社会秩序を破壊する人たち② | 自己超越から自己認識への導きサロン

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100年後の未来の子供たちが夢や希望が持てる社会つくりのために


本日は、正しい環境をつくるに当たって、われわれ大人が絶対にやってはいけない行為をしている人たちを具体的に紹介します。


その前に、いつものように風流師匠の社会改善に対する意識と、風流師匠の考えを違う角度から論じます。





Ⅰ、風流師匠の意識


わたくし風流師匠は、社会改善に取り組んでいますが、それは、どうすれば社会を改善出来るのかを示すのではなく、なぜ日本社会は正しい環境がつくられないのか、その原因を明確にし、その原因から改善しようと考えています。


1、風流師匠は、人々が社会を改善する意識になる社会をつくるために、正しいことを正しく話し合える環境からつくることです。


なぜ、日本社会では、正しい環境がつくられないのか?


正しい環境つくりを努力する人間に対し、社会改善に取り組まない人間が、努力する人間の取り組みを批判するからです。



2、100年後の未来の子供たちが夢や希望が持てる社会をつくるために、まずは20年後、30年後に大人になる現代の子供たちが、自分の心に妥協をしない強い人間に育てられる大人を育成することです。


なぜ、自分の心を妥協する人間が増えるのか?


正しいことに努力をする人間に対し、否定的な意見を言う人間が、子供を育てるのだから、正しいことに妥協をしない人間が育つはずがありません。



★風流師匠は、未来の子供たちのために、社会を改善する取り組みをしています。


私の取り組みに対し、否定的な人間の意識が、社会が改善されない原因です。


私は、この事実を社会に示していくことで、正しい努力をする人間が批判されることのないコミニュティ-をつくることを目標としています。




Ⅱ、風流師匠の考え


わたくし風流師匠は、社会を改善するために、人々に、私のように強い人間になることを求めているのではありません。


わたくし風流師匠が人々に求めていることは、努力をする人間が批判されない社会をつくるために、正しいことを意識しない無自覚な自分の意識が、どれだけ社会に悪影響を及ぼしているのか自覚することです。


風流師匠の深い考えを理解出来ない人間は、風流師匠の取り組みを批判しましは、それは仕方がないことです。


大事なことは、風流師匠の考えを批判した人間が、正しいことに対し無自覚だった己の愚かさを知り、自分の悪い箇所を改善する意識になることです。


しかし、自分の悪い箇所を自覚し、それを改善することが、人にはなかなか出来ないみたいです。




Ⅲ、それでは、正しい環境をつくるに当たって、われわれ大人が絶対にやってはいけない行為をしている人たちを具体的に紹介します。


前回、お話したように、風流師匠は、社会に対して、自分と同じ問題意識の人間を集めるために、子育てフォ―ラムに参加をしました。


しかし、子供を育てることにいっぱいいっぱいの現代社会の親たちでは、社会に対して問題意識を持った子育てをする人間はいないと知りました。


そこで私は、ネット上で、学校教育の問題に取り組む人たちの中から、私と同じ問題意識を持つ人を探そうと思い、教育フォ―ラムに参加をしました。今から、5年前のことです。


このフォ―ラムの参加者は、学校の教師や、子供を持つ親など、さまざまな人がいました。



私は、このフォ―ラムで、われわれ大人が、自分の悪い箇所を自覚しなければ、正しい人間を育てることは出来ないという考えを訴えました。


私の考えに対して、私が何か良いことを言っているようだが、具体的に何が言いたいのかわからないと、返答がありました。


私は、子供たちのために、教育のあり方を論ずる場で、このような問題意識の低い人間が、日本社会の問題だとわかりました。


そこで、私は、問題意識の低い人たちの考えを否定することで、自分の悪い箇所を自覚させようとしました。


その結果、私は、多くの人たちから、私の言葉尻の揚げ足を取る、批判、中傷を受けました。


私は、その批判、中傷を論破していきましたが、一人の意見を論破しても、変わって違う人間が、私の考えを批判し、私の言葉尻の揚げ足を取る人間が沸いて出ました。


いい加減、私も頭にきて、私の言葉尻の揚げ足を取る、レベルの低い批判をする意見に対し、人をコバカにした意見で対応すると、そのフォ―ラムを管理する人間に、私の意見だけが不適切な発言と言う理由で削除されました。


私は社会を改善するために、人間の根本的意識を変えなければならないとわかりました。


私は、社会を改善するために、自分の生活の安定を捨て努力をしました。


私の言葉は、真剣に社会のこと、未来の子供たちのことを考える努力をした人間の言葉です。


しかし、努力をした人間が、教育のあり方を論じている大人たちに、集団で批判されたのです。


現代社会は、陰湿なイジメが社会問題化した社会です。


人をイジメる人間の理由は、その人間が何かムカつくから。、


イジメに悩んで自殺をする多くの子供は、自分をイジメた人間を憎むことも無く、親に心配をかけさせたくない、人のことを思いやることが出来る子供です。


なぜ、このような正しい人間がイジメられ自殺をするのでしょうか?


