【誰に伝えたいのか】
を明確にすることは大事である。

とは、マーケティングの授業で習ったこと。

イリスは誰に何を伝えたいのか。
考察していくと、行き当たるのはヒロキである。

ヒロキは幼馴染で人類で初めて
好きになった男子である。
2014年の秋に心筋梗塞でこの世を去った。 バビルサ哀歌参照

【人の生き死にはその人が決めている。】
【人は望むように生きている。】
【この世界にかわいそうな人はいない。】
【全ては合意でできている。】

どんなにそんな本質を学んでもわかったつもりでも
怒涛のように悲しく、一晩中泣き
その悲しみは潜在的な悲しみを引き連れて拡大し
便乗したものが巨大化して手をつけられない
ような「無念の怪物」となった。
人の心はそういうふうになってるのだと思った。
それゆえに「人らしさ」でもあるのだと。

初めてヒーリングを受けた日、
「この子の無念は抜けたか?」
とヒーラーが話してるのを聞いた。
それが忘れられない。

無念の塊。
早逝の常習者。

本質を勉強していることも
歌っていることも
「癒し」という言葉より
「トムライ」という言葉の方がしっくりくる。

「トムライ」は死者に使う言葉だ。
死者=魂の存在
そこに向けて歌っていたのだったとしたら
「魂に訴える歌」だったのかもしれない。


ヒロキの魂が悔いなく、恨みなく軽やかに
次の人生を選択できますようにと祈った。
そして同じパターンを踏まないように
学習してほしいと思った。(余計なお世話だが)
魂こそ、本質を学んでほしい。
魂になる前にハラオチしておいてくれたらベスト。

生きている人間は100%死ぬ人間。
プレ死者である。
生まれた瞬間から死の方角に向かって歩き続ける。
だから死そのものは怖くもなんともない。
生まれた理由はその道中を楽しむため。
旅行と一緒だ。7泊8日のハワイだとしたら
ホテルでずーっとゲームしてるってことはない。
きっと調べていろいろ行くだろう。
たくさんの友人を作るもよし、一人で遊ぶも良し。
休暇だとしても極上を望み、その限られた時間を
どうやって充実させるか考えるだろう。

私のクリエイションの核は「無念」なのかもしれない。

無念につながる魂のネットワークがある。
イリスを聞いて理由なく泣いてしまう人々は
そういうタイプかもしれない。

無念だからって「無念のある人」になってはいけない。
癌だからって「癌病人」になってはいけないように。
私の一部が「無念」を持っているだけ。

「誰に伝えたいのか」

ヒロキ

というぺルソナ立てて構築していくけど
きっと自分の中の浮かばれない者たちに歌っている。

ヒロキはもう上がってると思うし
むしろあいつの性格からはせいせいしていると思う。
むしろ無念が残るのは残された家族や友人だろうな。

そのどちらにも届けたいものがあるのかもしれない。
その痛みや無念が「味わい」や「彩」として存在するのは
大丈夫。行き過ぎると肉体を壊してしまうから。 誰のせいでもないのだよ。