昨日は、母親の3回忌で、妹ともども永代供養のお寺に参拝。
その後、小池昌代先生の朝日カルチャー・オンライン講座「現代詩、はじめの一歩」の第1回目だった。
といっても2回ものだから、次の6月で終わり。
内容はすごく良かった。
詩の作り方というよりも、言葉を使っての、自分以外の他者や世界とのアプローチの仕方としての、詩の書き方を教えてもらった気がする。小手先のテクニックじゃなくて。
上滑りだった自分のスタンスを見つめ直した。
今年は第3詩集を作るつもりだから、これは大いに役立ってくれるスタンスのはず。
おそらく、小説での今の文体感覚や、7月に受ける戯曲講座での知見も加わるから、第2詩集から大きく変容する詩集になる予感はある。
3年前に、小池昌代先生の受けた講座は、詩が書ける人対象のものだったから、今回とは全然、違った。
(さらに、その3年前とは、僕の小説の創作文体や感覚が段違いに格上だからね)
見本として、挙げられた賢治の心象スケッチ・詩と、松岡政則、勝野睦人の詩作品が良かった。
理解しやすかった。
そのスタンスと、4/30に気づいた、不思議な書き方を合わせたら。今までとは違う書き方ができそうな予感がある。
4/30の書き方とは、因果プロットを逆転した隙間文章と外形描写(例えば、成清朔的な感覚文体)を重ねたら、
その時点でも、いくらでも異化的な文が書けそうなものだったからね。
さらに深掘りすると、そこには、2月の演劇ワークショップでの、その余白と演出を意識して、
それまでの自己表現な意味でのストーリー展開した分や感覚と入れ替える作業があったはずだ。
すると、結果的に、非ストーリーな散文文体で詩が書けたはずなんだが、
今は、小説へ全集中しているから、その感覚の存在や、やり方そのものを、もう忘れかけていた。
もう直、忘れたことも忘れてしまいそうだ。
だから、忘れないために、今日中に、1篇、詩を書いておこう。
ところで、最近、自分の20代初めの大学時代の先輩やら、友人やらに、色々伝えても、齟齬を感じることが多かった。
皆さん、僕が詩や小説を書いたりすることが羨ましいと書くけれど、その手解きやヒントとなる体験講座は、頑なに拒否される。
そりゃ、僕だって、苦手な楽器をやろうかなら、拒否するから当たり前の反応だ。
(でも、僕は、社会人になって、お金ができた20代の頃、ヤマハのポピュラー・ミュージックスクールへサックスを勝手に習いに行く人間ですが。草)
なぜだろう。
年齢を理由に、いや、才能を理由に「成長」や「変容」を諦める。
それっておかしい、と僕は心から思ってしまう。
周りとは明確に違う僕の生き方だ、と強く感じる。
欲張りなんだな、僕は。
そもそも、その20代に、音楽と同時にデッサン教室にも通っていた。
その最初の時は全く上達しなかったのに、絵を描くのが楽しくて、その後、20年近く描き続けたな。笑
絵でも、クロッキー、デッサンではどこで筆を置く、が結局は大事だった。
思えば、当時の自分は全く気づいていなかったんだけど、描かない表現との戦いは絵で経験済みなんだったな。
今の詩とは全くリンクさせてなかったんだけど。
