「頭がいい」とは、文脈力である。

齋藤孝 著

 

著者は、「頭がいい」とは、状態である、と言う。

 

まず、”「頭がいい」とは、状態である” と言い切った事に

感動した。

 

普段私たちは無意識に ”あの人は頭が良い人だ”

などのように使っている。

 

その言い方は、そのものを断定して、固定化する。

 

仮に、”あの人は頭が良い人だ”を例に挙げると

その人の頭の良さは、絶対的なもので、決まっているもの、

あの人は頭が良いけれども、自分はそうでもない。

 

と、その比較を絶対的なもので、固定化したものにしてしまう。

 

比較しているものと、されているものの、差異を固定化してしまう。

 

しかし、それは ”状態である” と言った瞬間に、

”その状態でないときもある”、と反対側の状態の可能性も同時に

存在することを感じることができる。

 

たちまち柔軟性が出てくる。

 

著者の言葉の使い方が好きだ。

 

無意識に私たちが使っている言葉の

概念を、

定義し直して使うことが、

こんなにも、

人を励まし、

勇気づけ、

”できる”という自信が

湧き上がってきて、

わくわくするものなのか

と思う。

 

応援されている気がしてくる❣

 

齋藤孝さんの言葉は、とても暖かい❣

 

今の状況を、”○○の状態である、”

と言い換えたらどうだろう。

 

私は今、”すがすがしく、気分がいい状態である。”

 

”すっきりしていて、爽やかな状態である。”

 

”が沈んでいる状態である。”

 

と言い換えてみたらどうだろう。

 

 

ならば、意識的にその状態にすればいい。

 

と筆を進める。

 

 

言うまでもなく、この「頭がいい」というのは、

学校の成績がいい、ということではない。

 

そして、人が「頭がいい」状態にある時、

頭がすっきりしていて、物事の繋がり分かり、

心地よく、すがすがしく、活力もある。

 

対話している相手には、相手を理解しようとし、

自分が考えている事も伝えたいと思う。
 
更に、相手の話の周辺事情を理解しようとしたり、
感情世界をも汲み取ろうとする。
 
反対に、会話がかみ合わないときはどうだろう。
 
何かお互いの話が微妙にずれているとき、
なぜ、かみ合っていないのかがわからないとき、
もやもやした、曇ったような気分になる。
 
なぜ、それほどまでに「頭がいい」状態にこだわるのか?
 
それは、「頭がいい」状態にある時、
人は、自身の内側と外側でおこっていることを
客観的に見ることができ、また、
視点を変えて見ることもできるからだ。
 
そうすることによって、過去の体験や他の事象とつなげたり、
整理したりすることによって、自身の負のスパイラルに気づいたり、
その気づきによって、
新しい選択をしたり、、
今までに気がつかなかった意味に気づいたりする。
 
例えば、「何でこんなことが起こるの!意味わからん!」と
なっているときに、文脈力を使って、自分を「頭がいい」状態にする。
 
そうすると、「ああ、だからこういう事が起こったんだ!    
        なるほど!」となる。
 
それは、とってもすっきりして、
「こういう風に視点を移動して、
ものの見方を変えることができた!」と、
自己肯定感も上がる。
 
著者は、人がこのすっきり感、心地よい気分、誇らしい気分、
であるとき、”頭がいい状態である” と定義する。
 
とすると、”頭がいい状態である” というのは、
幸せ感を感じる、幸せな状態である、ということだ。
 
当然、”幸せ感を感じている状態”から
落ち込んだ状態にもなる、
ことができる。
 
という意味である。
 
つまりそれは、何か条件が整ったら、嬉しい気分になる、
何かが起こった、またはうまく行かないから、
気分が沈む、
のではなく、
意図的にその状態になることができる、
ということである。
 
自分の気分を自分でコントロールできる状態を
著者は、
幸せ感であり、幸福な状態と定義し、
 
つまり、自分の状態をを客観的みて、
起こってくる事柄に関係なく
意図的に気分がいい状態を作りだせることを、
”頭がいい状態である” という。
 
なるほど、
人生を自分の手に取り戻す知恵だと思う。
 
あらゆる物事に意味がある。
 
目に見える意味もあれば、その文脈から読み取ることで
分かる意味もある。
 
しかもその「意味」は、各人によって様々な
読み取り方、受け止め方がある。
 
それらの「意味」のことを、著者は、
「文脈」といい、その「意味」つまり「文脈」を理解する力を
「文脈力」という概念にした。
 
この本を読んで、文脈力とは、
「自己肯定感と客観視(視点移動)」の力であることが分かった。
 
その「文脈力」のある状態に意図的になることができる。
 
つまり、技化(ワザ化)することができる、というのだから
すごい。
 
技化できる、ということは誰でもできる
再現可能、ということだ。
 
それだけでも、ワクワクする❣
 
私は、著者がよく使う「技化」という言葉もすきだ。
 
誰でもできるよ。
 
こうするとできるよ。
 
と応援されている気がして、
とても元気が出る。
 
根拠なく楽しくなる❣
 
誰かの有名な名言に、
 
”言葉に気をつけなさい。
その言葉は思考になるから。
 
思考に気を付けなさい、
その思考は...................................。.”
 
がある。
 
その言葉というのは、
肯定的な言葉、
美しい言葉を意識して使うだけでない。
 
言葉の概念も定義し直すことによって、
それを道具にして
自分の中の無限の可能性を
自分の手ですくい出すことができる。
 
潜在意識にある無限の可能性を
顕在意識にあげて、
言語化して日常の思考にしていく。
 
齋藤孝さんの本は、
私の潜在意識を言語化する道具になっている。