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あなたは、人生で大事なモノは何だと思いますか?
私は、愛と目標だと思います。
人は、小さくても目標があれば、踏み外した人生の道を修正することが出来ます。
私が言う愛とは、自己を愛する生き方=自己愛です。
では、本日は「 愛 」について、その証明をしましょう。
自己愛について、
一度、このブログでも、お話しましたが、
私が言う自己愛とは、自己を愛する生き方。
それは、
自分自身を嫌いにならないために、自分にとって大切な人を裏切らない生き方。
では、
愛には、
異性への愛と、子供への愛があります。
この二つを例にとって、自己愛を説明します。
異性への愛
人は本気で好きになった人が出来れば、その人とずっと一緒にいたいと思います。
絶対に、その人を裏切ることなく、その人だけを愛したいと思います。
しかし、人間の感情とは一時のモノです。
そのため、どんなに相手を愛していても、時間を重なるほど、相手への気持ちは薄らぎ、チャンスさえあれば、他の異性と付きあいたと思います。
それが、自己を愛することが出来ない人間の行動特性です。
自己を愛する人間は、自分にとって大切な人を裏切る自分の行為が許せません。
そのため、自己を愛する人間は、自分自身を嫌いにならないために、目先の誘惑に惑わされることなく、愛を貫く生き方をします。
子供への愛
親は、誰でも、わが子を愛していると言います。
しかし、子供を愛していると言いながら、平気で浮気をしたり、会社の金を不正したり、モラルに欠ける行動をする人がいます。
自己を愛することが出来ない人間は、自分が可愛いと思っているモノを愛だと錯覚します。
それが、自己を愛することが出来ない人間の知性の低さです。
自己を愛する人間は、自分にとって大切な人が、不安に思うような行為はしません。
それは、目先の誘惑や己の欲望を求めることすら忘れるぐらい、時間と情熱を傾けられるモノが愛だと気付くからです。
私の場合
私にとって大切なモノは、私にとって「 当たり前のこと 」でした。
私は、自分にとって当たり前のことを妥協し、自分の生活を守り、贅を尽くす生活を想像しましたが、そのとき私は発狂しそうなほど嫌な気持ちになりました。
そのため私は、自分が今まで築き上げたモノすべてを捨て、自分にとって当たり前のことを追求する生き方を選びました。
自分の心に妥協することに慣れることが、自己を愛することが出来ない原因です。
自己を愛する生き方を実践する人間は、自分と同じ生き方をするパートナーを求め、自分と同じ生き方が出来る子供を育てたいと思います。
自分と同じ、愛の価値観を共有できる人とコミニュケーションをしたいと願い、自分と同じ価値観の人たちと社会を形成したいと望みます。
それが、自分の価値観が社会の主流にするために、自分は何をしなければならないのか、自分には何が出来るのかを考えることになります。
これこそ、抜本的に社会を改善するための唯一の方法だと、私は考えます。
目先の金や己の欲に振り回されず、己の信念を貫くこととは、集中力が高い人間です。
人よりも、集中して物事を取り組める人間は、集中力が散漫な人間よりも、大きな結果が出せます。
だからこそ、集中力が散漫な人間が求める幸せよりも、より大きな幸せを掴むために努力が出来るのだと、私は思います。
私の好きな言葉です。
満足する豚よりも、不満足な人間の方が良い。
満足する人間よりも、不満足なソクラテスの方が良い。
寝て、食って、セックスして、これさえ満足できれば、幸せだと思う人間は、下等だと言う事です。
しかし、寝て、食って、セックスしてと、この下等な満足さえ手に入れられない人間は、物事の真理を追究する高尚な生き方になどには興味が持てないのが現実です。
そこで、次回は、もう一つの、人生に大切な「 目標 」について説明をしましょう。