ボランティアが殺到 世界一のシェフが手がける「無料レストラン」 | 渾沌から湧きあがるもの

 

ボランティアが殺到 

世界一のシェフが手がける「無料レストラン」

https://forbesjapan.com/articles/detail/21475

さんより

 

 

パリのあるレストランに予約が殺到している。

といっても、客として食べに行くわけではない、ボランティアの話だ。

金融コンサルタントで自らの事務所を持っているというニコラスは、「急遽空きが出たというので、仕事を切り上げて来たよ。毎日のようにウェブサイトをチェックしていたんだ」と嬉しそうに語る。

人気を集めるその仕事は、レストランのサービススタッフ。そして食事客は、全員路上生活者だ。そのレストラン「レフェットリオ(Refettorio) 」の噂は以前から聞いており、一体どんなものなのだろうと興味を持っていた。

実際に確かめるチャンスが訪れたのは、今年5月のこと。筆者は新しいレストランのアワード「TheWorld Restaurant Awards」の審査員の一人としてパリにおり、同じく審査員だったレフェットリオの創設者、マッシモ・ボットゥーラと同席した。話を聞いてみると「興味があるならパリの店に来てみればいい。今日の夕方、6時に、マドレーヌ寺院で」と、すぐに話がまとまった。

マッシモ・ボットゥーラと言えば、世界のベストレストラン50で世界一に輝いた(2016年)、イタリア・モデナの「オステリア・フランチェスカーナ」のオーナーシェフだ。

 

約束の時間にマドレーヌ寺院を訪れると、「ようこそ」とマッシモが陽気な笑顔で迎えてくれた。路上生活者に食事を提供する、と聞いて筆者がイメージしたのは、公園などで行われる炊き出しだが、寺院の横の入り口から「レフェットリオ」に足を踏み入れると、それとは全く違った風景が広がっていた。

 

 

 

 

室内は、温かなオレンジ色の間接照明で彩られ、レンガ造りの天井には雲をかたどった装飾が吊り下げられている。きちんとセッティングされたテーブルの上には、スタイリッシュなLEDランプ。

 

驚く筆者にマッシモは「ここでやることは、オステリア・フランチェスカーナでやることと何も変わらない。クオリティに妥協はしない。シェフというのは、料理を通して、愛を広める活動家だと思っているからね」と語った。

レストランは毎日オープンし、昼間は一般客向けの有料レストラン、そして夜は路上生活者を対象にした無料レストランとなる。月に数回、世界中から、マッシモの友人の著名なシェフがやって来ては、この無料レストランで料理を作る。

 


「世界一になった後に何をするかは、とても大切なこと。有名になったことで得た信用と、賛同してくれる友人シェフたちのネットワークを使って、『料理は愛だ』ということを世界に伝えたい」

 

 

もう一つ、「レフェットリオ」がとてもユニークなのは、食品廃棄問題の解消にも取り組んでいる点だ。地域のスーパーマーケットと契約し、賞味期限などが近く、本来ならば廃棄されてしまう食材を使って料理を作っている。

この日、厨房に立っていたのは、アメリカ初のミシュラン二ツ星を獲得したサンフランシスコのレストラン「アトリエ・クレン」のドミニク・クレンシェフ。

パリ郊外で両親が農業を営んでいたというドミニクは、食は社会の核となるもの、という思いを幼い頃から育くんできた。食品廃棄についてずっと問題意識を持っていたものの、実際にレフェットリオに参加するのは初めてだ。

ドミニクは届いた牛乳を筆者に差し出すと、「見て。これはオーガニック。どれも捨てるのは勿体無い、質の良いものばかりよ」と話してくれた。

 

シェフはその日の午後3時頃に届いた食材を使って、即興で前菜、メイン、デザートの3皿を作ることが求められる。この日、ドミニクが作ったのは、薄いタルト生地の上にクリームチーズとスモークサーモン、ほうれん草などの野菜を乗せた前菜、鴨のコンフィ、そしてバナナミルクシェイク。

料理の経験次第では厨房のボランティアもできるが、プロの厨房経験のない筆者はサービスを担当することになった。筆者にとって、飲食のサービスは、大学生の時のアルバイト以来。実際の仕事については、これまで3度経験しているという、ポーリンに教えてもらうことになった。

 

仕事の流れを尋ねると、「まず水を注いで」などと、実際の動きを伝えられるのかと思っていたが、意外な答えが返ってきた。

お客様が席についたら、まず笑顔でお迎えして、『もてなされている』という幸せな気持ちになってもらうように気を配って

そう、ここで提供しているのは料理そのものだけではない。

 

ここは、内包された幸せを含めた「愛」を伝える場所だったのだ、と改めて感じさせられた瞬間だった。

客席は90席だが、この日は公共交通機関のストライキのため、訪れたのは60人ほど。

全員が政府から路上生活者として認定されたカードを保持するものの、見た目からはそうとはわからないこぎれいな格好をした人ばかりだ。

担当したのは、一人で訪れた、物静かで無骨な印象の中年男性。

筆者が、「味はどうですか?」と尋ねると、話しかけられたことに一瞬驚いた顔をした後、「とても美味しい」とニッコリと微笑んだ。丁寧に骨から肉を外し、ゆっくりと確かめるように味わっている姿が、とても印象的だった。

他にも、ここで知り合った友人と待ち合わせをしているという初老の女性客、中にはすっかり仲良くなった友人同士、大きなグループで食事をしている人もいて、まるで、普通のレストランに迷い込んだのではないかという錯覚を覚えるほど。

 

毎日のように訪れる人も少なくなく、いつの間にかそこには自然なコミュニティが生まれ、路上生活者の精神的な支えになっていっているのだという。

 

