今朝方の朝のワイドショーでの報道も為された、ブラック・サバスのボーカリスト、オジー・オズボーンの突然の訃報。
ステージで蝙蝠をかじったり、会見で鳩の頭を喰いちぎったり、ファンサービスで驚く奇行を繰り返し「Mad Man」を演じていた。
母国イギリスでは絶大な人気を博し、国民的大スターだった。

バンドを解雇され、アルコールとドラッグ漬けに陥り、その後にソロボーカリストに転身、彼は数々の天才ギタリストを探し出し起用した。
皆様ご存じのランディ・ローズ、バーニー・トーメ、ブラッド・ギルス、ジェイク・E・リー、ザック・ワイルド........。

2011年にブラック・サバスに再加入するが、その間にボーカリストの交代劇もあった。
イアン・ギラン、ロニー・ジェイムス・ディオ........。
晩年パーキンソン病に苦しみステージ活動が厳しくなり、先日7/5のラスト・ライヴの熱演の17日後の訃報だった。


優しき家庭人で、普通のお爺ちゃんだった。


ふなっしーとのお茶目な2ショットも。


オジーは悪魔の使徒ではなく、才能に溢れた家庭人だった。
良き父、良き夫、良きお爺ちゃんだった。
最期は眠ったまま家族に看取られ亡くなったらしい。

安らかにオジー。



私が結婚してから30年に渡りお世話になってきた冷蔵庫。

結婚祝いに私の母が買ってくれた冷蔵庫。

物持ちの良さが長寿命の結果を生んだのではなく、亡き母のようにずっと家族を支えて30年間頑張ってくれていたんだね。
一般家庭だったら、「省エネ」という企業や国の思惑によって10年程で買い替えるのだろうが、買い替えで結構な出費を余儀なくされ、無駄な出費を強制させられる。
頑張れるだけ頑張らせてあげたい。
電化製品にも「魂」は宿る。
家族になって。
私達の冷蔵庫だけは正しくそうだった。
唯一、固定部の脚の異音の時に「インシュレーター」を交換しただけで30年間休まず動き続けてきた。

食品を傷みから守り、家族の食と健康を支え、見守ってきた「母親」のような存在。
私達夫婦は早くに母親を亡くし、私達の子供達にとっては「お婆ちゃん」だった。

上の息子は私の母が亡くなった1年後に産まれた。

3歳下の娘は生後1年で家内の母が亡くなり、ほとんどお婆ちゃんの姿を知らずに育った。
当時は賃貸マンションに住み、東日本大震災の時はガタンゴトンと冷蔵庫が歩き出し、それを私が倒されまいと押さえていた。
子供達はお気に入りのマンガのキャラクターのステッカーを冷蔵庫に貼りデコレーションした。

まるでお婆ちゃんと戯れているかのように。

張替可能なステッカーは再び新しい冷蔵庫に「移植」するつもりだ。
我が家の歴史を子供達の思い出とともに丸ごと次の世代へ伝えてやるのだ。
子供達は社会人へと成長し、それを見届けるかのように急に冷蔵庫は不調に陥った。
冷凍庫側は今まで通りに冷えるのに、めっきり冷蔵庫側が冷えなくなってきた。
「寿命」なのだろう。
「皆、仲良く暮らしていくんだよ。」と言いたげに。
万物すべからく産まれそして朽ちていく。
「昨日は元気だったのにね」と言われる人生を私も送りたい。


 


 



過去の日本画が生き生きと動くのを目の当たりにするのはとても衝撃的だった。
AIの進化は留まる術を知らない。

アナログをデジタルに。

江戸の絵画はモネを代表とする印象派の画家にも影響を与えた。
「ジャパネスク」。
麗しの民の国「日本」。

大いなる和の国「大和」。
外来文化に寛容でありつつも、庶民はその気高い生き方を手放さず暮らしている。

最近の難民は「旅客機」に乗ってやってくるらしい。
お船に乗ってやっては来ない。
そして日本政府は親子関係以上に親切設計ときている。
我々の領土を侵害し、国民を蹂躙しても彼等になけなしの血税を献上してやり、挙句の果てには「無罪」の恩情。
遣る瀬無い。
ごまめの歯ぎしり。

忸怩たる想い。
大和の民を救いやがれ!!

