God Eater The Last Rage 第2話
フェンリル極東支部・研究区画
朝の光が差し込む廊下を、リンドウは片手をポケットに突っ込みながら歩いていた。
研究室の扉が開くと、サカキ博士が書類を束ねている姿が見える。
リンドウ「博士、ちょいといいですかい?」
サカキ「ん?おやリンドウ君。どうしたんだい?」
リンドウは棚にもたれかかりながら、ふっと笑って言った。
リンドウ「ソーマのやつ、最近はどうしてるんです? 本部に行ってから音沙汰がなくてね。」
サカキはペンを置き、穏やかな微笑みを浮かべる。
サカキ「ソーマか。まあ……君が思ってるよりずっと頑張っているよ。任されている仕事も多いし、彼なりに責任感も芽生えてきたようだ。」
リンドウ「へぇ……あいつもずいぶん成長したもんだ。」
一瞬だけ遠くを見るような目になる。
リンドウ「昔は『誰とも関わりたくねぇ』みたいな顔ばっかしてたのになぁ。」
サカキは小さく笑う。
サカキ「ははは。人は変わるものだよ。君だってそうだったじゃないか。」
リンドウ「おっと、それを言われちゃ黙るしかないや。」
サカキは書類を閉じながら、軽い調子で続ける。
サカキ「まあ、君が心配せずとも大丈夫さ。あれでもソーマは冷静だし、判断力もある。優秀な人材だよ。」
リンドウ「ならいいんですがね。……あいつ、本部で無茶してねぇといいんですが。」
サカキ「ふふ。君が気に掛けてくれるだけでも、ソーマは幸せ者さ。」
リンドウ「勘弁してくださいよ博士、そんな殊勝なこと言われる柄じゃないんでね。」
軽く手をひらひらさせながら、リンドウは研究室をあとにする。
廊下を歩きながら、彼は小さく呟いた。
リンドウ「…暇ができたら顔見に行ってやらねえとな。本部へ遠征に行ってる他の連中も気になるしな。」
そう呟いたリンドウはバルコニーへ出て、タバコに火をつけた。
ーーフェンリル本部
研究棟・第3会議室
円形のホログラムテーブルに、世界地図と感応波データが立ち上がっていた。
赤い線が地球規模で脈動し、ところどころで異常値が跳ねている。
ソーマは腕を組んだまま、淡々と分析を続けた。
ソーマ「現状の機構では感応波のCI比が小さすぎる。発振能力の向上が絶対条件だ。」
イエスタ博士が眼鏡を押し上げ、小さく唸る。
イエスタ「確かに……このままではアラガミ生態圏の優先権を奪えない。基盤波形そのものを強制的に同調させる……そんな芸当、通常なら不可能だ。」
ソーマはデータ画面を指差した。
ソーマ「各中継基地に“自律型のアンプリファイア”を置く。その場で解析・同調・増幅を自動でやらせる。人手による遅延をゼロにして、一斉に同期させる。」
ホログラムが再計算を開始し、数値が改善されたシミュレーションが浮かび上がる。
ジョサイア博士が目を丸くする。
ジョサイア「これは……CI比が一気に跳ね上がったぞ。同時発振に耐えうるラインに乗った……!」
イエスタ「素晴らしい……!……考えたな、ソーマ博士!」
ソーマはふたりの様子を横目で見て、眉をひそめる。
ソーマ「……なんだよ、さっきから感心した顔して。
俺は当然のことを言ってるだけだ。」
ジョサイアはふっと笑い、椅子に深く座り直した。
ジョサイア「いやね、ソーマ博士。やはり"君を計画に誘って正解だった”と言っているんだ。」
ソーマ「……おだてても何も出ないぞ。」
イエスタ「おだててなんかいないさ。我々だけでは、この“ラグナロク計画”はここまで前に進まなかった。
レトロオラクル細胞の権威で、現場を知る神機使い……君ほどの適任者はいない。」
ソーマは黙ってホログラムを見つめた。
世界地図の上に、無数のアンプリファイアが光点として配置される。
それはまるで、新しい世界の設計図のようだった。
ジョサイア「人類がアラガミに“奪われ続ける”世界は、もう終わりにしなければならない。
ソーマ博士……この計画の成功は、君にかかっている。」
しばしの沈黙。
ソーマ「……分かってる。やるべきことはやるさ。」
会議室の照明が落ち、ホログラム地図だけが淡く輝き続けていた。
ーーフェンリル本部 独房
重い扉が解錠される電子音が響いた。
フェルドマン局長はゆっくり歩き、分厚い強化ガラスの前で足を止める。
中には簡素なベッド。
その端に腰掛け、うつむいたまま動かない神機使い――サバタ。
フェルドマン「……やあ、サバタ君。調子はどうかな。」
サバタは顔を上げない。
細く笑うような気配だけが返ってくる。
サバタ「調子?独房に調子もクソもあるかよ。」
フェルドマンは深いため息をつく。
フェルドマン「君がここに入れられてる理由は分かっているな?任務中の逸脱行為、無断の単独行動、無関係者の負傷……もう何度目かも分からん。」
サバタは足を組み、ようやく顔を上げた。
その瞳は氷のように乾いている。
サバタ「必要だったからやっただけだ。」
フェルドマン「必要か……。仲間の神機使いを巻き込んでまでか?」
サバタ「仲間? ああ……あの泣き言ばかり言ってる連中か。」
