新潟フットサル事件 | 自己超越から自己認識への導きサロン

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みなさま、こんちには。


私が、史上最強の哲学者であり、世界最高の思想家である、風流師匠です。


私の価値観(生き方、考え方)は、目先の金を追わず、己の欲望に惑わされず生きた人間の価値観です。


目先の金を追わない人間が、組織のトップになるからこそ、その組織は正しく健全な組織に発展するのです。


己の欲を押し殺しても、自分にとって大事な価値を守る人間が子供を育てるから、心の強い人間が育つ家庭環境が築くことが出来るのです。


私の思想は、とても簡単でしょう!




つい先日、このようなニュースが世間をにぎわせました。


新潟県内の中学生フットサル大会で試合にわざと負けるよう指示したとして、公立中サッカー部のコーチで同校の教頭(47)が9日、日本サッカー協会から「12カ月のサッカー関連活動の停止」という厳しい処分を受けた。教頭は「弁明の余地がない」と反省しきりという。


日本協会によると、同校は今年1月の上越地区大会で3連勝し予選リーグ突破が決定。教頭は準決勝で相性の悪い相手との対戦を避けるため、次戦で大量点で負けての2位通過を画策し、生徒に指示した。すると生徒は故意のオウンゴールを6度繰り返すなど忠実に指示を“実行”。試合は0-7で敗れ、狙い通りの2位通過を果たした。


 犬飼基昭会長は「教育者の風上にもおけない」と怒り心頭。教頭も「フェアプレー精神に反し、教育的配慮にも欠けていた」と事実関係を認め、謝罪した。もっとも、同校は決勝トーナメント初戦で敗退。“悪知恵”も実を結ばなかったようだ。





ワイドショーのコメンテーターの多くは、この教頭の何が悪いのかわからないと言っていました。


目先の結果を得るために、己の心を妥協して生きている人間は、この教育問題を理解できないのです。




教育とは、何でしょうか?


私が考える人間教育の根本とは、目先の金や結果よりも大事な価値を知る、強い心と真っ直ぐな精神の人間を育てることです。


これを軸にして学校教育を考えると、学校教育とは自分の目の前の困難に正々堂々と立ち向い、目の前の壁を乗り越えるために創意工夫をする習慣をつけ、目の前の壁に挑戦することに情熱を燃やせる人間が育つ環境をつくること、これが学校教育の場だと、私は考えます。




学生時代は、大いに失敗が許される場です。


失敗が許されるからこそ、自分たちの限界に挑戦できるのです。


特に、学生時代のクラブ活動は、クラブを通じて、結果よりも物事に挑戦する尊さを学ぶ絶好のチャンスの場です。




みなさま、考えてみてください。


今回の新潟のフットサルの事件のように、県優勝を目指すチームが予選を突破し、本戦のトーナメントを有利に運ぶために、予選の最終戦をワザと負けたとしても、結果的にトーナメントを一回戦で負けれしまえば、そこから得られるモノなど何もないのです。


ならば、本戦のトーナメントを有利に運ぶため、予選の最終戦は負けても良いのであれば、補欠部員や一年生部員で構成したチームで試合に望むべきだったのです。


補欠部員にとっては、試合に負けても真剣に試合に取り組んだ公式戦は、一生心に残る良い思い出になります。


また、負けてもいい試合を勝ったとしても、来年以降のチームを担う一年生部員にしてみれば、試合に勝つ経験が自信となり、この一戦の勝利がチーム力の底上げとなり、来年以降を見据えたチームの経験につながります。


学生時代のクラブ活動で重要なことは、県大会で優勝する目的なのでしょうか?それとも、クラブ活動を通じて子供たちに何を教えるのかその意義なのでしょうか?




生活を豊かにするために大事なことは、目的を達成していくことです。


しかし、人生において大事なことは、目的ではなく、意義なのです。


「 人生の意義 」を感じることも出来ない人間は、せめて生活を豊かにした幸せを掴むために必死となり、自分の心を妥協しても目先の結果を得る生き方を正当化するのでしょう。




目先の結果を達成するために、己の心を妥協して生きていることを正当化する大人は、今回の新潟のニュースを悪いととは思いません。


目先の結果を達成するために、己の心を妥協することは、本当は悪いことだと自覚をする大人は、今回の新潟のニュースは悪いことだと感覚的に理解します。


しかし、ワイドショーのコメンテーターのように、今回の新潟のニュースを悪いとは思わない人間の方が、理路整然と自分の意見を主張します。


テレビを通じて、歪んだ精神の人間の考えが、一般大衆の意識を侵食していくのです。

そして、歪んだ精神の人間の考えを正しいと思う人間が増加し、その人間が親となり子供を育てていくのです。