ふとそんな妄想に駆られていた。
いけないいけない。
頭を冷やして作品を堪能しようか。
一時没入して楽しい時を過ごそうか。

江戸の街に花びらが舞う。
花街の女達の嬌声が聴こえるようだ。
風鈴の音、金魚売りの呼び込みの声。
波の音、遠方には帆引き船が涼やかに滑る。

驚くべくはわが国の色彩感覚の豊かさだ。
諸外国やヨーロッパでは、原色に彩られた物品や家並みを目にするが、日本では中間色にまでそれぞれ名前が着いている。
浅黄色、薄水色、薄桃色、桜色.........。
その濃淡の差異にも一つ一つ名前が冠している。
1+1=2にならない不思議。
2.1だったり1.9だったり。
そこに美学を見出す大和の国。
日本人で良かったとつくづく思い知る。
だから、カーステやテレビのボリュームの数値の27か28の大雑把な切り分けが大嫌いなのだ。

27だと少し物足りなく、28だとデカ過ぎる。
アートの深淵の如し、全てが中間色。

 





 

さくらももこさんの展覧会最終日へ思い切って行ってみました。

年末から家内の演奏活動のスケジュールが遅々として未確定で、身動きが取れない状態だったので余暇に裂く時間が取れず、とうとうイベント最終日になってしまいました。

 

漫画家とは思えない程、まるで思想家か宗教家のような深い洞察力や優しい想いに触れることができました。

押しつけや説教臭くならずに、あくまでも自然体でたおやかな生き方の提案を作品の中で彼女は綴りました。

「トラは死して革を遺す」とは言いますが、「ちびまるこちゃん」「コジコジ」等の氏の作品はこれからも人々の記憶に刻まれ、光り輝く事でしょう。

正に佳人薄命、惜しい人を亡くしました。

清水市の「ちびまる子ちゃんランド」もいつか訪れてみたいです。

 

「コジコジ」なる宇宙の子、若しくは妖精(?)のキャラクターの考え方や感じ方はとても素敵です。

「知らないよ。全然分かんないよ。コジコジは一回も勉強ってしたことないよ。」とか「盗みや殺しや詐欺なんかしてないよ。遊んで食べて寝てるだけだよ。何で悪いの?」やら。

産まれ落ちた赤子のように無垢で純真な生き方を我々に示してくれる。

 

高額バイトというカジュアルなネーミングの文言が大手を振ってまかり通る現代。

「強盗殺人」と何故呼ばぬ?

人として犯してはならない犯罪が何故かポップに扱われ過ぎる。

 

「息を吸って吐くっ!! それが生きる道。」には私の生き方はあながち間違えではなかったと思いました(笑)。

コンプライアンスやら何やら色々と表現の自由が弾圧される時代。

芸術だけは自由!!

 

 

小学校2年生のY.Mちゃんの絵手紙。
お気に入りの「チイカワ」のイラスト入り。

Y・Mちゃんの好きなキャラ「クロミちゃん」のイラストもすみっこにちょこんと。
クリスマスの前に書いてくれたもの。
「先生!! 貼ってくれたんだ~!!」と嬉しそうな声。
寒波に見舞われた、冷え込む年末にホッコリと心が温かくなった。
あまりにも可愛いので、スタジオの壁に掲示した。
子供の突き抜けた無邪気さは、何にも替え難いご褒美。

「うただいすき!」の絵手紙。

 


昨日、有明アリーナで開催された、ブルーノート東京主宰のフェス「Blue Note Jazz Festival In Japan 2024」を観に行った。

今回はかなりの長尺のライブフェスになった。

(スタート 13:00 終演 21:10)

 

トリはブラスロックの元祖、後にAORの大御所「シカゴ」。

秋の彼岸の時期というのに、灼熱のベイエリアの会場目指して歩いた。

建物が巨大な為、目的地がよく分かる。

しかし、東京五輪目当てで急ごしらえした施設とはいえ、中抜きの温床、何でもかんでも湾岸地域に集約することはなかったろうに。

せめて会場付近に駅を造るべきだろう。

相変わらずきしむ脚を引きずって、到着を急ぐ。

 

