も、ここに残るのかい?」

「も、もも、もちろん」

「わかったよ」
 やれやれ、しょうがないなぁ、ミズはそう思った。


 

 

 

 

 

 

 

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