微弱通電治療を10年追い求めて⑤ | 未来スターを日々診療

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「 小児のケガから~アスリートまで 」

総来患外傷98%(小児疾患70%)の真髄
「治とは1ミリを診る事で細胞が栄える事だ。」
常識を超えた幾多の超回復を成し得て来た院長のブログ。

~奇跡の治療の日々備忘録~    院長 谷川栄治

お世話になったイリノイ州シカゴを後にし、

 

ユナイテッド航空でカリフォルニア州サンディエゴへ、

 

フライト時間は4時間。

 

空港を降りると、そこはまるで南国の様相、

 

コンクリートで固められたシカゴのダウンタウンとは全くの別世界。

 

住みたい都市ランキング全米トップ、

アメリカ西海岸にあるサンディエゴはさすが地上の楽園と言われる都市だ。

 

私の滞在地は南カリフォルニア随一のゲイタウンとしても有名な、

ヒルクレスト。夜は別の意味で賑やかしい^^

 

【長くお世話になった宿泊先studio819】

 

しかし、年間を通して殆ど雨は降らない、

カラッとした天候が私にはしっくりする程過ごし易かった。

 

ハリウッド女優の別荘が立ち並ぶ、

コロナドビーチやミッションビーチも有名です。

 

 

そして、この地で微弱通電を追い求める旅が始まった。

 

ここでは微弱通電治療の権威とも言える、

Ryu kawjiri氏にお世話になる事になる。

 

朝から先生のクリニックで毎日の診療を診させて貰い、

昼に先生と昼食を取りながら質問、

 

午後はまたクリニックで診察を学ぶ。

 

当然、患者さんとは全て英語、

ネイティブな会話に殆どついて行けない中、

一ミリもこぼさずメモ書きの毎日。

 

 

なぐり書きをしたメモ帳を、宿舎に帰って忘れないうちに正書書き、

 

 

こんな生活が毎日続いた、

 

たまの息抜きは、住居から程近いバルボアパークまでの

ジョギングと公園の芝生でなまった身体を動かす。

 

【バルボアパーク自然史博物館】

 

夜には徒歩2分のワインバーのカウンターに座り、

一飲みしてからの情報収集の為、誰か構わずお客さんに話しかけてた。

 

【ヒルクレストの夜の街】

 

 

時々来てた整形外科の先生とも仲良くなり、

 

「明日、私のクリニックに来なさい。」と言われ

サンディエゴ市内の病院へ行ったりもした。

 

休みの日には他に、

地元の新聞を読んで広告をチェックしては様々な病院をあたった、

 

直接行って診察を学びたいと伝えては回った、

 

2009年当時はアメリカでインフルエンザパンデミック(H1N1)が拡散し

 

容易に受け入れてくれるところは殆ど無く、

 

まして発症もカルフォルニア南部の子供から新型インフルエンザが発症したと

当時WHOでも発表されていた為医療機関は他国の受け入れを警戒していた。

 

 

【毎日通ったホール・フーズマーケット】

 

当時は微弱通電の治療を学びながら、

 

世界の診療事情も学びたいと思っていた。

 

日本に帰って開業したら、

もう自由に学ぶことが難しいと感じていたからだ、

 

そんな中、

ある先生と出会う・・。

 

サンディエゴにはかつてSONYのサンディエゴ工場があり、

その巨大なエリアにSONY村と言われた場所があった

 

当時は既に存在しなかったが、

その地で現地の日本人が通う信頼される先生がいたのだ。

 

ここは勿論、

片っ端からあたって最後に辿り着いた病院だ、

 

電話の受話器越しに・・・

 

「Hello」

 

看護師の方が優しく出てくれた、

 

途中まで英語で話してたが・・・

 

直ぐにバレた(笑)

 

 

で、

 

実直に思いを伝えたら、

 

先生から、

 

「水曜日、来れますか?」

 

 

と有り難いお言葉を頂いた。

 

 

金一東(キム・イルドン)院長からだ、

 

 

いてもたってもいられなかった・・・。

 

 

先生は、内科、小児科、スポーツ障害も診られている

サンディエゴでは有名な先生、

 

 

その日、約束してた同じ住居のイタリア人カップルとの

共有スペースでのプチ晩餐会をキャンセルし、

 

 

夜中まで挨拶文を何度も書き直しては読み直した。

 

 

そしてその日が来た・・・・。

 

 

https://ameblo.jp/athletes-revival/entry-12551722682.html

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