オープニングアクトは13:00からの「キャンディー・ダルファー」だ。

女性サックスプレイヤーとして名実ともに皆さんご存じの人。

時代の寵児となり、私が稼働していた都内のジャズスクールでは、サックスプレイヤーを目指す若い女性の生徒さんが大増殖した。

そんな過去をぽつりぽつり思い出しながら、彼女のステージが始まった。

 

特に佳曲だったのは女性ブルーズギタリストのボニー・レイットの「I Can't Make You Love Me(邦題:夕映えの恋人たち)」のカバー曲だった。

米国Mojo誌では「史上最高の100曲」のリストでこの曲を8位にランク付けした。※Wikipediaより

痛みに充ちたナンバー。

音数の少ない曲の隙間をボニーの感傷的なボーカルが埋めていく。

その名曲のカバー。

キャンディーのサックスも流石だが、ギタリストのプレイが強く印象に残る。

手癖による無駄なフレーズの垂れ流しが一切なく、ギターが歌うとはこういうこと。

ボニーの源曲に彼女お得意のギターソロは入っていなかったが、見事なアンサンブル。

ソロが長かったが存分に堪能できた。

キャンディーとのキメのユニゾンプレイは正に鳥肌もの。

同行していた娘も痛く感動した様子だった。

帰宅が深夜になってしまったが、Youtubeでライブ映像を探して観ていた。
 

二番手に出演した「スナーキー・パピィ」を私は寡聞にして知らず、娘は予めチェックしていたようで、第58・59回グラミー賞の「Best Contemporary Instrumental Album」を受賞している。

複雑な曲の展開はその演奏力の裏付け。

ステージの背景に、ヘッドフォンを着けた可愛いツートーンのフレンチブルドッグのキャラクターのイラスト。

ライブ前に予め予習しておけばよかった。

消化不良な楽しみ方になってしまった。

これは今後のライブ観覧の反省点だ。

猛省せよ。

 

今回のイベントの立役者と呼んでもよいのが、ナイル・ロジャース率いる「シック」

ダイアナ・ロス、ミック・ジャガー、デビー・ハリー(ブロンディ)、デビッド・ボウイ、マドンナ、デュランデュラン、等のアーティストのプロデューサーを務めた。

切れ味の鋭い正確無比なリズムギター、ほとんどソロらしきソロをはさまない曲の持ち味を引き出す徹底したバッキング。

オブリガード的な装飾音のフレーズを、合間に4小節挟む位の奥ゆかしさ。

バンドサウンドを引き立てるリズムギターのアプローチ。

ド頭の「Le Freak(おしゃれフリーク)」のイントロのギターカッティングで、有明アリーナを巨大なディスコティックに変えてしまう。

この曲のイントロは皆さん一度以上耳にしているはずである。

総毛立つ感覚。

「カッチョイ~」思わず口走った。

シックのヒット曲のオンパレード。

そして彼がプロデュースした名曲のカバーの数々。

観客全員、満面の笑顔。

嫌が上にも盛り上がる熱量。

演奏と歌を引き立てるナイルのギター。

この人は才気走りながらも、気配りのバッキングが多くのアーティストのプロデュースにつながっているのだと強く感じた。

各々のプレイヤーの持ち味を引き出す底知れぬ力。

凄過ぎる。

 

マーカス・ミラー」のステージは、早世した仲間のミュージシャンのオマージュが泣かせる。

今年5月に辞世したデビッド・サンボーンや、伝わる所によると、最期は壮絶だったジャコ・パストリアス.......。

マーカスのグルーブたっぷりのベースのトーンが心を揺らす。

しかも!!

ゲストボーカリストの声が驚異的だった。

体格の良い黒人男性だったが、ホイッスルボイスまでも自由自在に操っていた。

ワールドクラスには隠された逸材がいるものだ。

まだまだ克己しなくては!!

