みなさま、こんばんは

 

 

ここ数日、同居している母が体調不良を訴えており

病院へ付き添ったりしているのですが

 

具合が悪いのが始まって数日は、母も自分で様子をみていました

病院へ行った方がいいか、行かなくても大丈夫か・・

 

でも、数日経ってしんどさは少し収まってきてはいるものの

母の中で、やっぱり病院で診てもらおうと思ったようで

 

やっぱり●曜日に病院へいくわ、だからあなた付き合ってよ、、

という内容の事を●曜日の2日くらい前に私に言ってきました

(●曜日というのは、母がいつも通っている先生の外来診察の曜日なのです)

 

私は、はい!(快諾) というよりは

お母さんが運転ができなさそうならね、と答えました

 

それに対して、母は、先生にちゃんと症状を伝えないといけないし、

(耳が少し遠いので、先生とのやりとりがうまくできるか不安なんだと思います)

とも言ってきたので

 

私は、じゃあ、お昼時間近くで予約を入れられたら入れてね、と返答しました

 

 

とてもひどい娘だなぁ~と思うのですが

私は母に付き添ってほしいと言われたとき

心配する想いはあるので、診てもらった方がいいねと思考しましたが、

一方で、仕事、休み(時間休)取らないとだな、、自分で行けそうなら行ってほしい、、と思考しました

 

 

 

この自我システムを観察すると

 

「私の予定を崩される要望・依頼に対して、否定反応が出る」かなと観察しました

 

未来に対して、こうしたい、こうしようという自我の計画があって

その予定に対して障害となるような現実が起こると、拒否反応が起こる、ということでしょうか

さらに、現実を最善の學びと捉えられておらず…自我の障害と捉えてる…

(最近、このシステムの発動ばかりを捉えてます・・・)

 

以前、セッションで、母と意見が分かれて(説得という名の)話し合い・言い合いになったという現実を観察した際に

母の世界(気持ち、想いなど)との融合をはかる ということを教えてもらいました

 

今回の覚醒方向への行動グランディングは、この母の世界との融合なんだろうな~と観察しました

 

母は、体調がよくないことに対しての不安もあるし

病院へ一人で行くことに対して心配もしています

(普段の定期的な病院は全然一人で行っていますが)

 

現実(=母の世界)< 私の気持ち(自我)  となっているのを

母の世界 > 私の気持ち(自我) へと意識とエネルギーを調える

 

母はもう一人のわたしであり

気持ち、想いに寄り添ってサポートしてほしいわけです

その片割れとの融合 なんだろうな・・

 

我ながら、意地悪だなぁ~と感じる思考が出てくるのもシステム(→否定ではなく、現在地把握)

どうしてこんな意地悪なんだろう・・?という自我思考に嵌らず

 

意識とエネルギーを調えて、行動グランディング(ここでは、母の世界との融合)をはかっていきたい

と思います

 

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました☆

それではまた~