ガクトの犬問題と三段論法 | 自己超越から自己認識への導きサロン

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100年後の未来の子供たちが夢や希望が持てる社会つくりのために

みなさま、こんにちは

 

わたしが、史上最強の哲学者であり、

 

世界最高の思想家である、風流師匠です


 

風流師匠は、100年後の未来の子供たちが夢や希望が持てる社会つくりに取り組みました

 

100年後の世界が夢や希望が持てる世界にするために、まず取り組むべきことは、夢や希望が持てない社会環境でも、我が子を夢や希望が持てる人間に育てられる親に、我々大人が成長をすることです

 

では、我が子を夢や希望が持てる人間に育てるためには、夢や希望は持てる人間とはどんな特性の人間なのかを具体的に考えなければなりません。

 

そのイメージした特性を育てられる大人になるために、自分は具体的にどのような人間に成長しなければならないのかを具体的の考え、実行する必要があります

 

風流師匠は、100年後の未来の子供たちが夢や希望が持てる社会をつくるために、このような答えのない難題を解決するために必要な思考力と行動力を持つ人間だけが集う場の形成を目指しています



 

前回、ガクトの犬問題の感想を記事にしたことで、風流師匠が感覚的に理解したことを言語化できるようになりました

 

本日は、この風流師匠が感覚的に理解していたことを発表をします

 

まだ、言語化したばかりだから、思考が整理されていないため、つたない文書になっていることはご了承ください


 

まず、大前提に風流師匠の考えは、100年後の未来の子供たちが夢や希望が持てる社会つくりです

 

そのために、正しいことを正しく対話する環境を形成するために、何が善で何が悪なのかが基準となっています



 

感情論で物事を好き嫌いで判断すること、それは価値観です

 

そのため、よりよい人間社会を形成するには、価値観が違う人間を受け入れる必要です

それは、相手の価値観を知ることで、相手との距離感を保った接し方が出来るからです。


 

自分の感情を超越した善悪の判断、それは信念です

 

その判断が信念なのか感情論なのか?は、三段論法で区別が出来ます


 

では、ガクトの犬問題を例に、具体的に考察します

 

ガクトを批判する人は、犬は家族も同然。その家族の気持ちを考えないガクトの行動を批判します

 

しかし、ガクトは犬の気持ちよりも、知人の心を癒やすことを優先した行動をしました

 

これは、価値観の違いで好き嫌いの問題であり、相手の人間性を断罪する善悪の問題ではありません

 

さきほど書いたように、円滑な人間関係を形成するには、相手の価値観を受け入れることで、相手との距離感を保った関係を構築することが大事なのです


 

そのため、この問題で正しい対話はこうなります

 

「 私は犬の気持ちを考えないガクトさんの行動は不快なので、今後このような行動は謹んでください 」

 

と、自分の意見を相手に伝えるだけです

 

それに対しガクトが、あなたの気持ちを考えない行動を反省するのか、またはガクト自身は自分のファンのために行動をしているのだから、嫌なら見ないでくださいと、反論するのか、になります

 

では、もしもガクトに自分の意見を拒否されたときは、価値観の合わないガクトと距離を取るのか、価値観の合わないガクトだけどそれでも今のままの距離で良いのか、選択をするだけです

 

しかし、SNSのような対面ではない、自分の言葉の責任を追わない場だと、自分の意見と違う人間を断罪する人間が多くいます

 

その原因は、実世界の日常では、相手と争わないために常に自分の意見を押し殺しているから、SNSなどの場では自分の意見と違う人間をすぐに断罪するのです



 

では、風流師匠も、風流師匠の考えを批判する人間を断罪します

 

しかし、風流師匠の場合は、感情論ではなく信念だからです

 

それは対話ではなく、討論なのです


 

討論とは、自分の正当性を主張することであり、同時に相手の間違った点を指摘するこで、自分の正当性を証明することです

 

この正当性は、三段論法で証明されます

 

では説明をします


 

風流師匠の考えを批判する人は、風流師匠は人の意見を受け入れない独裁者みたいな人間だと、風流師匠を断罪します

 

しかし、風流師匠が断罪するのは、悪しき意識だけなのです

 

