松任谷正隆『僕の音楽キャリア全部話します』を読んで | Kou

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音楽雑感と読書感想を主に、初老の日々に徒然に。
ブログタイトル『氷雨月のスケッチ』は、はっぴいえんどの同名曲から拝借しました。

 

 

 

 

 

『僕の音楽キャリア全部話します』を読んで。

その雑感を徒然。

 

本書はタイトルに、『全部話します』とあるものの、あとがきには「ほんとのことを載せたら僕の人生は即終わる」とも記されている。つまり看板に偽りありなのだが、それでも真実が透けてみえるところ、あるいは本音らしきものが明かされているところもあり、おまけに彼の意外な人間性は正直に吐露されているようで、まぁおもしろかった。

 

ただし自分が本書で関心があるのは、松任谷正隆が所属していたティンパンアレイのこと、荒井由実時代のこと。つまり松任谷正隆の音楽活動のごく初期のみということになる。のちの松任谷由実時代以降のことには、正直興味がない。よって以下の感想は極めて偏ったものとなっている。その点をご了承の上で、以下をお読みいただければありがたいです。

 

 

 

本書の『はじめに』に、こうある。

 

幼少時から、どうしてもピアノのレッスンが好きになれませんでした。先生に言われた通りに、決まった演奏をするのが苦手だったのです。だから、一人になると、思う存分ピアノと遊びました。でたらめに、好き放題に鍵盤を叩き、自分の中から生まれてくるルールのない音を楽しみました。

 

この記述で思い出したのが、ティン・パン・アレイでの松任谷正隆作曲「キャラメル・ラグ」。アルバム「キャラメル・ママ」の冒頭から流れる自由奔放なこの曲は、松任谷正隆の根源的ピアノポリシーそのものではないか。彼のプロとしての第一作かもしれないキャラメル・ラグは、幼少期からの思いのたけが爆発した傑作だと思うのだが。

 

 

宇宙図書館

本書の冒頭コラムタイトルは『宇宙図書館』ときたから、時期的に松任谷由実とのタイアップ本なのかと身構えたけれど、それほど行数が割かれているわけではない。

意外だったのが『宇宙図書館』のアルバムタイトルは、映画『インターステラー』からインスパイアされたということ。

そこで歌詞をあらためると、なるほど父と娘の愛を語っているように思えてくる。

映画もなかなかよかったけれど、歌の方も、なにかデビューのころに回帰してきたようでうれしい。

 

 

吉田拓郎❶ 呼称

吉田拓郎は「拓郎」と書かれている。

松任谷正隆のほうが年下なのに、「拓郎さん」とは書かれていない。

一方、故人とはいえ拓郎と同年齢なのに「加藤和彦さん」と書き、拓郎より年下の細野晴臣を「細野さん」と書く。

みんな松任谷にとって恩人であることには変わりないはずなのに。

関係性の濃淡なのか、故人のせいか、拓郎のキャラなのか。

なぜこんなことを取り上げるかというと、2016年の東京公演ステージで客席から「拓郎!」と掛け声をかけられて、拓郎は「そんな言われ方は・・・」と呼び捨てへの不満を口にした。

付け加えると、かつて拓郎は松本隆との対談で「松本隆はアイドルからレコーディングの際に『松本先生』と呼ばれるが、俺は『拓郎さん』と言われる」と、愚痴ったことがある。

拓郎サンは、呼ばれ方を案外気にするのである。

 

 

吉田拓郎❷ 結構深いつきあい

本文からの要約引用。

〇それまで会ったことがないタイプの人間。肌触りがシャイ。はじめは少し距離を置きたいと感じた。

〇ツアーで特別待遇してくれた。

〇バンドのイニシアティブもとらせてくれ、メンバー編成でも意見を採用してくれた。

〇『春だったね』のイントロをオルガンで弾いたらすぐ気に入ってくれた。

〇新婚旅行は由実さんの親戚の熱海の旅館。拓郎やかまやつひろしさんがついてきて朝までどんちゃん騒ぎで大変だった。

ほかにも仕事の面で記述が多いし、音楽の世界での恩人だったことがよくわかる。自分は一拓郎ファンとして『明日に向かって走れ』の音作りが好きだった。ただ拓郎との音楽的性向は一致していないとも書かれている。

