―学校って楽しい、友達って楽しい、と絶対的に思えたこと

 日本帰国後、多くの人に「何が楽しかった?」と聞かれ、二人は一貫して「学校」と答えます。母は日本の教育の素晴らしい面も知っています。が、子ども達に「学校って、楽しい!」と断固として教えてくれたのは、カナダの学校でした。学校で先生から聞く話は興味深く、先生とクラスメイトと行う共同作業は笑いが絶えなく、一人の人格として敬意を払って生徒にも接する先生はまさに師で、友達とかわす内緒話は少しスリリングで、遊びに行く約束はワクワクして、助けてもらったり助けたり友達という存在は心強くて。楽しかった学校は、楽しかった留学、そのものです。

 

 

―家族の一員である自覚が生まれました。

 自分のことを自分で。そして息子は母を助け妹の面倒をみる、娘も母を助け兄に感謝する。自分ができることをしながら、家族同士が助け合う意識が生まれたと思います。家族は、大事!

 

 

―英語学習の意義を知ったこと。

 「英語を話せるようになりたい」と望んでも、なぜ話せるようになりたいかを本当には理解していなかったであろう子ども達。帰国直前まで色々なことが起こりました。悲しいことも。子ども達が一年間培った英語で、誰かを励まし、寄り添い、勇気づけ、楽しませようとする様子を見たとき、子ども達に英語を学ぶ機会を与えたことはやはり決して無駄ではなく、これからも彼らの英語が彼ら自身だけではなく他の誰かの役に立つものであってくれたらと切に願いました。

 

 

○子ども達からみた、母の変化

―しわが増えた、白髪も増えた、太った()。けど、あまり怒らなく、子ども思いになった。 ≪息子≫

―渡航よりも英語が話せるようになった ≪息子≫

―以前より、親子で話すようになった。英語、料理、学校の勉強のことなど、教えてもらうことが留学中増えた ≪息子≫

―留学中、勉強をたくさん教えてくれた ≪娘≫

―子どもに、自立させようとするようになった ≪娘≫

―家族が協力的になった ≪娘≫

 

 

○子ども達からみた、子ども達(自身)の変化

―家族を大切にするようになった。力仕事や料理などの手伝いをするようになった ≪息子≫

―英語が話せるようになったので、将来役にたつと思う ≪息子≫

―自分のことは自分でするようになった。洗濯物、食器洗いなど ≪息子≫

―色々な文化に触れ、色々な人と出会ったことで、今まで知らなかったことを知れた ≪息子≫

―明るくなった。前は自信がなかったけど、自信ができた ≪娘≫

―自分のことは自分でするようになった。学校の準備、お弁当とか ≪娘≫

 

 

 

 

 

○母からみた母(自身)の変化

―人生の夏休みを満喫!

 私が今回の留学の言い出しっぺなので、好きなことをやりきった身として100%、120%楽しかったです!日本のアイドルの方が休職に際し、「夏休み」と言われたそうですが、まさに私もそんな気分。不安も問題もたくさんあった一年でしたが、一年という夏休みを満喫しきりました。海外からみえる日本や世界を通して、まだまだ自分には日本から学びたいこと、日本でやりたいことがあることも感じています。それをやりに一度日本にやはり帰ろうと思います。そしてその後、また新たな出発がある気がしています。「人生の夏休み」は終わりましたが、これから実りの秋です。

 

 

―子どもを“同士”のようにみられるようになった

 日本では私は親であり、子どもは子ども。私は面倒をみる立場であり、子どもは面倒を見られる立場。その構造はカナダに来てからしばらくして崩れ始め、今ではどこか同士の様な存在に近いです。新天地では私も全く初心者なので、子どもと全く同じ立場。息子に度々車のナビをしてもらえたから行けた場所がたくさんあります。娘からはその勤勉さから英語の正確な用法について習い、きめ細やかな注意深さから私が分からない学校連絡や日程などのうっかりミスを度々防止してもらいました。保護者でありながら、保護できる力が及ばず、保護してもらう立場に逆転することが度々。親子協力したからこその一年間だったと思うのです。私の一年間の夏休みにつきあい、一緒に作り上げてくれた子ども達に、これからもその感謝は忘れないと思います。

 

 

○母からみた、子ども達の変化

 -たくましく、頼もしく成長しました。

 背も伸び、真っ黒に日焼けして帰国した子ども達二人に、本当に多くの人が「なんか、たくましくなったねぇ」と言います。その言葉を母は横で聞きながら、一年間彼らがどれだけがんばったか、どれだけ楽しんだか、どれだけ考えどれだけ行動を起したか、どれだけ自身に負けなかったかを思います。だから外見だけでなく、内面こそたくましく、頼もしく成長してくれたことを本当に嬉しく思います。

 

 

―優しくなりました。

 言語が話せない、友達の輪に入れない、居場所がない、勉強が分からない、どうしてよいか分からない、そういう経験をしたからこそ、二人ともとても優しくなりました。当初英語がわからず、「話せばわかる」、それさえできなかった究極の時間を経験したことで、辛かっただろうけど人の痛みを想像できる人に近づきました。

 

 

 たった一年間、されど一年間。母国を離れ、知らない土地の中で、知らない人に紛れ込もうとする努力と楽しみの中で、私達母子にたくさんの変化が生まれ、その変化こそ「母子でカナダに渡ってみえたこと」なのだと思います。母からみた母(自身)の変化、母からみた子どもの変化、子どもからみた母の変化、子どもからみた子ども(自身)の変化、子ども達の留学の感想を含めて書いてみたいと思います。

★「母子でカナダに渡ってみえたこと」