あわじのメモノート

日々のつれづれをぼちぼちと


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2017年2月16日。
義母がかつて過ごした大阪。街々を訪ねてきました。

4時半には起床。朝早くの高速バスに揺られ、眠りつつ東へ。香川県内を走行中にもう寝ていました。淡路島の室津パーキングエリアに着くころ、ようやっと目を覚ます始末。その後もまた眠り、気づけば神戸界隈。お茶をひとくち、目を覚まします。

ちなみに、「フットバス大阪線」を利用しました。大阪駅前では桜橋口に到着。そこから四つ橋線・中央線と乗り継いで堺筋本町で下車し、中央区役所へ。義母の生家があった、当時の大阪市東区の住所に見当をつけていただきました。

はたして旧・東区の当該地域に行きますと、ビル群と大通りがありました。大阪市内中心部、予想とそうたがわぬ景色。写真を数枚撮りながら、痕跡の無さに切なさを覚えました。これは義母を連れてきても、ため息出るばかりになろうかと思います。

気持ち新たにもう一か所、義母が小学校生活を送った街も探索しました。現在の羽曳野市、旧・南河内郡古市町の街区です。羽曳野市役所でも住居表示実施時の記録に基づいて、かつて義母が住んでいた区域を割り出しました。

大小さまざまな古墳を、遠く近くに眺めつつ行きます。すると当時からお住まいのご一家のお宅がありました。義母の記憶と一致する痕跡が続々と出てきます。道路に水路、藪に畑に小学校。羽曳野のほうは、義母が訪ねるだけの価値はあると思いました。

今回大阪訪問同行を望んでいた甥っ子。彼にとっても、祖母の出自の痕跡を見ることで、自分のルーツを探る小旅行になると思います。

義母の足跡を確定させる「作業」は、思いのほか早く終わりました。帰りのバスの時間まで余裕があったので、阿倍野橋界隈とグランフロント大阪界隈を少し行き巡りました。

さて、私自身、1997年秋から2002年春まで大阪府堺市、2003年春から2006年3月までは京都府長岡京市に住んでおりました。その街々を訪ねたい気持ちも、新たに湧いてきました。今に至る長患いの端緒をも振り返ることになります。それでも、前を向くための過去の記憶の整理をしたらよいかと思いました。

義母、甥っ子、私。それぞれの京阪神の記憶や起源、また訪ねて周ろうと思います。
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