みなさま、こんにちは
わたしが、史上最強の哲学者であり、
世界最高の思想家である、風流師匠です
風流師匠は、100年後の未来の子供たちが夢や希望が持てる社会つくりに取り組みました
100年後の世界が夢や希望が持てる世界にするために、まず取り組むべきことは、夢や希望が持てない社会環境でも、我が子を夢や希望が持てる人間に育てられる親に、我々大人が成長をすることです
では、我が子を夢や希望が持てる人間に育てるためには、夢や希望は持てる人間とはどんな特性の人間なのかを具体的に考えなければなりません。
そのイメージした特性を育てられる大人になるために、自分は具体的にどのような人間に成長しなければならないのかを具体的の考え、実行する必要があります
風流師匠は、100年後の未来の子供たちが夢や希望が持てる社会をつくるために、このような答えのない難題を解決するために必要な思考力と行動力を持つ人間だけが集う場の形成を目指しています
先日、坂上忍のバイキングを見ていたら、GACKTがペットロスの知人に愛犬を譲渡して炎上しているニュースを見ました
ペット愛好家の人々は、愛犬は我が子と同じだから犬の気持ちを考えないGACKTの行動を批判していました
しかし、風流師匠は、その意見に対し違和感を感じました
例えば、
これが「マタギ」でも批判をするのか?
マタギとは、狩猟を専業とする人々です。
このマタギを生業とする人が猟に出て、相棒の狩猟犬をヒグマに殺されたとします
そのマタギは家族より絆の深い愛犬を殺され深く悲しみました
それ以上に、愛犬を殺されたことで猟に出れなくなり、生活費を稼げなくなり困窮してしまいました
それをみかねた同僚のマタギが、自分の愛犬を一匹譲渡することにしました
この行為に対しても、愛犬は家族で犬の気持ちを考えろと言う人は、マタギが生活費に困窮して餓死にしても良いから、他人に愛犬を譲渡するのは反対だと言うのでしょうか?
もしも、そこまで言える人間であれば、GACKTの行為を批判する人の意見には納得します
しかし、時と場合によっては愛犬の譲渡はいたしかたないと言うのであれば、それはダブルスタンダードと言うのです
ダブルスタンダードの人間の意見は、非論理的なため一貫性がありません
そのため自分の意見に賛同しなければ感情的に相手を批判するのです
ペットは家族だから可愛そう、犬の気持ちを考えろ!!と、感情論の主張ほど、良いことをしていると錯覚しやすいため、人々が賛同しやすい
それは隣国の慰安婦問題でも同じですね
明らかな証拠を提示し、慰安婦は売春婦だと主張をするよりも、慰安婦のおばあさん達は苦労をしたのだから彼女たちを守らなければならないと主張をした方が、無知な人ほど感情論を主張している人の方が正しいと思います
そして、感情論は批判されると集団で相手の人格攻撃
自分の歪んだ正義を押し付ける人々は、あー危うい危うい