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本日、紹介する賢人の言葉は、
「 何かを伝えるには、まとまった時間が必要である。計画や方向づけや仕事ぶりについて、部下と15分で話せると思っても、勝手にそう思っているだけである。肝心なことをわからせ、何かを変えさせるたいのであれば、1時間はかかる。」
これは、世界一の経済学者と言われた、P・F・ドラッカーの言葉です。
今、社会では、自分の思っていることが言えず、自分の心を押し殺して生きている人たちが沢山います。
逆に、言ったもの勝ち、やったもの勝ちの風潮があり、秩序や他との関係を乱してまでも、自分の言い分を押し通す人間もいます。
私が目指す環境は、人々が自己を主張できる環境を作るために、秩序や基準を明確にした環境です。
では、この「 秩序 」や「 基準 」とは何でしょうか?
私は、自分の取り組みを説明する前に、常に人々に伝えることは、私が月に何百万も稼いでいた生活を捨て、7年間無欲な努力をし続けていることです。
これは、自分の考えていることを人に理解させ、相手の意識を変える取り組みをするためには、自分の生活を守りながら、片手間で出来ることではありません。
今回、紹介したドラッカーの言葉は、仕事にも、子育てに共通します。
自分の部下(子供)に、肝心なことをわからせ、相手の意識を返させたいのであれば、上司(親)は、自分の時間を割いて、相手と真剣に接していかなければなりません。
これは、相手(部下や子供)に自分の考えをわからせ、相手の意識を変えるためには、相手と向き合う時間を作るために、自分の時間を割いて努力をすることです。
私の場合は、人々に、私の考えを理解させ、人々の意識を変えるために、自分自身の心と向き合い、自分の心を向き合う時間を作るためには、自分の生活の安定を捨て努力をしなければならないのです。
自分の心と向き合うことは、相手と向き合うことよりも大変です。
このことを理解する人は、私の努力をリスペクトし、私の価値観に興味を持ちます。
以前、私のブログのコメントに、「 30歳で気がついて、7年無欲で努力、へ~。気がつく年齢が遅い!、たったの7年努力短い!若輩者じゃん。」と、コメントした人がいます。
彼女は、私が彼女の書いたメッセージを理解しないから、それに怒ったと言っていましたが、私から言わせれば、相手が自分のことを理解しないからと言って、感情的になる段階で、人として大事な努力を怠って生きているのです。
相手に自分の考えを理解させるためには、相手と向き合い自分の時間を割いた努力をしなければなりません。
その経験が、自分のことを理解されなくても、決して感情的になることのない理性と、自分のことを理解させるために考える論理的思考になります。
この「 理性 」と「 論理性 」が、「 秩序 」と「 基準 」を知る感覚になります。
自分を理解してくれないから、感情的になり、相手を批判する。
自分の欲求のために、相手の考えを無視して、自我を通す。
どちらも、ガキがすることであり、成熟した大人がすることではありません。
これこそが、私が、正しい環境つくりに、感情論は必要ないと言っている理由です。
どーすれば、「 私が伝えたいこと、肝心なことを 」簡単に示すことが出来るのか?
私は、この答えを出すために、長い年月をかけて取り組んでいるのです。
「 何かを伝えるには、まとまった時間が必要である。計画や方向づけや仕事ぶりについて、部下と15分で話せると思っても、勝手にそう思っているだけである。肝心なことをわからせ、何かを変えさせるたいのであれば、1時間はかかる。」