静かな部屋に、サバタの鼻で笑う音が響く。
サバタ「目障りだ。......一緒にいると俺まで弱くなっちまう。」
フェルドマンは思わず眉をひそめる。
フェルドマン「……君は本当に変わらないな。」
サバタ「変わる必要がないからな。」
フェルドマン「だが、今は状況が違う。戦力が足りない。本部は慢性的な神機使い不足に陥っている。」
サバタ「へえ……で、また俺に働けってわけか?」
フェルドマン「そうだ。だが条件がある。」
サバタは片眉をわずかに動かした。
サバタ「条件?俺に首輪でもつけるつもりか。」
フェルドマン「君の横暴は見逃せない。本部は君を前線に戻す代わりに、監視下での稼働を望んでいる。」
サバタは立ち上がり、ガラスのすぐ前まで歩み寄る。
そしてフェルドマンを睨みつける。
サバタ「監視されようが、管理されようが……俺のやり方は変わらないぞ。」
フェルドマン「変えてもらわないと困るんだよ。」
サバタは笑った。
しかしその笑みは温度がなく、ただ刃物のように鋭い。
サバタ「困るのはお前らの都合だろ。本部の綺麗事に俺を巻き込むな。」
フェルドマン「綺麗事じゃない。これは人類の話だ。」
サバタ「人類……ね。」
少し黙り、淡々と続ける。
サバタ「俺はそんな大層なもん守るつもりはねぇよ。守る理由も生きる意味もねぇ。ただ……斬りたい奴を斬ってるだけだ。」
フェルドマンの顔つきが険しくなる。
フェルドマン「……それでも、君が必要なんだ。」
サバタ「だから言ってる。必要なら勝手に使えばいい。ただ――俺に正義なんて期待するな。」
冷たく言い放つ。
サバタ「俺は戦闘力しか取り柄のない、ただの化け物だ。」
フェルドマンはしばらく黙る。
そして静かに、だが重い声で告げる。
フェルドマン「……化け物でもいい。だが、今のフェンリルには“化け物を飼う覚悟”が必要なんだ。」
サバタは肩をすくめた。
サバタ「好きにしろよ。どうせ、俺を止められる奴なんていねえ。」
フェルドマンは踵を返し、扉へ向かう。
フェルドマン「……いずれソーマ博士と話してもらう。それが本部の決定だ。」
サバタ「勝手にしろ。俺は誰が来ようと変わらん。」
扉が閉まる直前、フェルドマンは振り返らずに言う。
フェルドマン「……君の戦力は人類の未来に必要だ。」
サバタ「未来なんて興味ねぇよ。」
扉が閉まり、独房は再び静寂に包まれた。
サバタは天井を見上げ、薄く笑う。
サバタ「……未来、か。俺にとってはどうでもいい話だ。」
廊下の薄暗い照明が、フェルドマンの影を長く引きずっていた。
独房から出てきたばかりの彼は、深く肩を落として歩いていた。
額に手を当て、苦々しく吐息を漏らす。
フェルドマン「……ふぅ。まったく、あいつは……」
足取りが重い。
サバタという男の存在が、彼の頭の中に鈍い重みとなって残っていた。
そのとき
「……フェルドマン局長。」
落ち着いた優しい声が背後から響いた。
フェルドマンが振り返る。
赤いマントを羽織り、淡く鋭い琥珀色の瞳がフェルドマンを見つめた。
白銀の髪から編み込まれた三つ編みが鮮やかに揺れる。
フェンリル極東支部所属
リヴィ・コレット
今日もどこか影を感じさせる佇まいだ。
相変わらず表情は薄い。
だが、その瞳にはわずかな心配の色が宿っている。
フェルドマン「ああ……リヴィ、か。」
リヴィ「少し……お疲れに見えます。何か、あったんですか?」
フェルドマンは、ほんの数秒言葉を選ぶように黙ったあと、苦い笑みを浮かべた。
フェルドマン「サバタ君と話してきたんだよ。…彼はやはり厄介だな。」
リヴィは目を細め、静かに息を吸う。
リヴィ「……そうですか。」
フェルドマン「力は必要だ。しかし……扱いを誤れば味方を殺しかねない。」
するとリヴィは、ブーツの音もほとんど立てずに一歩近づき、落ち着き払った声で告げた。
リヴィ「サバタのことなら、私が見張っておきます。」
フェルドマンは驚いたように目を上げる。
フェルドマン「リヴィが...。大丈夫なのか?」
リヴィ「ええ。彼の危うさは理解しています。ですが、監視くらいなら……私にはできます。」
それは自信ではなく、事実を述べるだけの淡々とした響き。
フェルドマンはしばらくリヴィを見つめ、やがて深く息を吐いた。
フェルドマン「……すまないリヴィ。昔から本当に君には頼ってばかりだ。」
リヴィ「お気になさらず。局長が背負うものの重さは……少しだけ、分かっているつもりです。」
フェルドマンはかすかに笑う。
長きにわたって上司としてリヴィを見てきた。
人格はもちろん、戦闘力もフェンリルの中で上位に位置する。
彼女なら適任だろう。
フェルドマン「助かる。サバタ君が戦場で度が過ぎた行動をした場合は、止めてもらいたい。」
リヴィはわずかに頷いた。
リヴィ「任せてください。」
静かにそう言うと、彼女は自室の方へ歩いていった。
フェルドマンは、その背中をしばらく黙って見送っていた。
God Eater The Last Rage第2話 完

