人の人生には、どうやっても他者が立ち入れない領域があります。
どれほど願い、手を伸ばし、必死で守ろうとしたとしても、すべてを思い通りにすることはできません。
今だから知っていることを、過去の自分に重ねて、「あのときこうしていれば」「なぜ気づかなかったのだろう」と考えてしまいます。
だけど、何を感じ、どんな思いで日々を過ごしていたのか。
どんな理由や背景があったのか。
それを完全に理解することは、どれほど近しい関係であっても、本人以外にはできません。
本人とてわからないこともあるでしょう。
「わかりたい」と必死に願い、「わからない」ことに悶える壮絶な苦しみと悲しみ。
それでも、自分の中に絶えず湧いてくるすべての感情と向き合い続けるうちに、現実を少しずつ受け入れられるようになってきました。
あの日から4年が経ち、
「受け入れる」とは、すべてを納得することではなく、理解しきれない部分が残ったままでも、そのすべてを抱えたまま生きていくことなのだとわかりました。
私にはその力(ネガティブケイパビリティ)が育っていっている。
人が亡くなっても、その人との関係は終わらない。ペットも同じだと思っています![]()
時の経過と共に、思い出の質が変わり、距離感が変わり、痛みのあり方が変わっていく。
寛太は、これからもずっと私の心の中に生き続けていきます。
クライアントのAさんから頂いた元気をもらえるビタミンカラーのお花
Mちゃんが届いた哀しみの癒えるホワイトカラーのお花
母から届いたかわいいスプリングカラーのお花
そして、私が選び、寒さに震えながら夫が植えた庭のお花たち![]()
ネガティブ・ケイパビリティ:わからないことに答えを出そうと急がず、不確かさや矛盾、割り切れなさをそのまま引き受けて生きる力のこと。
本来、人は理由や意味を求めがちですが、世の中にはどれだけ考えても説明しきれない出来事があります。
ネガティブ・ケイパビリティは、そうした「理解できなさ」を失敗や弱さとせず、無理に結論づけずに、問いを抱えたまま立ち止まることを許す力であり、そのような経験を重ねていく中で静かに育っていく能力です![]()
