昔はいつでもどこでも誰に対しても笑っていましたウシシ

ずっと笑っているから、ほっぺたが痛くなりました。

 

誰からも嫌われたくない。みんなに好かれたい。

これが非現実的な願いだと頭では分かっていても、納得はしていませんでしたショック

そんな私を八方美人だと言う人もいました。

 

今思えば、あれは「好かれたい/嫌われたくない」という願いを越えた「好かれていなければいけない/嫌われてはいけない」という強迫観念でした。

 

誰にだって好みもあれば、その日の気分によって変わる態度だってあるのに。

本当は、私にだって好みも気分もあるのに。

 

私が「かわいいラブラブ」と思う犬や猫をみんながかわいいと思うわけじゃないし、私が「すごく美味しいラブ」と思うお菓子をみんなも美味しいと思うわけではないのに。

それと同じように、私がどんなに努力しても頑張っても、そんな私を「いいなニコ」と思ってくれる人もいれば、「イヤだなえー?」と思う人もいるわけで。

 

もっと言うと、世の中は、「好き(○)」でも「嫌い(×)」でもない、つまり、「ふつう/どっちでもない/どーでもいい(△)」と思う人やコトの方が、○や×よりも圧倒的に多いのに。

 

でも、当時の私には△の概念が全くなかったんですあせる

YesかNoか、頑張るか頑張らないか、正しいか間違っているか、痩せているか太っているか、などの○か×の二者選択の思考しか持っていませんでした。

それでよく生きてこれたなぁと思います...汗

 

ずっと、「私は何の取り柄もないブスなんだから、人を不快にさせないようにいつも笑顔でいなくちゃ!嫌われないようになんでも頑張らなきゃ!」って思っていました。でも、これって△の人には全く通用しない無意味な頑張りだったんですね...

 

「人はそれほどあなたのことを見ていないよ」という言葉の意味もやっと納得できました。

人の評価が気になる私にとって、他人の一挙手一動を気にすることは「極々当たり前のこと」だったので、他のみんなもそうだと思っていたんです。でもみんなは違ったんですね。

私が「今日の私、どう思われたかなぁ?」と気にしているとき、相手の人は、私のことなんてすっかり忘れて美味しいものを食べたりしているんですよねニコDASH!

 

世の中には○でも×でもない、好きでも嫌いでもない、至極曖昧な△という概念があることを知った時、そして、好かれていないからといって嫌われているってコトじゃないんだということを知った時、もう八方ブスはやめようと思いました。←これは、あや相談室の7月のひとことに書いたパラダイムシフトの1つです)

 

八方ブスをやめたら、強迫観念(ちゃ!きゃ!)がなくなり、生きることがすごくラクになりましたラブラブ

 

今は、心から笑えていることを実感できて、結局ほっぺたが痛いですゲラゲラ(笑)