一生勉強と努力、一日にしてならぬ音楽道。

フジコ・ヘミングがそうであったように、生涯を掛けて希求する。

マーカスのベースのサウンドに包まれ、神仏の懐に抱かれたような幸せで安らぎの一時を過ごせた。

 

今回のライブで特筆すべきは、どのバンドでもボーカリストが光る。

フロントマンとしての役割以上に、表現力豊かな歌を堪能できた。

演奏者が「歌っている気持ちで奏でている」スピリットが伝わってくる。

ボーカリストに寄り添い演奏している。

あくまでもチームプレイに徹している。

 

ここからは反目されることを承知で書きます。

我が国のバンドで散見されるのだが、演奏はまとまっていて手堅いのだが(楽器の低価格化が後押ししているのか)、楽器を手にして歌っているボーカリストの「片手間」が気になって仕方ない。

「ツケ・トメ・ハライ」に意識がいってないのだ。

書道のような例えになってしまったが、音楽におけるアーティキュレーション(表情付け)や、一つの音に向き合う「音価」に対する意識が希薄ということだ。

しかも、ボーカリストとして求められる声の訴求力や質感がないがしろにされている。

マーケットとしてのみ機能するカラオケ採点機の点数稼ぎに血道を挙げている、そんな風潮が災いしているか?

採点機は声の良し悪しまでは斟酌しない。

国民性だけのせいではないようだ。

 

そしていよいよ本日のトリ、ヘッドライナーの「シカゴ」が!!

90年代以降のナンバーが多かったようだが、現在進行形のバンドの在り方を誇示したかったのだろう。

決して止まらず走り続ける。

孤独と背中合わせの音楽を追求する姿勢。

流石だ。

ピーター・セテラが居なくとも、テリー・キャスが早世しても、歌は歌い継がれ、後世へと引き継がれる。

 

 

Satuaday In The Park

 

公園での別の日
7月4日だったと思う
公園での別の日
7月4日だったと思う
人々は話し、本当に微笑んでいた
ギターを弾く男
みんなのために歌う

 

彼が世界を変えるのを手伝ってくれるかい?
手伝えるかい?
長い間待っていた
今日のために

 

スローモーションのライダーが日の丸を揚げる
青銅の男は、まだ彼自身の方法で物語を語ることができる
聞いてくれ、子供たちよ

すべてが失われたわけではないんだ

 

 
公園でのおかしな日々、毎日が7月4日
公園でのおかしな日々、毎日が7月4日
人々が手を伸ばし、人々が触れ合う、真の祝祭
みんなを待っている、望むなら、本当に望むなら
叶えることができる、

そして、私はこのような長い時間を待っていた
その日を
 

 

 

ステージの終盤でプレイされた「Saturday In The Park」。

象徴的なピアノのイントロ。

待っていたんだ。

この曲を!!

ステージ裏のスクリーンには、日本の国旗がはためき、米国の象徴「イーグル」が空を舞う。

我が国を騒がせた数々の事件が、サブリミナル効果のようにパラパラと瞬時に視覚を捉えた。

中には「三億円強奪事件」の犯人と思しきモンタージュも。

気が付いた方と気付かない方がいらっしゃったことと思うが、私はしかと目撃した。

 

公園でくつろぐ人々の姿を映し出す映像。

無くしてしまった何か。

自由の尊厳。

生きることの権利。

2020年以降のプランデミック。

これがあったことを我々は永久に忘れてはならない。

シカゴが伝えたかったことが痛いほど伝わってくる。

 

日本の友よ。

このままでいいのか?

もっと自由に生きたまえ。

 

皆自由闊達に生きろ。

風の時代。

真の独立記念日。

あなたの生き方は?

 

 

PS: 画像はフェスの入り口で手首に巻かれたリストバンド。

   友との約束のようにちぎれなかった。

   帰宅後にようやく切り離して記念に遺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11/23(木・祝)にDaryl Hall&The Daryl’s House Bandの来日公演を東京ガーデンシアターへ家族と連れ立って観に行った。

今年は諸々慌ただしい一年で、自身の肉体的、精神的状態も芳しくなく鬱々としていた。

小春日和と呼んでもよい程の晴天に恵まれ、しばし久しぶりの外タレのライヴを堪能させてもらった。

自宅に籠って日々仕事をこなしているので、都内ジャズスクールの稼働を終了してからというもの、東京へ出る機会はめっきり減ってきている。

心源性脳塞栓症治療後の後遺症の脚の痙縮の痛みを抱えつつ、久々の東京散歩とライヴ。

高まる期待を抑えられそうにない、ワクワクする気持ち。

オープニングアクト(前座)が急遽追加され、スタート時間がかなり早い時間帯(17:00開演)に移動された。

前座は目当てではないアーティスト(東京五輪で物議を醸した人物)、正直食指の動く対象ではなかったのだが、物見遊山気分で眺めていた。

激しいノイズと照明の嵐。

音楽としては承服しかねる程、正直辛かった。

ステージングに愛がないと感じたのは私だけではなかった筈だ。

山下達郎のジャニーズ問題に対する態度を受けての発言や、山崎まさよしのライヴステージでの「歌はCDで聴いて」発言等、心無い尊大な歌い手のアティチュードが大嫌いだ。

インスタレーション的な映像が素晴らしかっただけに非常に残念だ。

 