 

このパリのレフェットリオは今年3月にオープンしたが、現在イタリアのミラノ、モデナ、ボローニャ、ナポリ、リオデジャネイロ、ロンドンで展開する同じコンセプトの店舗を合わせると、7店舗目となる。

マッシモがこのアイデアを思いついたのは、2015年ミラノ万博に遡る。万博のテーマが、「地球に食料を、生命にエネルギーを(Feeding The Planet, Energy For Life)」であったことから着想を得た。

国際連合食糧農業機関の算定によると、今世界では、年間13億トンのフードロスが出ており、8億1500万人が飢餓に苦しんでいる。

廃棄されてしまう食料の全てを使えば、飢餓に苦しむ人をなくすことができるのだ。

それを、シェフらしいやり方でできないか、というのがマッシモの考えだ。

「地球はこれ以上の人数を賄う食材を生み出せないから、食料廃棄ををなくす必要がある。スーパーマーケットから届いた食材は、ありきたりに見えるかもしれない。けれど、私たちシェフにはクリエイティビティという力がある。目の前の食材という“見えるもの”を使って、“見えないもの”を生み出す力がね」

 

その「見えないもの」とはなんだろう。

 

実際にボランティアをして感じたことは、多くの人が幸せそうに食卓を囲んでいるということだった。質素ながらもきちんとした身なりをして、サービスのスタッフにも、受付のレセプショニストにも、お礼を言って帰っていく。筆者の担当した男性も、離席していたレセプショニストが戻るまで待ち、丁寧にお礼を言って立ち去った。

きちんと扱ってもらえることへの心地よさや食卓に込められたコミュニケーション。

ただ飢えを満たす何かではない、とても大切なものも受け取っているように見えた。

マッシモは、「私たちの祖母の代は、硬くなってしまったパンをクルトンにしたり、スープと一緒に煮込むなど、食材を無駄にせず最後まで使い切っていた。それと同じように、廃棄されてしまうはずの食材を丁寧に扱い、美味しい料理を生み出すことで、食に尊厳を取り戻す」と語る。

社会が忙しくなっていく中で、私たちはどうしてもたくさんの情報を処理しなくてはならなくなった。その結果、関心をなくしたり、おざなりにしてしまっている物事が少なくない。

コストを考え、効率を考えた先に、失われたものとは何か? 

「尊厳を取り戻す」というのは、食材だけではない。

きちんと扱い、扱われる、という相互関係によって、人も尊厳を取り戻す必要があるのではないか。


それは、食事客だけではない。

 

参加したボランティアたちも、この活動が自分自身を癒す行為であると語っていたのが印象的だった。

 

 

冒頭のニコラスは、「仕事で数字ばかり見ている毎日だが、ここには、本当の人と人とのふれあいがある」とその魅力を語る。

4回目の参加だというダニエラは、「美しい建物の中でみんなが幸せそうに食事をしているこの空気が好き。自分が浄化された気持ちになる」のだという。

 

 

何かを受け取っている、という思いは、発案者のマッシモも同じだ。

「私は忙しくなったが、訪れる度に、とても大切なものを受け取っている。自分は取るに足りない存在だと思って、無表情だった人たちが、自分は価値ある存在だと感じられるようになり、徐々に笑顔を取り戻していくこと、その様子を見るのが何よりも嬉しい」

ミラノ万博でも料理を振る舞い、この日ドミニクシェフのサポートとして参加していた東京・銀座「イル・リストランテ ルカ・ファンティン」のルカシェフは今、東京に同じ構想のレストランを作れないかと考えている。

 

 

「ここには料理の原点がある。その場にある食材で、心を込めて、できるだけ美味しい食事を作る。まるで、家族に食事を作るような、料理を作る上で大切な温かい気持ちを思い出させてくれる」

最初の客がやってくる直前、マッシモが筆者にスタッフ用のエプロンをかけてくれながら言った言葉がとても印象的だった。

 


「これは革命なんだ。あなたはここに立っていて、ゲストとコミュニケーションをとることができる。あなたはサービスを通じて、革命に参加している」

 

日本語の「革命」という言葉はいささか堅苦しく頭でっかちな匂いがするのだが、人と人が食を囲み、相互に温かなコミュニケーションが生まれる、こんな平和な「革命」があっていい。

イタリアは、「スローフード」という考えの発祥の地でもある。

一人のイタリア人シェフが起こす食の革命。

「Food for Soul」という基金をベースに、わずか3年の間に7店舗がオープンするというのは、かなりスピーディな展開と言えるだろう。世界一に輝いたマッシモの人柄や信用力がバックにあるのはもちろんだが、サポートする人が増えているのは、それだけではなく、それが今、私たちに欠けているものだと、皆が薄々気づいているからなのかもしれない。

早すぎる時代の流れの中で、少し足を止めてみてはどうか。

 

「レフェットリオ」が投げかけるのは、現代のルネッサンス、人間主義への回帰への誘いなのかもしれない。

 

 

以上、

https://forbesjapan.com/articles/detail/21475/1/1/1

さんより転載させていただきました

 

 

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日本が五輪招致で連呼した見せかけの「お・も・て・な・し」なんぞとは比べ物になりませんな(笑)

 

根っこにある信念というか、動機が違いすぎますわな。

 

人間としての尊厳と食に対する意識の高さ。

 

東京五輪だの大阪万博だのと政府上げてドンチャン騒ぎしてますが、その根っこはお友達への

バラマキのようなもので国民はボランティアという名のタダ働き動員、祭りのあとはボロボロに

なった日本経済と無駄なハコモノだけが残るような気がします。