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先日、私と考え方が違う読者から、私は世界最高の思想家ではないと書かれたました。
本日は、私が世界最高の思想家であることを証明し、そして思想と指導の違いを解説しましょう。
まず、思想とは何でしょうか?
1 心に思い浮かべること。考えること。考え
2 人生や社会についての一つのまとまった考え・意見。
3 哲学で、考えることによって得られた、体系的にまとまっている意識の内容をいう。
私の思想は、目先の金を重視するこの歪んだ社会環境でも、目先の金や己の感情に惑わされない、強い心を持つ子供が育てられる大人になるための考え方です。
そして、私の哲学とは、自分が築き上げた、自分の生活の安定(物欲)と、複数の女性を自由に出来る環境(色欲)を捨て、8年以上無欲な生活を続けることで、物事を深く考える時間をつくった人間の哲学です。
多くの大人が子供の育て方がわからないと苦悩する日本の歪んだ社会で、心の強い人間を育てられる大人になる考え方を広めるために、自分の築き上げた生活をすべて捨て努力を続けている人間など、私しかいないでしょう。
そのため、この分野では、私が世界最高の思想家なのです。
目先の金を求めたり、恋愛を楽しむことよりも、自分にとって大事なことを追求する考え方とは、釈迦やキリストのような聖人や孔子やソクラテスのような賢者が伝えようとしている、人のあり方なのです。
そして、目先の金を重視しない正しく健全な人間が集まった組織こそ、どんな社会状況でも勝ち抜くことが出来る、クリエイティブな人材が育つビジネス組織へと発展するのです。
私の思想、哲学は、人間のあり方、巨万の富を得る組織のあり方、を示しているのです。
人が、金や恋を求めようとするのは、自然なことです。
私は、金や恋を求めることよりも、自分が正しいと思ったことを追求する方に興味があっただけなのです。
逆を言えば、自分が何をしたいのか、自分は何になりたいのか、自分自身は何を考えているのか、自分自身のことを理解できない人間ほど、金や恋を求めようとします。
だからこそ、親は子供が物心つく前に、自分の感情(物欲や色欲)を優先することよりも、自分が信じたこと(精神的価値)を追求する人間を育てなければならないのです。
社会は、金や恋愛に関する情報が氾濫し、子供を育てる親も金や恋を重視した生き方をしていて、どうやって自分の感情(物欲や色欲)よりも、自分が信じたこと(精神的価値)を追求する人間を育てられるでしょうか?
私は、この現状で、自分の感情よりも、正しいことを意識する人間を育てるための考え方を示しているのです。
どんなに社会で金や恋愛に関する情報が氾濫しても、幼少の子供にとっての世界とは、家庭環境だけです。
そのため、家庭環境では、自分の感情(物欲や色欲)よりも、自分にとって大事なこと(精神的価値)を意識する人間の考え方で成り立つ世界をつくれば、子供は自然にその考え方の人間になります。
では、このような家庭環境を築ける大人になるためには、金や恋を重視する人間の考え方と、金や恋に依存するこのない人間の考え方の違いを知らなければなりませんね。
そこで、私は、このブログを通じて、金や恋を重視する人間の発言や意識と、金や恋に依存することのない人間の発言や意識を示しています。
たとえば、
テレビで、日本のスターと世界的なスターのトークがありました。
日本のあるスターが、恋を重視をした発言をしました。
大衆に影響を及ぼすスターが、恋を重視する生き方の発言をするから、恋に依存をして生きる人間がその発言に共感し、自分の生き方を反省することがなくなるから、その人間が子供を育てるときに金や恋に依存をしない人間が育つ環境をつくることが出来ない。
世界的なスターが自立する人間の発言をしました。 そのスターは、恋よりも自分のやるべきことを重視した生き方をし、その結果、その才能が超一流の大スターに見いだされました。
この違いを見極められる人間になることで、子供と接するときは、自立した人間の考え方を意識して、子供に接する努力をすることが出来ます。
このときに、私が日本のスターを侮辱した考える人間は、自立した人間が育つ環境の考え方よりも、自分の感情を優先して考える人間なのです。
正しいこと(物事の本質)を見ようとせず、自分の感情で物事を見る人間では、子供を育てるときに、自立した人間の考え方が育つ家庭環境を築くことが出来ないのです。
思想と指導
私の悪い箇所は、言い方です。
私の発言に怒り心頭になった人は、私の考えが理解できないだけなのです。
だから、私が、まずは、自分の発言を謝罪し、相手を冷静にさせなければならないのです。
その後、私の考えを伝え、私の求める考え方で、相手が物事を考えるように誘導する。
これが出来る人間が、一流の指導者です。
釈迦やキリストは、すばらしい思想家であると同時に、超一流の指導者なのです。
では、私は、誰のために、自立した人間が育つ環境をつくるための考え方を示しているのでしょうか?
それは、私のブログの読者に育てられる未来の子供たちのためです。
ハッキリ言えば、私のブログの読者に育てられ子供が、どうなろうと私にはまったく関係がありません。
私が、何らかの形で、その人間の一生にかかわるのであれば、私も、その人間のことを考えて、その人間の考えが少しでも変わるように、その人間に適した接し方をします。
しかし、私となんら関係ない人間のために、なぜ、私がそんな面倒くさいことをしなければならないのでしょうか?
所詮、人間は、一人で生まれ、一人で考え、一人で答えを導き出し、一人で死んでいくのです。
人生とは、孤独で誰にも頼ることが出来ないのが現実。
子育て
私は、自分の発した言葉に対し、批判的な意見を言う人間と出会うことで、物事を深く考えます。 どうして、自分の伝えたいことが伝わらないのかを考え、相手と自分の違いを見つけ出し、答えを導き出します。
そして、それを次の発言するときの参考にします。
子育ても同じです。
自分の思い通りにならない人間を、どうやって自分の思い通りの行動が出来る人間に変化させるか?
子供との接し方で、子供の反応を知り、より良い接し方を導きだす。
ただ、その時に、どんな人間になって欲しいのか、自分のことさえわからない人間が、そこに答えを導き出せるはずがありませんね。