Movable Feast now in Stockholm, Sweden.

パリ(シドニー➡️シンガポール➡️上海➡️シンガポール➡️アメリカ➡️パリ)から相方と猫のシンシンと伴にウプサラからストックホルムへ引っ越して来ました。初めての北欧生活、自然の事、音楽などなどテーマを絞らずにいろいろと。


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日常の延長でいつもの通りにいつもの道を、いつもの様に歩いていると、空からはヘリコプターの轟く音、次々に封鎖されていく道、パトカーのサイレンの音、目の中に必死に隠そうとしている不安入り混じった街中の人々と立ち往生する車の列。

 

 

そして次第に無表情に、感情を消し去った人々が黙々と、ある人は子供の手を引いて、またある人は携帯電話にすがりつく様に立ち止まっているかと思えば、抱き合って道にしゃがみ込む人もいる。

 

セーデルマルム(Sodermalm)で私用を済ませてガムラスタンを通過して徒歩で家に戻る最中、4月7日に起こったストックホルムでのテロ事件の真っ只中に巻き込まれました。

 

普段見慣れたいつもの道を普段通りに歩いていると、次から次へと訳の分からぬままに急展開で私を置き去りにして何かが起こっている。

 

 

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真っ先に思ったのは、これは東日本大震災の時の私達を取り巻く状況とそっくりだ、という事でした。あの日、私は母校の駒場キャンパス内にあるフレンチレストランで久しぶりに会う友人とランチをしていました。その時に大地震が起こり、天井のシャンデリアが左右に大きく振れてその度に天井にぶつかるのを見て、これはただごとではない、と思ったのですが、それよりもそんな状況でもちゃんとお店から料金を請求された事に驚いたりしていて、まだまだその時点では現実認識が甘かった。〜デザートの最中に地震が起こったのでデザートは手付かずでシャツには大きなコーヒーの染み。

 

キャンパスで友人と別れて、一応、駒場東大前駅に行ってみるともちろん渋谷行き方面の井の頭線は全面停止になっていたので訳も分からず渋谷方面に向かって歩き始めて、渋谷にたどり着いてスクランブル交差点にあるスターバックス上の大きな電光掲示板を仰ぎ見てもその時は、全く地震の詳細など速報ニュースもなく、普段通りに広告を流していて、まだ微かに日常を探し求めてすがる自分がありました。

 

そして皆が黙々と、騒ぐ事もなく、取り乱す事もなく、まるで渡り鳥達が目的地へ本能で淡々と一目散に向かうかの様に、家路に向かってひたすら歩いている集団の中に自分も加わった時に、初めて普段の日常が消え去ってそこにある現実が真空状態だった自分の中に勢いよく否応無しに流れ込んで来て、何が何でも家に、家族の元に戻りたい、というそれだけの原始的な欲求が自分を支配するのを感じました。

 

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ストックホルムの国会の周囲に突然銃装備をした警官が続々と現れて、「あれ、中国とかの政府要人が来てるのかな?」と思っていると、そこからストックホルムで一番賑わう歩行者天国であるDrottninggatan通りへ続く道は全て閉鎖されてこのあたりで「あれ、家にもしかして帰れない?」という思いが頭をかすめる。

 

 

 

 

 

 

友人から電話が入って

 

「いい、あなた。今、外にいるならすぐカフェか建物の中に入って避難して!!絶対人混みは避けて。テロ事件が今あなたのいる場所のすぐそばで起こったのよ。」

 

と悲鳴に近い声で聞かされて、初めて事の詳細が理解できて急に心細くなるけれども、湧き上がるアドレナリンも全身に感じて訳もなく「負けない。」という気持ちが湧き上がってくる。

 

 

 

 

私達のアパートのある場所はテロ事件のあった地点から30メートルほど離れただけの場所。文字通りの目と鼻の先。

 

 

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テロの犯人はストックホルムで一番の目抜き通りである歩行者天国のDrottninggatan通りを盗んだ大型トラックで一気に歩行者を次から次へと跳ねていってオーレンス・シテイーという庶民派の人気デパートの入り口で止まってそこで自爆する計画だったらしいけれども、不幸中の幸で自爆は失敗したけれども、多くの死傷者が出ました。

 

私達のアパートはテロ事件の現場に面していたのでその周辺はテープが張られ幾人もの警官が厳重に警備していて私がアパートにたどり着く前に進入禁止になってしまった。私は自分たちのアパートが目の前に見えるテープの外側で結局4時間待たなければなりませんでした。

 

外の気温は氷点下。風もあって身体もどんどんと冷えてきて、ひたすら「猫の雪だまを置いてきてしまって、どうしよう。今日中にアパートへ戻れなかったらどうしよう。」と部屋の中に置き去りの雪だまの事ばかり考える。

