微弱通電治療を10年追い求めて③ | 未来スターを日々診療

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「 小児のケガから~アスリートまで 」

総来患外傷98%(小児疾患70%)の真髄
「治とは1ミリを診る事で細胞が栄える事だ。」
常識を超えた幾多の超回復を成し得て来た院長のブログ。

~奇跡の治療の日々備忘録~    院長 谷川栄治

それは雨のでした・・。

 

当時はある番組の予選オーディションに軽い気持ちで応募、

 

書類審査4000人、予選会200人でしたかね、

 

今でも人気の競技番組です。

 

で、本戦が決まったのでその練習をしていた時でした、

 

当時は江戸川の橋の鉄橋を命綱無しで上まで昇ったり、

 

3メートルの高い壁があれば跳び越えたり、

 

10メートルのロープがあればぶら下がったり、

 

今では通報される様な内容ですが、

 

本番を想定してやってて、

 

それで雨の日、5メートルの高さから滑って手を着いたら痛くて、

 

骨折でもすれば良かったのですが、

 

中途半端に腕は丈夫で、

 

でも本番の収録も1週間後に控えてて、

 

練習もやりながらの出場になりました。

 

結局、結果はしょっぱい内容で痛みは2週間経っても残ってて、

 

当時、働いていたクリニックでまず診て貰い、

 

治らない原因が分からず、

 

他の病院でも数件診て貰い、ダメ、

 

結局、手首日本一と言うK大学病院の先生にまでたどり着いたのですが、

 

手術を勧められました、

 

完全に治るかどうかは分からないと診断を受けた。

 

 

今思えばこの一言が自分の人生を一変した事と思います。

 

 

 

ある日、ジムで汗を流していたら、

 

テーピングぐるぐる巻の手を見て

 

「どうしたの?」と話しかけられて、

 

今、通ってる良い治療院があるから行って見たらと勧められた、

 

この時は半信半疑でした、

 

治療は最良のシステムを搭載した微弱電気を使い行う、

 

2回通いあまり変化も見られなかったので、

 

一旦、通院を辞めた、

 

しかし、たった2回でこの半年間痛みが消えなかったケガが

治るわけがないと考え、半月後に再診を受ける。

 

結局、腕は完治した。

 

 

そして・・・・

 

 

この痛みはなぜ消えたのか?

 

原因はどこにあったのか?

 

細胞の中では何が起きたのか?

 

その後、色々考えて微弱電気通電の可能性を追い求める事になった。

 

 

 

私は当時、良い治療家になる為に病院で働いて色々学んでいた、

 

困っている人をこれから沢山見れる様になる為にはどうしたら良いのか?

 

病院で勤務していればいつかは身につく物と思っていた、

 

ただ、痛みの真髄は薬や痛み止めでごまかし、

 

本当の痛みを診る事は出来なかった。

 

 

 

そして、決断をする。

 

 

 

日本一と言われた先生との出逢い、

 

自分のケガによって抑え切れない程湧き上がる好奇心、

 

世界にはどんな治療があるのか?

 

 

 

ある日、医療雑誌を読んでいて世界で活躍する先生を知る、

 

アメリカ・イリノイ州 シカゴ

 

直ぐに先生へ手紙を書いた。

 

 

 

まもなく・・

 

返事が届いた、

 

今でもその感激は忘れられません、

 

何か新たな一歩踏み出す切符を手に入れた様な感覚でした、

 

私には妻も子供もいましたが、

 

許してくれた家族には生涯、頭の下がる思いでした。

 

そして・・・

 

アメリカ行きを決断する、

 

34歳の夏でした。

 

 

https://ameblo.jp/athletes-revival/entry-12549404235.html

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