今日のメインディッシュはBlue Eyed Soul、しかもフィラデルフィア・ソウルのDaryl Hallとゲストアーティスト(この人こそアーティストの称号が似合う人もそうそう居ない)Todd Rundgrenである。

私の音楽の根っこ、大好物のソウル系アーティスト。

最高のシンガー/コンポーザーのコンビが織りなすステージの開幕。

いやが上にも高鳴る鼓動。

 

18:15。

先ずはTodd Rundgrenの登場。

【セットリスト】

1.Real Man

2.Love Of The Common Man

3.It Wouldn't Have Made Any Difference

4.We Gotta Get You A Woman

5.Baffalo Grass

6.I Saw The Light(瞳の中の愛)

7.Black Maria

8.Unloved Children

9.Hello It's me

10.Sometimes I Don't Know What To Feel

11.I'm So Proud(Curtis Mayfield)~Ooh Baby Baby(Smokey Robinson)~I want       You(Marvin Gaye)※メドレー

12.The Want Of A Nail(Bobby Womack)

 

【収録アルバム】

Initiation(太陽神) - 1975

1

Faithful - 1976

2

Something Anything - 1972

3.6.7.9

Runt - 1970

4

One Long Year - 2000

5

Nearly Human - 1989

8.12

A Wizard' True Star(魔法使いは真実のスター) - 1973

10.11

 

とToddらしく音の魔術師状態。

年代問わずアルバムからセットリストを固めるのにきっと時間を要したに違いない。

 

Real Manからスタート。

濃密な音世界で構築されていたアルバムでの音は、ライヴ向けにシェイプされている。

個人的な予測ではキラーチューンとして特に知られた「I SawThe Light」若しくは「Hallo It's Me」をオープニングに持ち込むかと考えていたが、そこは流石の名プロデューサーのTodd、私同様に想像していた観客の期待を嬉しく裏切ってくれる。

キャリアも去ることながら、30作を超えるアルバムを発表し、わが国のアーティストのプロデュースも含め職人の極み、才能の枯渇を知らぬ天才ぶり。

正しくToddこそが魔法使いなのだろう。

特に白眉だったのが⑪のI'm So Proudからつながるメドレーであった。

アルバムではI'm So Proud~Ooh Baby Baby~Lala Means I Love You~Cool Jerkの流れのはずが、三曲目がI Wont Youで完結するものにすげ替えられていた。

個人的にはLala Means I Love Youを聴きたかった。

このメドレーは正に鳥肌物の佳曲のチェーンだった。

6.9のバブルガムポップチューンはファンならではの垂涎のナンバー。

Toddのステージの開始が18:15からで約一時間20分の尺だった。

 

19:35

ほぼ開始がオンタイムでのDarylのステージ。

 

【セットリスト】

1.Dream Time

2.Foolish Pride

3.Out Of Touch

4.Say It Isn't So

5.I'm In A philly Mood

6.Every Time You Go Away

7.Babs And Babs

8.Here Comes The Rain Again

9.Sara Smile

10.I Can't Go For That(No Can Do)

11.Wait For Me

12.Can We Still Be Friend(友達でいさせて)

13.Didn't I(Blow Your Mind This Time)

14.Private Eyes

 

 

【収録アルバム】

Dream Time - 1986

1

Three Hearts In The Happy Ending Machine

2

Big Bum Boom - 1984

3

Rock'Soul Part1 - 1983

4

Soul Alone - 1993

5

Voices - 1980

6

Sacred Song - 1980

7

Paint a Rumour(Eurythmics) - 1984

8(Cover)

Daryl Hall&John Oates - 1975

9

Private Eyes - 1981

10.13

Hermit Of Mink Hollow(Todd Rundgren) - 1978

12

The Delfonics(The Delfonics) - 1969

13

X-Static - 1979

11.14

 

