昨日は、小池昌代先生の朝日カルチャー・オンライン講座「現代詩、はじめの一歩」の第1回目だった | 読書と、現代詩・小説創作、猫を愛する人たちへ送る。(32分の1の毎日の努力を綴る)

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文学創作と大学通信等を書いています。【やりたい夢(小説家)がある1/2→夢を叶える努力をする1/4→完成作を応募(挑戦)する1/8→落選する1/16→落選しても諦めず・また努力・挑戦する1/32】(=日々、この1/32の努力を綴るブログです。笑)

昨日は、母親の3回忌で、妹ともども永代供養のお寺に参拝。

その後、小池昌代先生の朝日カルチャー・オンライン講座「現代詩、はじめの一歩」の第1回目だった。

 

といっても2回ものだから、次の6月で終わり。

内容はすごく良かった。

詩の作り方というよりも、言葉を使っての、自分以外の他者や世界とのアプローチの仕方としての、詩の書き方を教えてもらった気がする。小手先のテクニックじゃなくて。

上滑りだった自分のスタンスを見つめ直した。

 

今年は第3詩集を作るつもりだから、これは大いに役立ってくれるスタンスのはず。

おそらく、小説での今の文体感覚や、7月に受ける戯曲講座での知見も加わるから、第2詩集から大きく変容する詩集になる予感はある。

 

3年前に、小池昌代先生の受けた講座は、詩が書ける人対象のものだったから、今回とは全然、違った。

(さらに、その3年前とは、僕の小説の創作文体や感覚が段違いに格上だからね)

 

見本として、挙げられた賢治の心象スケッチ・詩と、松岡政則、勝野睦人の詩作品が良かった。

理解しやすかった。

 

そのスタンスと、4/30に気づいた、不思議な書き方を合わせたら。今までとは違う書き方ができそうな予感がある。

 

4/30の書き方とは、因果プロットを逆転した隙間文章と外形描写(例えば、成清朔的な感覚文体)を重ねたら、

その時点でも、いくらでも異化的な文が書けそうなものだったからね。

 

さらに深掘りすると、そこには、2月の演劇ワークショップでの、その余白と演出を意識して、

それまでの自己表現な意味でのストーリー展開した分や感覚と入れ替える作業があったはずだ。

すると、結果的に、非ストーリーな散文文体で詩が書けたはずなんだが、

今は、小説へ全集中しているから、その感覚の存在や、やり方そのものを、もう忘れかけていた。

 

もう直、忘れたことも忘れてしまいそうだ。

だから、忘れないために、今日中に、1篇、詩を書いておこう。

 

ところで、最近、自分の20代初めの大学時代の先輩やら、友人やらに、色々伝えても、齟齬を感じることが多かった。

 

皆さん、僕が詩や小説を書いたりすることが羨ましいと書くけれど、その手解きやヒントとなる体験講座は、頑なに拒否される。

そりゃ、僕だって、苦手な楽器をやろうかなら、拒否するから当たり前の反応だ。

(でも、僕は、社会人になって、お金ができた20代の頃、ヤマハのポピュラー・ミュージックスクールへサックスを勝手に習いに行く人間ですが。草)

 

なぜだろう。

年齢を理由に、いや、才能を理由に「成長」や「変容」を諦める。

 

それっておかしい、と僕は心から思ってしまう。

 

周りとは明確に違う僕の生き方だ、と強く感じる。

 

欲張りなんだな、僕は。

 

そもそも、その20代に、音楽と同時にデッサン教室にも通っていた。

その最初の時は全く上達しなかったのに、絵を描くのが楽しくて、その後、20年近く描き続けたな。笑

賢治の詩的スケッチ風人物画

 

絵でも、クロッキー、デッサンではどこで筆を置く、が結局は大事だった。

 

思えば、当時の自分は全く気づいていなかったんだけど、描かない表現との戦いは絵で経験済みなんだったな。

今の詩とは全くリンクさせてなかったんだけど。