ルチへの回答ー1 | 自己超越から自己認識への導きサロン

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100年後の未来の子供たちが夢や希望が持てる社会つくりのために


みなさま、こんにちは。


私が、世界最強の思想家であり、史上最強の哲学者である風流師匠です。



また、また、イメージができていない人間が、私のブログにコメントをしてきました。



本日、書いた「 私の取り組み 」で、たぶん私に否定的なコメントがあるとは思っていました。


私の取り組みで、私が最後にいった言葉は、「 私の取り組みは、歪んだ社会で生きていく未来の子供たちのことを考え、心の強い人間の育て方がわからない人間の考え方を全否定することから始まるのです。」


この言葉だけに反応をする人間は、私に否定的なことを言ってくるでしょう。


では、なぜ、私の最後の言葉にだけ反応するのか?




それは、100年後の未来の子供たちが夢や希望が持てる社会つくりをイメージ出来れてないからです。


ここを、掘り下げて、イメージ出来ない人間に説明しても意味がないので、違う形で説明しましょう。




まず、私にコメントをしてきたルチと言う人間は、「 本当に「世界最強の思想家であり、史上最強の哲学者である」のであれば、同時に偉大な指導者でもあるはずです。」と言ってきました。


これは、「 思想と指導の違い  」の記事で、思想と指導の違いを説明していますね。


私は、思想家ではあるが、指導者ではないとね。




で、次です。


ルチは、「 もっとリアルな言葉を発して欲しいです。そうでなければあなたが本当に素晴らしい事を記事にしているのかわかりませんし、本当に中身の無い話をしているとしか判断できません。 」


ね、判断できないのではなくて、ルチが100年後の未来の子供たちが夢や希望が持てる社会をつくるために何をしたら良いのかイメージが出来ないから、私の言葉を理解できないだけなのです。


このルチと言う人間は、私の言葉を理解できない己の薄っぺらい生き方を反省することなく、私のことばかり批判しているのです。




では、ここを具体的に言いましょう。


私は、100年後の未来の子供たちが夢や希望が持てる社会つくりをしています。


私は、この取り組みをするために、自分が築き上げた生活の安定を捨て、金を稼ぐ時間と、恋愛を楽しむ時間を犠牲にして、自分の取り組みをするための時間を作りをしたと、常に公言をしています。



なぜならば、私はこれを言えば、私の考えは、私がどのくらいの心の葛藤や苦悩を乗り越えることで導き出した答えなのか!人は理解するだろうと思ったからです。



しかし、私のような生き方が出来ない人間は、私の心の葛藤、苦悩をイメージすることが出来ないため、私が100年後の未来の子供たちが夢や希望が持てる社会つくりをしていると言うと、私がただの理想家だと勘違いをするのです。




このルチは、「 もっとリアルな言葉を発して欲しいです。本当に中身の無い話をしているとしか判断できません。」と、言っていますね。


私のように、自分が築き上げたモノすべてを捨て、人から批判、非難されてでも、自分の心の中にある正義を貫いた生き方をしていれば、私の言葉がリアルに、しかもとても内容の濃い話だと、私の言葉に共感するはずです。




ま、ルチのようなことを言う人間の生き方に共感できないのは私も同じです。


私も、心の弱い人間の心の苦しみは理解できないため、心の弱い人間の苦悩など理解できません。


そのため、心の弱い人間に同情などする気がおこりません。


それと、同じように、自分の心に悩む弱い人間は、心の強い人間がどのような生き方をして、自分の考えを作りだしたのかを理解できないのです。




昔、私が自分の考えを、うまく人に伝えられないときは、私の取り組みに否定的な意見を言う人がいました。


そのときは、私の考えの正当性をどう言えば伝えられ、私の取り組みに否定的なことを言う人間がどれだけ社会や子供たちの心に悪影響な考え方なのかを考えることがとても楽しく、私の取り組みに否定的なことを言う人間の言葉を論破することが面白かったです。


しかし、今は、私の取り組みは良いとは思うが、私の考えを理解できず、私の考えに対しイチャモンを付ける人間に対しては、もうウンザリです。


精神が未熟な生き方をしているため、精神性の高い私の生き方を理解できないのは仕方がないのです。


ならば、己の精神が未熟がだから、精神性の高い考え方の人間の言っていることを理解出来ないんだと、自覚をしなければなりません。




ユーチューブを見ていたら、「 天才会議  」と言う番組がありました。


そこには、バカについて話をしていました。


そこで、この番組がはじまって36秒ぐらいで、苫米地英人がバカな人間について、こう言っています。


「バカだから、わかんないと言うことに、理解するのに時間がかかった」と、言っています。


バカな人間ほど、己の理解力がないことを理解しないで、自分の理解できないことを言う人間の批判をするのです。


その人間にいくら説明してむ無駄なのです。


なぜならば、バカにどんなに説明をしても、バカにはわからいからです。


バカは、自分がバカだと自覚をしていないから、自分のある知識の中で自分を正当化するのです。


しかし、バカの知識などたかが知れているため、その正当性は知識の少ない人間の理論なのです。




私の場合で言うならば、バカとは、精神性の低い人間です。


そして、精神性の低い人間ほど、この精神性をよく理解できていない。


もしも、本当に、私の考えを理解したいのであれば、それは私とルチを言う人間が直接合って話さなければ理解されることは不可能です。


このルチと言う人間が、なぜ、精神性の高い人間の話を理解できないのかを、ルチと言う人間と直接話していく中で、その人間の生き方を洞察し、その人間の精神性の弱さを解いていかなければ、理解させることは不可能です。


私的には、このブログを通じて、とても論理的かつ、とても具体的に話をしているつもりなのですが、精神性の低い人間ほど、私の言葉を断片的にしかとらえることが出来ないから、イメージが出来ないのです。




私は何百回でもいいます。


私の考えを否定する前に、己自身の生き方を見つめなおせ!



しかし、困ったことに、精神性の低い人間ほど、これが理解できないんだよね~




理想とは、当たり前のことです



当たり前のこととは、可能性です。



当たり前という可能性が、ビジョンになります。


当たり前のこととを、当たり前にするということは、周りから批判、中傷され、孤独な闘いです。


この孤独な闘いに勝つには、目先の金が欲しいとか、恋愛を楽しみたいと言う時間を割いてまで、自分が信じた正義の正当性を人に伝える努力をしなければなりません。




私の言っている言葉が理解できない人に聞きます。


あなたは、このような生き方をしていますか?


ここまで言っても、理解できない人には、理解できません。


私が伝えたいことは、私のことを理解できる人に、風流師匠は一生懸命頑張っているんだなと感じて欲しいのです。


そして、自分の人生とリンクをさせることで、風流師匠も頑張っているのだから、あなたも自分の思い通りにならない人生に立ち向かう勇気を持ってください。



次回は、私の言葉を理解できない人に、私の取り組みをイメージしていただき、私の言っていることを理解してもらえるように、私がつくろうとしているコミニュティーについて、お話しましょう。