みなさま、こんにちは
わたしが、史上最強の哲学者であり、
世界最強の思想家である、風流師匠です
自己超越から自己認識への導きサロン
命もいらぬ、名誉もいらぬ、官位や肩書きも、金もいらぬ、という人は、
始末に困るものである。
だが、このような始末に困る人物でなければ、
困難を共にして国家の命運を分けるような大きな仕事を、
一緒に成し遂げることはできない。
先日、知人から「 風流師匠の取り組みがうまくいかなかったらどうするのか? 」と質問されました
と、言うことで本日はそれについてお話します
まず、風流師匠が一番伝えたいことは、自分が正しいと思っていることに取り組んでいることは楽しいと言うことです
それは、結果を求めて取り組んでいるのではなく、楽しいから取り組んでいるのが大前提
言うなれば、これは究極の金のかからない趣味です
では、自分が楽しいことを共有し対話できる場があれば、さらにこの活動は楽しいことになりますね
自分の好きなことで仲間が出来て、それが発展しビジネスになれば、これは最高の取り組みになりますね
そして、この理念が未来の子どもたちまで良い影響を及ぼす可能性があるのであれば、それは今の時点で自分の趣味の活動でも、自分の最大限の可能性を目指す茨の道を選択できるだけです
なぜなら、自分が正しいと思っていることに挑戦すること自体が楽しいからです
そのため、これは結果を求めるモノではなく、自分の可能性への挑戦であり、それはただ楽しい活動だからやってるだけです
さらに、知人にユーチューブなどでアピールしないのか?と質問されました
そこで、風流師匠が言ったのは、自分の希望は伝説になること
それは、もし100年後にこの取り組みが成功したときに、風流師匠という実在の自分が名を残すことではなく、風流師匠という不確かな人物がいたらしい、という存在が希望なのです
そのため、ユーチューブなどで自分の考えを偉そうに語ることは考えていません
風流師匠の取り組みは、宗教の教祖みたいに自分を崇めてもらうモノではありません
風流師匠の言っていることは、ごくごく当たり前のことであり、それに共感するわずかな人間とコアなネットワークができることが理想なのです
更に言えば、風流師匠も叩けばホコリしかでない人間なので、万が一この活動が世に認められたとして、風流師匠の過去の行いが問題視され、この活動自体の足を引っ張る可能性もあります
ならば、風流師匠は表に出ず、あくまでもこの理念に賛同し行動を起こした善良な人が脚光を浴びるべきだと風流師匠は考えます
このようなことを想定し、より窮屈な状態で、風流師匠が考える正義を実現するために、風流師匠はどうするべきかを考え答えを導き出すこと自体が風流師匠は楽しいのです
命もいらぬ、名誉もいらぬ、官位や肩書きも、金もいらぬ、という人は、
始末に困るものである。
だが、このような始末に困る人物でなければ、
困難を共にして国家の命運を分けるような大きな仕事を、
一緒に成し遂げることはできない。