善悪の基準3 | 自己超越から自己認識への導きサロン

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人は、無意識に自分の価値観、考え方で物事をとらえます。


そのため、価値観が多様化し、物事の善悪がわからなくなります。


価値観を統一し、正しい環境をつくるためにも、物事の善悪が必要となります。




私の、善悪の基準は、真っ直ぐな精神と心の強い子供を育てられる大人になるための価値観、考え方です。


真っ直ぐな精神と強い心とは、自分を信じ、己の逆境を乗り越える生き方です。


この善悪の基準をから、「 正しいこと 」、「 正しくないこと 」、そして「 人として当たり前のこと 」を説明します。




人として、当たり前のこととは、
目先の金や己の感情に振り回されず、自分を信じて生きていけること


人として、正しいこととは、
自分の周りの友人や、自分が働く組織を、目先の金を優先しない生き方、組織つくりに取り組むこと。


人として、正しくないこととは、
自分の周りの友人や、自分が働く組織を、目先の金を優先しない生き方、組織つくりに取り組まないこと。


私の思想、哲学は、自分の周りの友人に正しい生き方を教え、自分が築き上げた組織ならびに自分が働いた組織が目先の金を優先しない組織つくりに取り組んだ賜物です。




自分が働く組織を、目先の金を優先しない組織つくりに取り組むこととは、組織の無駄を改善し、働く人々の意識を改革することです。


正しい組織つくりに取り組む人間が増えれば、健全で信用できる企業組織が増え、良い社会になっています。



自分の周りの友人に、目先の金を優先しない生き方を教えることとは、人として当たり前の生き方が出来る人間に育てることです。


人として、当たり前の生き方が出来る大人が増えれば、子育てに悩む大人が減り、生きることに苦悩する子供が減少する社会になっています。



人として、正しいことに取り組む人間がいないから、社会は乱れ、子供たちが苦悩しているのです。



私の目標は、この価値観を共有できる人たちと、コミニュティーを形成し未来の子供たちのためになる健全な社会組織を形成することです。




私は、このブログを通じて、正しいことを論理的に説明しています。


しかし、人々が善悪の基準を持っていれば、正しいことを論理的に説明などしなくても良いのです。


以前、このブログに「 価値観 」について、コメントが二通寄せられたことがあります。


その内容は、


一、価値観はぶつけ合うものであり、ぶつけ合うことで新たな発展が生まれ、新たな価値観を生み出すのです。決め付けることは視野を狭める可能性も持っているのでは?


二、そんなコミュニティーは、たいしたことない宗教団体などの集まりとなんら変わりはありません。なぜなら、集まった者同士が似かよった価値観を持った者に過ぎないからです。集まった者には共通点が同じという価値観ではなく、それらを超えた人間の標準がなければ、万人を納得される子育て方法(生き方)とは言えないと思いますが。


私から言わせれば、自分の周りの友人や、自分が働く組織を、目先の金を優先しない生き方、組織つくりに取り組んでいない人間が、どんなに正論を言っても、その人間の生き方自体が正しくないため、その人間の考えに共感することは出来ません。




正しいことに取り組むこととは、物質的な価値観を持つ人間に精神的価値観を教えることです。


これは、価値観の闘争です。


そのため、周りの人間からは、批判、中傷され、誰にも理解されない孤独との闘いです。


しかし、この苦境を乗り越えたときに知る価値観が、人生でもっとも大事な価値となります。


この価値観を知らない人間の正論は、未来の子供たちのためになる社会つくりの価値観ではなく、自分の心を正当化するための論理です。


自分の心を正当化しない、自分に厳しい人間が増える社会にするためにも、まずは、一人でも多くの人が、人として当たり前の生き方ができるように、私はこのブログを通じて、正しいことを論理的に説明をしています。