 

 

わがままで気難しい性格

駆け出しのころだが、

❶嫌なライブを頻繁にドタキャン。身内の不幸を理由としていたが婆さんを三回殺してバレた。

❷ツアーが大嫌い。特に昔は飛行機や劣悪な宿がいやでいやで。

➌自分の意見が反映されない組織に耐えられない。

ほかにも、五十歳まで外食できず、今でも一人では無理という。温厚そうな外見に似合わない複雑なご性格はまったくもって意外。

 

 

ひこうき雲のレコーディング

ひこうき雲のレコーディングに1年かかったという。

レコーディングディレクターの有賀恒夫がなかなかOKを出さなかったためだ。

これに対し「由実さんの歌の魅力を有賀に訴えたが通らなかった」とある。

『アルファの伝説 村井邦彦の時代』にもこの話が載っているが、誰が有賀に反対したかまでは書かれていなかった。

本書で自分だったことを明かしたことになる。

そしていまだ有賀の方針にわだかまりを残しているようにも思える。

以前ひこうき雲制作を回顧するテレビ番組で、松任谷夫妻は有賀とにこやかに歓談していたが、あれも表面的なことだったことになるようだ。

 

 

 

由実さんのこと❶ 性格

「一番でいたい人、二番じゃいやな人」とある。これには誰もが納得する。

しかしここまでトップランナーだったことは本当にきついことだったろう。

夫としてそのバックアップは並大抵でなかったろう。

 

 

 

由実さんとのこと❷ 結婚生活

結婚して最初の一、二年はつらかったですよ。単純に新しい生活になじめませんでした。その上、結婚して一作目の『紅雀』が思うような評価が得られなかったので、しばらくは微妙な状態が続いていました。おたがい、こんなはずじゃあなかった、と思っていたはずです。(中略)四十年も暮らしていると、楽しいことも、そうでないことも、いろいろ起こりました。

夫婦共同で音楽を作ってきたことの是非についても、メリットがわずかに上回っているだけだと、全面肯定には程遠い感想(考え)を述べている。

 

 

 

田中康夫のこと

傑作な挿話。

70年代末、DJをやっていたNHK‐FM「サウンドストリート」に、まだ顔も知らない田中康夫を呼んだら、

NHKの駐車場で少し太めの変なやつが女の子をナンパしていた。それが田中康夫でした。番組に呼んだことを後悔した。

なんでこんな話を載せたのか。

文脈的にも唐突すぎる。

田中康夫もいまさら意味もなくこんなところに引っ張り出されて迷惑千万な話だろう。

でもおもしろい。

 

 

人間関係模様

〇小田和正とはだめ。

〇イルカにもなごり雪の編曲を気に入ってもらえなかったようだとすこしぼやき気味。

〇細野晴臣とも合わないようだ。同じティンパンアレイだったのに。意外。

〇大瀧詠一の名が出てこない。初期に一緒に仕事をしていた頃から合わなかったのだと思う。大瀧は「マンタはロックが分からない」と言っていたとされるし。

〇拓郎も細野大瀧両氏とダメだったようだから、拓郎と正隆が比較的近いことと符号はする。

〇酒井和歌子の大大大ファンで、むかし病院の待合室の雑誌に載っていた写真を破って持ち帰った。

 

 

なにか、下らん事ばかり書いている。

もうやめにする。

自分は彼の『キャラメル・ラグ』が大好きだったので、これだけが当ブログで言いたかったことです。

他は付け足しです。

申し訳ありません。