比屋定篤子 亜熱帯日和ブログ

シンガー/ソングライター比屋定篤子
(ひやじょうあつこ)ライブ情報や日々のこと


テーマ:
しばらく時間がたってしまいましたが、6/22に行われた持田裕子さんの追悼ライブについて
書きたいと思います。


読み方はもちだひろこさん。私は持田さんと呼んでいました。

私が21歳くらいのときに、骨董通りにあるイベントスペースで出会ったと記憶しています。
何組かのバンドや、ユニットがでていたイベントでした。
そのときはちょっと話したくらいだったけど、その後にもなにかと会う機会があって
徐々に親しくなっていきました。

持田さんはすごく「人」に興味を持つかたでした。
頻繁では全くなかったけど、時々「ちょっと会って話さない?」と電話がかかってきて、
とりたてて用事はなくても会って長い時間語りあいました。音楽のこと、恋愛のこと、
もっと突っ込んだあれやこれや、など。
彼女が言った「辛いことがあっても、それも芸の肥やしと思えばいい」という言葉は、
今もずっと私の中に刻まれていて、支えてくれている気がします。

彼女はいろんな形の編成でライブをしていました。
私は友人である前に彼女の歌のファンだったので、よく持田さんのライブにも行きました。
メロディーも歌詞も、じっくり練られている持田さんの曲が大好きでした。
その中でも「カエターノ」「生まれる」はカバーするほどに好きで、自分のライブでも
よく歌いました。

私がCDデビューすることになった時に、彼女は「"青田買い"じゃない?まだ早いんじゃない?」
と言いました。とにかくデビューしたい、とずっと思っていた私にはその時ピンとこない
発言でした。でも、本当はわかっていたのかもな。私は焦っていたのかもしれません。
今なら、デビューなんてゴールでも何でもない、ということは解るけど、その時はね。

その後も、お互いのライブに行き来したりしていましたが、私は結婚を機に沖縄に戻り、
物理的距離もありお会いすることもなくなりました。
しばらくして、彼女がエキポアというユニットでアルバムをリリースするときに、
プロモーション用の短いレビューを書いてと連絡をくれて、久しぶりに話すことができました。
大好きな持田節健在の作品で、素敵でした。


ことあるごとに、持田さんはどうしているかな、会いたいな~と思いつつ、
風の噂でオーストラリアに行って新しい使命に向かっていると聞き、いつか訪ねたい!とも
ぼんやり考えていました。

なんで、行動に移さなかったのだろう。悔やんでももう遅い。

今年の2月末に持田さんのパートナーであった中込さんの発信していた記事で持田さんが
東京で闘病中と知り、すぐに問い合わせ、持田さんと一往復のメールのやり取りができました。

3月の初め、持田さんが亡くなったと知りました。享年46歳。


持田さんの歌に魅了された多くの人が、彼女の歌をみんなで演奏したいと思ったんです。
本当に素晴らしい歌ばかりだから。。中込さんが企画してくださり、6月22日に実現した
持田裕子追悼ライブ『 Canção de amor ~愛のうた~』は、本当にキラキラしていました。
持田さんの歌が躍動していました。出演者のみなさんが彼女の作品をリスペクトして、それが
音に表れていました。

参加できて本当に良かった。ありがとうございました。

久しぶりに会えたミュージシャンもたくさんで、本当に楽しんで歌ったライブでした。
持田さんとの出会いはとても大きな出来事だったんだと改めて感じた日でした。





出演者の皆さんとの写真!




持田さんの追悼ライブのあと、すぐに九州ツアーにでかけ、そのライブ日記はすでに
アップしたのですが、追悼ライブについてはやっぱり一緒には書けなくて、じっくり
時間をかけて書きたい、と思っていたら今になってしまいました。

そのライブで歌った持田作品「生まれる」は自分のライブでも歌っていきたいと思っています。





























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