それは、正しい意識で物事を考え努力をする人間が、教育のあり方を考える場で、集団で批判、中傷する人間が、子供を育てる社会だからです。


教育のあり方を論じる場を管理する人間が、正しいことを努力をする人間を批判する人間には何も処置をせず、人々から集団で批判、中傷された揚げ句、自分を中傷する人間に対抗した行動を咎められる社会です。


正しいことを理解出来ない人間が、場を管理していては、少数派の正しい人間や、自己を主張できない弱い人間がイジメを受けていても、それを発見できないでしょう。


これが、今の日本の学校教育の現場なのでしょう。




Ⅳ、正しいことを無視して、己の感情を優先する人間


私は、社会改善を意識した7年前から、一貫した取り組みをしています。


それは、正しいことをしようとする人間を批判することが、社会の秩序や子供たちの心を崩壊させていることを、人々に理解させる取り組みです。


私は、自分の正しい意識を人から、批判、中傷されてから、7年の歳月をかけて、やっと、自分の考えを人に理解させることが出来るようになったのです。


正しいことが正しく論じられる環境をつくるには、正しい取り組みをする人間を批判することのない環境をつくることからです。


自分の生き方と違うから、何気なく、人を批判をする。


しかし、この何気ない人間の意識が、正しい社会をつくることの妨げになり、この悪しき人間の意識を排除するための言葉を見つけるためだけに、何年もの時間を費やし、それだけ社会を改善する取り組みが遅れるのです。



私は、つい先日、社会問題を論じている掲示板に参加をしました。


そこは、学校給食の未納問題を話し合う掲示板でした。


私はそこで、この問題は、給食費を払わない人間に育てられた子供と、自分の子供を同じ環境で育てることに、何の疑問も持たない親の意識が、最大の問題と論じ、その根拠を示しました。


そして、私が取り組んでいることを語り、私が努力したことを示すことで、私の考えの重要性を強調しようとしました。


しかし、その掲示板で、中心になって自分の考えを展開していた人間二人から、私の考えを批判され、私が示した考えすべてに反論をしてきました。


その二人は、私の考えは良いことを言ってるけど、自分の意見を押し付けようとする私の言い方が気に食わないと言っていました。


これこそが、人として愚かな自分を自覚していない人間の意見です。


正しいことよりも、自分の感情で行動をする人間は、人間として成熟していない人間であり、日本語ではガキと言うのです。


長年、このような人間の意識と闘って来た私は、このようなガキの反論は読むに値しない文書です。


正しいことに努力をしている人間の考えに、反論をする行動、これだけで、その人間の程度がわかるからです。


私の考えに反論をした人間に、私は掲示板でこう伝えました。


私は、あなたの反論は読んでいません。人を反論することは、誰でも出来ます。私を反論するのであれば、あなたが社会を改善するために具体的に何をしているのか聞かせてください。

真摯に物事に取り組む人間でなければ、自己を主張することなど出来ないのです。


これで、私を批判するガキの一人は、私に反論をしなくなりました。


そして、ガキのもう一人が、このように書いてきました。

いやー たった一人が問題意識を持っても 全国民がその問題意識を持たなければ 前進しません。
だから 君が何が問題か?を国民に教えるべきではないかな?掲示板はそんな役割もありますからね。


そこで、私は、正しいことよりも、自分の感情で物事を考える人間が、どれだけ社会の秩序や子供たちの心に悪影響になっているのかを論理的に説明をしました。


その後、誰からも、私の考えを反論する返答はなくなりました。


正しいことが正しく話し合える社会環境をつくるためには、私の考えに反論する人間がいなくなる環境をつくることが大事なのです。




Ⅴ、社会の秩序が崩壊する原因


私の言っていることが、正しいことだとわかっていても、私の話し方にムカつくから、私を批判する人間。


このような、正しい事よりも、己の感情で物事を論じる人間ほど、知識のある人間が多くいます。


いわゆる、頭 だ け は 良い人間です。


頭は良い人間は、問題を話し合う環境では、発言力のある中心的な存在になります。


では、このように、ある環境で影響力のある人間が、正しい事に努力をしている人間を批判すると、その環境に参加している人たちの中には、頭だけは良い人間の考えに影響され、正しい事に努力することは無駄なことだと思う人間がいるかもしれません。


また、私のように自分の心に妥協をせず、正しい事に取り組んでも、結局は、人々から批判、中傷されるのであれば、物事を妥協しない生き方に興味がなくなります。


正しい事よりも、己の感情で物事を論じる、間違った意識の人間の発言によって、人々の心に悪影響を及ぼしいる可能性があるのです。


だから私は、私のことを批判する人間が、社会の秩序や子供たちの心に悪影響を及ぼしている事を、人々に理解してもらうために、私を批判する人間を徹底的に叩きのめさなければならないのです。



正しい事よりも、己の感情で物事を論じる人間が増えるから、正しい意識で物事を考える事が出来る環境がなくなります。


正しい事よりも、己の感情で行動する人間が増えるから、自分の思い通りにならないわが子に対し、親が感情的に子供を怒り、暴力を振るう人間が増えるのです。


自分の言動が及ぼす社会の悪影響を考えない浅はかな人間が増えるから、身勝手な人間が増え、社会の秩序が崩壊するのです。




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