 

 

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夕闇の中、やっと警官の護衛を受けてアパートへ戻る事が許されて部屋の鍵を開けて見るとドアの前に眠そうな眼差しで、ちょこん、と座る雪だまを見た時、その安堵感から急に涙がとめどもなく湧き出て来ました。

 

 

 

「家」というのはこんなにも人を人たらしめるものなのだ、という事実に改めて驚きました。

 

暫くの間、雪だまを抱きかかえて彼の暖かな体温と柔らかい白い毛の優しい感触を私の冷えて冷たい肌に感じながら部屋の中をゆっくりと歩いてから雪だまをそっと床に降ろす。お腹の空いている雪だまに餌をあげて、喉をならしながら餌を食べる雪だまの姿を確認してから、私は自分の芯まで冷え切った身体を温めるために熱い湯船に浸かり一人ほっとする。

 

 

 

相方は出張でモナコへ行っていて、テロが起こった時は私ひとりきりでした。テロが起こってからすぐにテキストメッセージで日本に住む両親には無事を知らせ、パリに住む友人達からも無事を確認するメッセージが送られてきて、とても勇気付けられました。

 

相方には私が家に入れるまで四時間以上かかったけれども無事アパートに戻れた、という報を携帯電話へ送るととても安堵していた。それでも、テロの現場が家からこんなに近いという現実認識が彼にはなかったので、その後、出張から家に戻って来てからその事実を目の当たりにした時、その彼のびっくりしている様子が手に取る様に分かって少し可笑しかった。

 

 

 

私は9・11をボストンで経験して、その後パリでも二度のテロ事件を経験しているけれども、今回のテロ事件が一番油断していた面もあって怖かった。

まさかこの平和なスウエーデンでこの様に陰惨なテロ事件が起ころうとは思ってもいなかった。人々の平等を謳い、人権や移民問題にも世界の中でも最も積極的に取り組んでいるこの国で何故?という思いが未だに消えません。

 

 

 

 

私はオーストラリアのシドニーでも、勿論アメリカでも、何度も何度も人種差別を受けた経験がありますが、ここスウエーデンでは一度も肌の色や信条の違いから差別を受けた経験がありません。

 

シドニーでは学校帰りの小学生の子供達から「やーい、黄色いお猿さん。お猿さんはここから出て行け。」と野次られて、「これは子供達の将来のために良くない!」と思い、親たちが車で迎えに来るまで子供達をとっ捕まえて、迎えに来た親たちにお説教をしたこともありました。シドニーではモスマンと言われる白人の多く住む場所に住んでいたのと、オーストラリアという国自体が1980年代になるまで有色人種の移民政策にひどく非寛容だった事も幾つかの理由だったのかもしれません。

 

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差別はこちらにはすぐさま分からない様な目に見えずらい差別からあからさまに分かる様な差別までと様々なのですが、自分が差別されている事に鈍感な人は自分が差別している事にも鈍感なので困ったものです。

差別問題の難しさは差別する側がいつ差別される側に立場が逆転するか分からない、という差別問題の被害者が状況の変化によっては加害者にもなりえる、という側面にあるのだと思います。

 

海外で差別を受ける事のある私の中にも人を差別する萌芽が絶えずあります。

 

マイノリティ、社会の中での少数派が受ける差別問題は基本的な人権問題、市民権問題なので、多数決の様な数の投票で解決すべき問題なのではなく、「法」による基本的人権の保障、という事が重要なのだと思います。そういう意味で、マイノリティを含めた人々の人権保障を法律でしっかりと制定&実行しているここスウエーデンで、この様なテロ事件が起こる事に、テロを起こす人達は言い訳を単に後付けで言っているだけで道理も何もない無法者の輩という事が分かります。

 

 

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今回のテロ事件に巻き込まれて日々を過ごす中で感じた事がありました。それはスウエーデン人の冷静さと淡々とするべき事を課せられた限界の中でこなしていく、という事。

 

テロの起こった日、午後だったという事もあって完全に交通網が遮断されて地下鉄もダメ、バスもダメ、電車もダメ、という中で黙々と家路に向かって歩く群衆の姿はあの6年前の東日本大震災の夜の停電で真っ暗な街中を家路に向かってただひたすらに歩いていた私を含めた当時の日本の人々を思いました。

 

 

 

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🍀

 

その最中にあって私が一番に心に感銘を受けたのは警官達の優しい親身な態度でした。

 

🍀

 

皆、テロ事件後の何がまた起こるか分からない不安に満ちた空気の中で、警官達の頼もしくも親身な姿、道を渡る老人に助けが必要ならば自らその老人の杖代わりになって老人のサポートをする姿などを至る所に見かけました。

