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みなさま、ご無沙汰しております。
私が、史上最強の哲学者であり、世界最高の思想家の風流師匠です。
2ヶ月近く、ブログの更新をしていませんでしたが、毎日沢山の人が、私のブログを観覧に来ていただき、有難い限りです。
今回から数回にわたって、近代哲学の父、カントの哲学を用いて、道徳、理性ついてお話をし、最後に正しいことが正しくできる環境を考えみようと思います。
まず、道徳とは、何でしょうか?
道徳とは何かを論じる前に、自分の道徳則に従って生きる人間と、自分の道徳則を持ち合わせていない人間の違いを説明しましょう。
人は、自分の道徳則に従って生きたときに、自分の生き方に自信と誇りが持てるようになります。
己の道徳則に従って生きていける人間は、周りの人間から、自分の行動や考え方を批判されても、自分自身を信じることが出来る、「 心の強さ 」を持つのです。
逆に、自分の道徳則を持たない人間は、周りの人間から自分の行動や考え方を否定されることを恐れるあまり、ついつい周りの人間に自分の考えを合わせてしまう為、自分がどのような人間なのかわからない生き方に陥ってしまうのです。
人の人格を形成する上で、己の道徳則を持つことはとても大事なことになります。しかし、この「 道徳則 」は、その人間の価値観に
よって違ってくるのです。
例えば、怪しいカルト教を信仰している人たちがいます。
彼らは、周りの人間から、その信仰を辞めるように説得されても、聞く耳を持ちません。
それどころか、そのカルト教団の教義を実践することで、精神的な幸福を得ている人たちもいます。
このように、ひと言で、「 道徳則 」と言っても、私の持つ道徳則と、カルト教(宗教)を信仰する人の道徳則とでは、その道徳の意味はまったく違うのです。
それは、人の価値観によって、道徳の意味するモノが違うと言うことです。
自分の道徳則に従って生きていける人間同士であっても、その人が持つ価値観によって変わるのが道徳観です。ならば、自分の道徳則に従って生きることが出来ない人間に、「 道徳 」とは何かを説明しても、それを理解させるのは難しいことです。
では、次回は、カントが実際に取り組んだことを基に、価値観が違うと道徳観が違うことを説明していきましょう。