サイキックメンターは、私の結婚について 「西川さんは愛を教えるために彼に会った」と言った。
それが果たされたのかどうかはわからない。
愛が何かもわからないし、とにかく受け取る気のない男だったし。

今更、恨みも悲しみも何もない。
っていうか、ほんとにそれは縁だし。
息子を授けてくれた人だし感謝している。
もう会うこともないと思うけど。
養育費もくれなくなって久しいし。
「養育費払いたくない。会えなくなってもいい」と言ったのだ。
息子が「父親に捨てられた」と認識しないように
私たちはこれでもか、と注いだ。
ちょうど、その辺りにいろんな師匠に会わせまくった。
息子は癒やされ「ないものを数えない」を学んだらしい。
そのセンスがすごいのだけど。本当に感謝している。

彼の言動や行動が一体何であったか、考察するのが面白い。
時々、考察することで、違う事実に気づいたりするので。

彼はきっと考察しないだろう。
考察するには根気がいる。
内観センスがいる。
考察するための基本哲学がいる。
他人のせいにしないスタンスがいる。 感情的にならない冷静さがいる。

今も、彼はある意味息子を育て続けている。
反面教師として。そんな繋がり方もあるのだなあ。

彼のいいところは非常にピュアで情のあついところ。
利己的な部分が情と絡んで余計ややこしくなったのだ。 息子には「クールな頭とホットなハート」を提案している。
情は、人に寄り添うとき。
世界を認識するときは抽象度を上げてクールに俯瞰することができるように。
私はドライであまり情がない。ヒーリング始めて
だいぶ変わったけど、息子の方が情人間。
ママも情人間。それは一長一短である。 人一人を育てるには ここにいる人もいない人もみんなの力が必要だね。