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それでは本日は、私の考えを聞きたいと思っていただけた、高尚なぽっくりさんへ
まず、最初に言いたいことは、
人は、自分が経験したことでしか、他人にアドバイスをすることは出来ません。
そのため、私の言葉は、必ずしも、私を慕う人たちの心を救う言葉にはなりません。
ただ、私の言葉は、真実の真理であるため、私の言葉を受け入れることが出来るのか、私の言葉を拒絶するのかは、私の言葉を聞いた人間の、品性に委ねるしかありません。
★では、私の経験とは?
私は、生まれてこの方、人生の選択に悩んだことがありません。
しかし、現代社会は、大多数の人たちが、人生の選択に悩んでいますね。
人生の選択に悩んだことのない、私では、人生の選択に悩む人たちが満足するアドバイスをすることは不可能です。
★では、私の取り組みとは?
私が取り組んでいることは、自分の心に妥協しない生き方です。
それは、目先の金や生活の安定を望むことよりも、自分らしく生きるために、自分の生き方を大事にすることです。
物質的な価値を求めることよりも、精神性的な価値を追い求める生き方は、人間として正しい生き方ですね。
しかし現代社会では、自分らしい生き方や、正しい生き方をしようとすればするほど、周りの人間から批判、中傷されます。
そんな歪んだ社会で、自分を信じ、自分の心に妥協をしない生き方をするには、人として何が正しくて、何が正しくないのかを知る必要があります。
★私の出来ること
現代社会は、精神的価値観を持つ人間ほど、生きることに苦悩する社会です。
このような人たちは、自分で自分を傷つけ、時には自ら自分の命を絶つ人もいます。
私の言葉は、私と同じように、精神的価値を求める人たちに、生きる勇気と希望を照らすための言葉です。
そのため、人生の選択に悩んでいる人が、私に救済を求めても、私のアドバイスは、返って救済を求めた人の心の傷を深くエグル可能性がある言葉です。
なぜなら、私が言っていることは、人としての善悪を知り、それがわかった上で、自分はどう生きるのか、それを自分で考えることが、人生においてもっとも大事なことだと、私は言ってるだけだからです。
ただ、この真実や自分の心の傷から眼を背ける人たちからすると、私のアドバイスは、血も涙もない鬼のような厳しい言葉みたいです。
これを、踏まえたうえで、私のアドバイスが聞きたいのであれば、私は、さらにお話しを続けます。
人生の選択を悩む人の視点で、私が悟った真理を語ったほうが、人々にわかりやすく、私の思想を伝えることが出来ます。
しかし、真実を直視する勇気がないのであれば、私のアドバイスは聞かないほうが良いです。
そのときは、いつものように、私の視点から物事を洞察し、そこでわかった真理を、ダラダラと語り、そこで人々がなにかを感じてもらえればと思う、いつもの「 人生の羅針盤 」に、戻るだけです。
このブログは、私が、人を傷つけることなく、物事の真理を伝えられる人間になるために、物事を深く洞察し、物事の真理を簡潔に伝えられるようになるために、私自身が訓練している場なので・・・・
まだ、訓練中の私では、自分と価値観が違う人の心の傷を癒すことは不可能です。