 

1はZardが「負けないで」でアレンジをパクった曲としてネタバレしたポップチューン。

Blue Eyed Soulの範疇を軽く飛び越したポップのお手本。

バックバンドのコーラスワークが光る。

The Daryl’s House Bandの凄みはバンドメンバーが全て「ア~ウ~関係のコーラス」含め難なくこなすことの出来るメンバー揃いだってこと。

安定したプレイを堪能した。

4は私がDarylの曲の中でも一番のお気に入り。

その浮遊感は冬の縁側に布団を干して寝転んで、その香りを楽しんでいるようなイメージ。

犬の肉球のにおいって、縁側に干している布団のお日様のにおいがするよね?

そう感じませんか?

懐かしく幸せなにおい。

11~13はToddが合流して二人での競演。

Wait For Meのスタジオバージョンは、名匠David Fosterアレンジによる流麗なリード・ギターのイントロが演奏されているのだが、ライブバージョンはしっとりとDarylのピアノの導入部。

このコーナーは互いにフェイクを交えて歌い込む。

歌の心得のある人だったら、「こんな流れのフレーズだったら気持ち良くアドリブで歌えるな」と感じるフレージングを捻り出してくる。

特に声帯を柔らかく扱えるファルセットを多用した華やいだフレージングは素晴らしい。

二人とも加齢に伴う声のハスキーさも感じられたが(時にピッチの不安定さも)、それも味として受け止められよう。

カラオケ精密採点機を行使している訳ではないので、そこは音楽評論家の如く突っ込むべき所ではないだろう。

Blue Eyed Soulの醍醐味を感じさせてくれるステージ。

アンコールはPrivate Eyes。

「Private Eyes パン! Watching You パ!パン!」と観客一体で合いの手を入れ盛り上がる。

かくしてスペシャルゲストを交えた豪華ライヴは21:00手前で終演した。

 

兎に角、長丁場のお腹いっぱいたらふく堪能したライヴだった。

この満足感をオカズに駆け付け三杯は軽くイケる。

そんな充実感だった。

同行した家族達も私が心酔した素晴らしい音楽に触れる体験が出来、喜んでいた。

音楽は時間を消費しながら作られ、聴かれ熟成する。

私も彼等と同じにもう長い間音楽の海に浸り切っている。

これからも。

「Can We Still Be Friend」。

まだまだ友達で居させて。

時の流れに溺れないように。

 

私の母は大した事も無い物を大切に保管していた。


死後に発見した過去の「家計簿」には、その日その日の家族の記録が克明に遺されていた。


父と夫婦喧嘩して口も利かなかった日の記録も遺されていた。


私が人様とトラブルを起こして、問題になった日。


私が誕生日に贈った贈り物の記録も。


それを手に取り私が号泣してしまったあの日。


嬉しい事、悲しい事、思い出は全て家計簿の隙間に記してあった。


私もスケジュール帳に母の習慣同様に日々の出来事をしたためている。


そしてその習慣は明日も続く。

2023年6/23(金)

Mötörの執筆による第三作目の作品がMangabito社様より出版されました。
「となりのUMA・おっかな面白い未確認生物(時々妖怪)の世界」です。

今回のテーマは何と「未確認生物=UMA」です!!
著者本人の怪奇体験やエピソードも加えてあります。

これからの季節、涼を求める方にはうってつけです!!

皆様がお手に取り楽しめる作品になっている事と存じます!!
是非、お目汚し下さいませ。

(Amazon楽天ブックス紀伊国屋書店等大手出版社にて好評発売中!!)

 

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第三回 【ふたり語り】「空也上人がいた」

 

第三回 【ふたり語り】がカナマチプラットで開催されます。
13:00~/15:30~(二回公演)です。

山田太一:原作 

西村知泰(文学座):演出

によるドラマ・リーディング「空也上人がいた」


出演:岩間太郎・戸張きみよ(劇団プラチナネクスト) 特別出演:杉宮匡紀(文学座) 
協力:窪塚晴美 シンセサイザー演奏:竹内裕子

劇中曲は当スクールポピュラーピアノ・キーボード科講師竹内裕子による書き下ろしのオリジナル曲です。

尚、前日5/25(木)は公開ゲネプロも行われます。

 

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