 

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そしてテロ事件の後は様々なセキュリティを必要とする場所で警護する警官に感謝の表れのハグをする人達の多さ、花束をあげる人々も多く見かけて、あるご婦人はポケットに入っていた小さなキャラメルをまだ髭剃った後の顎に青々さの残る若い警官に「はい」と手渡し、その警官もそのキャラメルの包みを大切にそっと自分のブーツの中にしまう様なシーンも見ました。

 

 

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警官への感謝の花束でパトカーは色とりどりの花で完全に覆われてその光景はスウエーデン市民の警官への信頼と感謝を感じさせました。日本では警官にハグ、など考えられないのですが、これまたとてもスウエーデンらしい光景だと思い、とても感動しました。そして私も街角に見る警官達の姿にとても心勇気付けられ、安心感をすごく得ました。

 

 

 

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今日、この文章を書いているのが4月19日。

昨日は気温もマイナス5度まで下がって、一日中雪が降ったり止んだり。

 

そしてあのテロの起きた日から2週間弱が経ちました。私が驚いたのはイースターの期間の終了と同時に一気にそれまで献上されていた積み上げられていた数々の花束と様々な市民のメッセージの書かれていたメモなどが綺麗に掃除され跡形もなく現場からも取り払われた事でした。びっくり

 

センチメンタルな日本やアメリカでしたら暫くずっとそのまま残されていそうな感じてもしますが、スウエーデンは実利的にセンチメンタルな情感にとらわれる事なく次に進む。これが淡白でさっぱりとしたスウエーデン気質、強みでもあって弱みでみあるように私には感じられました。

 

さっぱりと生まれ落ちて、さっぱりと心配なく亡くなってこの世から去っていき残されたものも淡々とそれはそれ、と自分の日々を生きていく。そんなサッパリとした感じの人生観とでもいうのでしょうか。

 

 

 

スウエーデンにパリから移って来てもうすぐ三年目。

 

これまで思いもよらず大変に濃ゆ〜く(笑)生きてきた私にはとても性に合わない水彩画の様に淡く薄めなこの国の中でこれから先、どれくらいこの地に留まるか分からないけれども、中国、フランスと濃ゆ目な文化の国で暮らしてきた私たちにとっては心と体を文字通り浄められるデトックス効果大の北欧での生活には大変に感謝しています。

 

アッサリとした日々の生活の中で戦う必要のほとんどないこの国での生活はある意味貴重で「こういう頑張らない無理をしないストレスの少ない人生観もあるのか」、と目を開かれる思いもあります。

 

もう街にはテロ事件前の日常が完全に戻ってきました。私の周囲のスウエーデンの人達の会話の中にもテロの話が出る事もほとんどなくなりました。

 

 

 

 

それでも毎日普通に歩いていた歩道がテロ事件の現場になり得る、という現実を目の当たりにしてこんなに身近にテロの恐怖を感じた事もありませんでした。

 

 

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ある意味、トランプ政権の元、白人至上主義が台頭するアメリカも私にとって身の縮まる思いのする環境ですが、ヨーロッパも移民排斥の風潮が間違いなく強まってきてポピュリズムと国粋主義の強い風を否応無しに日常生活の中でさへ感じます。日本も含めてどんどんと国が内向きに、人々の態度が硬直的で排他的になってきているのだと思います。

 

 

Wi-Fiがあれば誰とでも通信できて情報も得る事が建前上出来る世の中なのに、人々はどんどんと分かり合えなくなってきている様な、又は理解する事さへ面倒でその努力を拒否してしまう様な、そんな今の世の中なのだと思います。

何か自分達に都合の悪い事が起こると、「自己責任」という言葉を投げつけて自分達の国民さへ見捨てて切り捨てようとする人達がいたりもするけれど、世界中が分断されて孤立化しそうな世の中で私は自分の意思で海外に住む事になった人達にはとても強い連帯感を覚えます。🍀

 

 

 

 

 

 

相方の両親は私達にアメリカへ(できればボストンに)近い日に戻ってきて欲しいと事ある毎に漏らし、私も出来れば数年間日本に戻って両親の近くで暮らしたい、と思うこともあります。

 

今回のストックホルムのテロ事件は相方と私に過去・現在・将来の事を、一旦立ち止まってしっかりと考えるきっかけにもなりました。

 

 

当たり前のことなど何もない、という事実を今一度思い起こして、日々の当たり前の様に感じる生活に今は心から感謝しています。

 

 

 

 

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いつも一緒にいてくれてありがとう、雪だま君。  にゃー流れ星

 

 

 

 

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