風流師匠の善悪の基準は、100年後の未来の子供たちが夢や希望が持てる社会つくりであり、それは夢や希望が持てない社会で夢や希望が持てる子供を育てられる大人に成長するための意識です

 

風流師匠がここで求めている意識とは、答えのない難題を解決するために、自分で考え答えを出す思考力と、その答えを実行する行動力です

 

では、このときに導き出した答えが、風流師匠の考え( 価値観 )と違う人間でも、それは受け入れます

 

さらに言えば、俺は未来の我が子のことを考えることよりも、己の欲得を優先する方が大事じゃ!!と、言い切る人間の意見も批判はしません

 

大事なのは、相手の価値観を知ることで、相手との距離感を知り、その距離に合わせた付き合い方をすればいいだけです

 

では、風流師匠が断罪するのは、難題に挑戦をする思考力と行動力がない己の生き方を正当化するために、風流師匠の考えを否定する人間だけです

 

なぜ、断罪するかと言えば、この人間の意識こそが、子供たちが夢や希望が持てない人間になる根本原因だからです

 

では、風流師匠の考えが正しいことを三段論法で証明しましょう



 

三段論法

 

夢や希望が持てる人間とは、難題に挑戦をする思考力と行動力を持つ人間

 

難題に挑戦をする思考力と行動力がない人間は、夢や希望が持てない

 

故に、この思考力と行動力を持つ人間の主張を批判する人間の子供は、親と同じ価値観になる

 

風流師匠は、夢や希望が持てる人間になるには、難題に挑戦をする思考力と行動力を持つ特性が必要だと考えます

 

だから風流師匠の考えを否定するのであれば、子供たちが夢や希望が持てる社会をつくるための代案を主張するのが筋なのですが、風流師匠を批判する人は風流師匠の実現不可能な取り組み自体を批判するだけ

 

だから、そんな生き方をしていると、お前の子供もお前に似てクズになるだろ〜と注意勧告を風流師匠はしているだけなのですが、それを聞いた人間は感情的に風流師匠を中傷するのです



 

では、ガクトの犬問題も三段論法で、ガクトを批判する人間が矛盾していることを証明できます

 

ガクトを批判する人は、ガクトの行動は犬の気持ちを考えない人間のエゴだと、ガクトを断罪します

 

1,

犬は家族だ!

 

家族を人に譲渡することは出来ない

 

故にガクトはクズ

 

では、この三段論法が正しくないことを証明する三段論法を言います

 

ペットが家族と同じ(犬は人間と同じ)

 

ペットショップと言う人身売買場で家族を購入

 

故に、人間と犬を同列で語る人間は矛盾している


 

2,

犬は環境が変わるとストレスを感じる

 

数ヶ月共にした犬を譲渡するには犬の気持ちを考えていない

 

故に、ガクトはクズだ

 

しかし、

 

ブリーダーは数ヶ月共にした犬を売買する

 

ブリーダーと数ヶ月共にした犬を購入するのは、犬の環境を変えることになる

 

故に、ブリーダーから犬を購入した人間はクズになります



 

ガクトを犬の気持ちを考えない人間のエゴの行為だと言う人がいます

 

しかしペット産業自体が人間のエゴなのです

 

犬自体の特性を殺し、人間に好かれる犬種を人工的につくりあげ、ペットショップで売れ残れた犬を殺処分する現実に対し、なんの行動もしない人間が、ガクトの行為を断罪しても、それは矛盾だらけなのです

 

この矛盾だらけの主張で論議をしても、そこに建設的な対話は生まれないのです。

 

犬を家族だと思って大事にするのは良いこと

 

犬の気持ちよりも知人の心を癒やす行動をするのも自由

それは、善悪を断罪するようなことではなく、ただの価値観の相違だけです

 

しかし浅はかな人間ほど、自分の価値観でマウントを取りたがるのですね〜

 

だから、風流師匠は、このような浅はかな人間に、己の愚かさを理解させる取り組みをしたら、大変な月日を費やしてしまったのですな〜

 

さらに言えば、大変な時間を費やして出た答えは、浅はかな人間を理解させることは不可能